9 「好き」が剥がれ落ちていく

「早く誰かわたしを殺してよ!!」

 一人暮らしの家で、わたしは泣きながら叫んだ。

 隣人さん、ごめんなさい。


 わたしは化粧が大好きだった。

 毎日「今日はどんなメイクにしよう?」と考えながら、時間をかけて丁寧にメイクをするのが好きだった。

 それが、いつからだろう。

 五分でメイクを済ませるようになった。


 夜、眠れなくなった。

 お風呂に入れなくなった。

 朝、起きられなくなった。

 朝シャンも浴びれなくなった。


 会社に向かう電車に揺られながら「脱線事故が起きればいいのに」と考えていた。


 朝なのに、なんならもうお昼なのに、ベッドから起き上がれなくなった。

 体が重い。重力がおかしい。

「みんなやってんだぞ、甘えんな」

 自分を叱って、着替えて。

 まっすぐ歩けないから、壁に手をついて、支えて。

 すっぴんで、マスクをして。

 なんとか外に出た。

 外に出たら、案外普通に歩けた。


 会社で泣きながらキーボードを打った。

 ちょっと休憩、とラウンジに行ったら、涙が止まらなくなった。

 体が重すぎて、三十分くらい立ち上がれなかった。


 逃げても進んでも、地獄しかないと思った。

 新卒で技術もないのに転職なんてできないし、このまま四十年この会社に尽くすこともできない。


 もう、死ぬしかない。


 リーダーに「早く死にたいんです」と言ったら、「お前、ちょっとおかしいよ」と言われた。

 一人暮らしの家から出て、わたしは実家に帰った。

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