第四話:今日から私は


「アイナ、あゆみはどうだ?」


「うん、大丈夫だよ。ちょっと病気の後遺症が残って言動が変な時があるけど、徐々に解消されてきている」



 朝食でテーブルを囲みながら家族の会話がなされる。

 もともと四人座りのテーブルには追加で椅子が一つ。

 アメリカから帰って来たアイナの席がある。

 

「お、俺じゃなかった、私は後遺症なんかもうないって!」


「うん、まぁ口調には気を付けなさい。一応女の子なんだから」


 父親にそう言われ内心すごく複雑な歩だったが、彼の姿は今を時めく女子高生なので何も言えない。


 あれから数日経ったが、歩は女の子としてアイナに色々と指導されていた。

 貞操の危機を感じながら。

 それに来週には学校へ復学と言う事になっているから、それまでに最低でも女性らしさを身につけなければならない。


 ―― 女性は大変ですが、恥じらいも必要です ――


 今更ながらにエージェントのベータの言葉が頭をよぎる。

 歩はぶすっとしながらみそ汁を飲む。



「そう言えば、あたしまだあゆみお姉ちゃんが制服着たところ見て無いような気がするんだけど?」


「あらそう? 合格してすぐに制服買いに行った時には袖を通してたけど、そう言えば入学式も病欠で休んでたからちゃんとしたところ見て無いわねぇ」


「ふむ、そう言えばちゃんと制服姿は見た事が無かったな」



「「ぎぎくっ!」」   

 


 ふと愛菜がそう言い始めると母親も父親もそれに同調してそんな事を言い始める。

 それもそのはず、本来なら大学生として大学に通っていたのだからそんな事実はない。

 アイナたちによる洗脳でそう思い込んでいるのだが、全てが完璧につじつまが合っているわけではない。



「そ、そう言えば私もアメリカにいたから見て無いなぁ~。あゆみちゃんの制服姿見たいなぁ~(あせあせ)」


「わ、私もそう言えばちゃんと着た事無いんだったっけぇ~。あは、あはははははは(あせあせ)」



 アイナと歩は後ろ頭に手を回し棒読みのセリフを言う。


「ね、あゆみお姉ちゃん、元気になったんだし、制服着て見せてよ! 来年は私も同じ高校に一緒に通うんだから!」


「愛菜はもっと勉強頑張らないと危ないでしょ? でも入学式に着られなかったのだから今のうちに制服姿を写真にでも撮っておこうかしら?」


「ふむ、まだ仕事には時間があるからみんなで玄関先で記念撮影でもしようか。ちょっとデジカメ取って来るよ」


 そう言って家族写真を撮る事となった。

 歩は見えないように大きなため息を吐くのだった。



 * * *



 部屋に戻って制服を着て玄関に再集合となった。

 歩とアイナは部屋に戻って着替える事となるのだが……



「なあ、友愛学園の制服なんて準備してないぞ? どうすんだよ??」


「ああ、それなら任せて、んしょっと!」


 アイナはそう言って胸元に手を突っ込み引っ張り出すとそこから聖友愛学園の制服が引っ張り出される。


「じゃじゃ~ん、友愛学園の制服ぅ~♪」



「お前はネコ型ロボットかぁーっ!?」



「いやいや、そんな数次元のポケットなんかないわよ。このブラジャーにストックできるのはたったの七百のスロットだけよ? 流石に戦車や飛行機は入れられないけどね♪」


「十分だぁっ! って、あるなら早く出せよな…… ん~、女子高の制服なんか着た事無いからどうやって着るんだ?」


 出された制服を手に取りハンガーを持ち上げて歩は首をかしげる。

 するとアイナがにまぁ~っと笑って歩に近づく。


「お姉ちゃんが着せてあげるから安心してね♡ なんせその昔は着せるのも脱がせるのも沢山やったからねぇ~♪」


「お、おい、アイナぁ……」


「はい、脱いで脱いで♡」


「うわぁ、なんで下着まで脱がせるんだぁッ!?」


「せっかくだから下着も制服に合わせて純白が良いでしょ! ほらほら脱いでっ♡」


「やぁ~めぇ~てぇ~!」


 こうして歩は素っ裸にされて下着から着替えさせられるのだった。



 * * *



「もう少し寄って、うんそのまま」


 父親が三脚で一眼レフのデジカメを構えている。

 画角に丁度入るように調整をしてから急いで歩たちの一番後ろに立つ。

 やはりこの家では父親が一番背が高いからだ。

 本来なら歩も同じくらいの背だったのに。



 カシャっ!



 歩の単体でもう数枚写真を撮ってから道具を片付け、父親は出勤の為家を出る。

 愛菜も同じく学校へと向かう。


 母親と歩、そしてアイナは二人が家を出るのを見送ってから家の中に戻る。



「本当なら俺も大学に向かう時間だよな……」


「大丈夫よ、あと数日であゆみちゃんも学校へ行く事になるから♪」


「女子高だけどなっ!」


 母親には聞こえないように階段をのぼりながらそんな会話をして部屋に戻ると、部屋の中に黒ずくめの女性がいた。



「うわっ、って、ベータさん?」



「おはようございます、あゆみさん、アイナさん」


 ベータは以前に会った時と同じウェットスーツの様なぴっちりな服装に何やら未来的なゴーグルや腕時計、腰には拳銃のようなホルダーなどを備えていた。



「どうしたのベータ? あなたが直接ここへ来るなんて」


「実は、反対派の刺客一人は確保したのですが……」


「どうしたの?」


「任務失敗をした瞬間、分子崩壊剤を使われてまして……」



「なっ! それは国際条約違反じゃないの! あんな危ないモノ、まだ存在してたの!?」



 ベータのその報告にアイナは大いに驚く。

 歩は意味が分からずに首をかしげる。


「なあ、その分子なんとかって何だ?」


「分子崩壊剤は服用すると分子レベルでの電子結合を緩め、チリとなって死んでしまう薬よ。あまりにも危険なそれは国際条約で禁止され、もう世の中には無かったはずなのに……」


「相手はそれだけの刺客と言う事です。時間移動は多大なエネルギーを要する。我々国際連邦ですら我々エージェントをこの時代に転送するのに苦労すると言うのに…… 反対勢力にはアジア共和連合の影も見えます。たとえ三人の刺客を送り込むにも相当なエネルギーを使ったはず、再度刺客を送り込むのは難しいでしょう。この三人が失敗に終われば我々の勝ちになるでしょう」


 そう言うベータは手を振りあの反対側がうっすらと見える画面を出す。


「これがその刺客です」


 そう言って映し出された刺客は女性だった。

 しかも年の頃、高校生くらいの。


「それでベータ、あなたが直接ここへ来たってのはこれだけじゃないのでしょう?」


「はい、見ての通り捕らえて自害した刺客は年の頃十六、七歳の者でした。彼女が最後に仲間に連絡したログから判明しましたが、残りの二名も同じくらいの年頃の女性らしいのです。そして、残っていたログから狙撃に失敗した場合は学園に潜伏してあゆみさんを亡き者にしようとする計画がありました」


 ぎりっと歯を食いしばるベータ。


「まずいわね、学園に潜入したアルファやガンマは私たちと同じような年齢…… まさか女子高に学生として刺客が潜むだなんて想定外よ。学生の数はゆうに三百を超える。ずっとあゆみちゃんをサポートするには難しくなるわ……」


「はい、そこで昨日よりアルファの命令により予定を変えてデルタをあゆみさんの護衛につける事となりました。デルタ!」


 ベータがそう言うと、ベータの隣の床が黒い渦のようになり、そこから制服姿の緑がかったショートカットの女の子が現れた。



「デルタ、あなたが学園であゆみちゃんの護衛に着くと言うの?」


「はいです! 私にお任せです!」


 びしっと敬礼するも、どことなく幼さが残る彼女は歩を見てニヘラと笑う。


「後方支援担当のコードネームデルタです。今後ともよろしくです! 学園では見角みかどみかどと言う名です」


「へ? あ、ああぁ、よろしく……」

 

 ニコニコ顔で歩に握手を求める彼女は歩よりちっちゃかった。

 なんか、妹が増えたような気分。


「うーんデルタがねぇ……大丈夫?」


「我々の中では彼女でないと流石に学生服は……」


 ベータはそう言ってため息を吐く。

 歩はアイナも見て思わずベータとアイナが学生服を着た姿を想像すると、何処かのイメージキャバクラのお姉さんにしか見えない。

 それはそれでちょっと興奮するも、あくまでお店限定だ。


「大丈夫です! 私に任せるです!! さしあたってあゆみさんにマルチ発信機とか取り付けるです! さあ、あゆみさん、お尻を出すです!」


「はぁっ? なんでお尻を出さなきゃならないの?」


「お尻の穴にマルチ発信機を入れるです! これならいちいち皮膚の下に入れて人体改造する必要もないし、メンテナンスする時に楽です!」


「ちょ、ちょっとデルタ! あゆみちゃんのお尻はまだ私がいただいてないのよ!? 駄目に決まってるじゃないのっ!!」


「確かにメンテナンス性を考えると、胎内にしまえる場所は重要ですね? ただ、あゆみさんは未経験ですから前にはちょっと可哀そうですし」


「前もまだ私がもらってないのよ!? 駄目に決まってるじゃないの!!」



「いやいやいやっ! お前ら何言ってんの///////!?」



 みんなして歩のお尻を見ながらそんな事言っている。

 それも三人とも真剣な顔つきだった。

 歩はお尻を押さえながらじわりじわりと壁際に後退する。



「イヤだからな、俺はそんな趣味ないからなぁっ!」



 歩に絶体絶命が迫るのだった。



 * * *



「まあ、これしかないわね」


「そうですね、少し目立ちますがこれで短時間ですが防御フィールドも張れますから対処しやすくまりました」


「うぅ~、せっかくの胎内装着がこんな形になるとはですぅ~」


 歩は何だかんだ徹底抗戦してペンダント型にしてもらったマルチ発信機を首からぶら下げる事となった。


 これは歩の居場所をすぐさま検知して、その場に瞬間移動する為のポインターであり、短時間であれば防御フィールドが張れるので狙撃にも対応できる。更に身体能力を飛躍的に上げるスーツも入っており、短時間であればそれの装着も出来る。

 但し使えるのは一回限り。

 最後の最後の奥の手となる。



「まさかマルチをこんな形で使う羽目になるとはねぇ~」


「しかし敵の刺客がどのような者か分からなければ仕方ありません。アルファやガンマは引き続き学園内で教師や女医として潜伏を続けます。そう言えばアイナさん、あゆみさんの女性としての安定性はどうですか?」


「うん、まだまだ女性ホルモンの分泌が弱いわね。あゆみちゃんにはもっと女の子らしくしてもらわないと。そして意識改革もしないとね」


 アイナとベータは歩を見る。

 外観は完全に可愛い女の子なのだが、時折雑な男らしい仕草が出てしまう。

 今もベッドの上に胡坐をかいて座っていて、デルタにマルチの使い方について説明を受けている。


「う~ん、やっぱり女性ホルモンをもっと注射しないとダメかしら?」


「女性体なのですから、身体活性化させて女性ホルモンの分泌を増やした方がいいのでは?」


「だとすると、もっと女の子として気持ちいい事教えてあがねきゃね♡」



 歩の知らない所で恐ろしい話が進むのであった。



 ◇ ◇ ◇



「あゆみちゃん、彼女は?」


 恵菜は星河家の玄関先でジト目でデルタを見ている。


「あ、私は見角みかどです! あゆみちゃんと仲良しになったのでこれから毎日一緒に学校へ行くです!」


「あゆみお姉ちゃんがまた女を作っているぅ!?」


 とうとう歩が女子高へ復学する日、親の代わりにアイナが引率して家を出ようとするとデルタが扉の前で待っていた。

 既に聖友愛学園の学生として入り込んでおり、周りの洗脳は済んでいる。

  何気ない顔してしっかりと歩と同じ教室へ潜入しているので、朝から一緒に行動をしようとする。



「まぁまぁ、二人とも、みかどは私の知り合いの妹なのよ。仲良くしてやってね」


「アイナさんの?」


「アイナお姉ちゃんの??」


 二人はデルタを見るとデルタはニカリと笑って言う。


「今度共によろしくです!」


 無邪気なその笑顔に恵菜も愛菜も歩を見る。

 その視線に歩は耐え切れず、アイナの手を取って歩き出す。



「と、とにかく俺…… 私は今日から!!」




 前途多難な歩の女子高生の生活が始まるのだった。

  

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