告白+

青樹空良

告白+

 最近、いつも彼を目で追ってしまう。

 同じクラスの羽田はねだ君。

 クールな雰囲気で、一人でいることが多い。

 今も休み時間なのに窓際の自分の席で、空を眺めている。

 こういうとき他の男子だったらぼんやりしているように見えるのに、羽田君は違う。

 空を眺めているだけなのに、その顔にどこか憂いがある。私はクラスの子にも羽田君にも気付かれないように横目でちらちらと羽田君の顔を観察する。予習しているように見せかけて、教科書でカムフラージュすることも忘れない。

 少し日本人離れしたすらりと鼻筋の通った顔。しかも日本人にしては鼻が高い。

 前のクラスの男子がハーフなんじゃないかとか言っているのを聞いたけど、それは否定していた。

 とにかく顔はすごくいい。

 今も思わず見入ってしまうくらい。こっそりと、だけど。

 羽田君がうらやましい。私は純和風、みたいな顔だから。肌の色も白すぎて私としてはコンプレックスだ。お母さんもおばあちゃんもみんな似たような顔で、家系だと言われればしょうがないけど。

 羽田君はハーフっぽい顔なのに肌の色はちゃんと日本人らしい肌の色だ。ちょっと濃いくらいかもしれない。

 最初はちょっといいなと思っていた。それだけだったのに、ずっと見ているうちになんだか羽田君が気になるようになっていた。

 だけど、私はそれだけでいい。見ているだけで。

 だって、どうせ私は羽田君みたいな人とは付き合えるはずがない。

 そういうのには憧れるけど、私なんかじゃ絶対無理だ。

 私はため息を吐く。

 見ているだけで充分。

 それだけでいいはずなのに。

 苦しいのはなんでだろう。




 ◇ ◇ ◇




 空を見ていた俺は、ちらりと横目でクラスの中に視線を移す。

 目に映るのは。


「……」


 思わず目に入っただけで息が止まりそうになる。

 俺はすぐに視線を空に戻す。

 ちらちらとクラスの女子を見ていたなんてばれたら、からかわれるに決まっている。

 気になっているのは真白ましろさんのことだ。

 今は次の授業の予習でもしているのか、教科書を読んでいるようだ。そういうところは真面目らしい。

 教科書の隙間からちらりとだけ見えた顔は、色白で昔話に出てくるかぐや姫みたいに整っている。それなのに、どうやら本人はそれが気になっているらしい。顔立ちが古風すぎて嫌だとか、友達と話しているのが聞こえてきたことがある。

 俺はその顔がすごく可愛いと思っていると伝えたかったのだが、突然会話に入るなんておかしすぎるのでやめた。そんなことをしたら変なやつだと思われるに決まっている。

 俺はその顔に一目惚れしてしまったのだ。初めて見たときから頭の中から真白さんの顔が離れなくなってしまった。

 それでいつも休み時間には空でも見ているようなふりをして、真白さんを見ている。

 あんな可愛い子と付き合えたらいいと思う。

 だが、俺なんかが彼女と付き合えるわけがない。

 ため息を吐きたくなる。

 だけど、もうこれ以上我慢するのはもう嫌だ。

 この先がどうなるかはわからない。

 それでもいい。俺は……。




 ◇ ◇ ◇




「真白さん」


 放課後、帰り道を一人歩いていたら後ろから声を掛けられた。

 この声。聞き間違えるはずがない。

 私は振り返る。

 そこに立っていたのは、やっぱり羽田君だった。

 いつも通りのクールな顔で。彼は立っていた。

 私は突然のことに動悸を抑えるだけでいっぱいいっぱいなのに。

 なにか落とし物でもしただろうか。理由でもなければ羽田君が私に話し掛けてくれるようなことなんか絶対ない。


「話したいことがあるんだけど、今、いいかな」

「……え。う、うん。大丈夫だけど」


 緊張しすぎてうまく答えられないのがもどかしい。

 羽田君は私をじっと見ている。

 なんだろう。やっぱり落とし物かな。それとも、制服のスカートがめくれてるとか。

 不安になって後ろを確認する。……大丈夫だ。


「あのさ……」


 羽田君が言う。

 それから、周りをきょろきょろと確認するように見る。

 私もつられてそうする。周りに人はいない。

 そうして再び羽田君の方へ向き直ると、羽田君は意を決したように言った。


「俺、真白さんのことが前からずっと、好き、なんだ」

「!?」


 これは、告白!?

 ということは、私たちは両想い!?

 嬉しい、けど。

 私たちが本当に付き合っても大丈夫なんだろうかという気持ちも湧き上がってくる。


「あの、私も羽田君のことが好き、なんだけど……」


 その先を言っていいものだろうかと躊躇う。


「本当に!?」


 羽田君が目を輝かせている。

 両想いだとわかったのはすごく嬉しい。絶対無理だと思ったから。

 そう思っていると、すごく嬉しそうにしていたはずの羽田君もちょっと俯き加減になっていた。


「でも……。あのさ、びっくりするかもしれないんだけど」


 言いにくそうに羽田君が口を開く。


「もし、付き合えるなら言っておかないと、と思って」

「なに?」


 きっと、私の事情ほどは大変なことじゃないと思うけど。一応、耳を傾ける。


「俺さ」


 羽田君がぎゅっと拳を握っている。そして、俯き気味だった顔を上げた。


「人間じゃないんだ」

「!? え、じゃあ……」

「信じてもらえないかもしれないけど、俺、実は天狗で……。付き合ってもずっと一緒にはいられないかもしれなくて」

「……」


 突然の告白に私は唖然とする。


「本当に?」

「ああ、だから人間とは本当なら住む場所も寿命も違うし、ただ人間のこと知るためにって父さんが高校に通ってみろって。そこで好きな子が出来るなんて思ってもみなくって」

「……そうなんだ」


 それで、と私は納得する。

 ハーフでもないのに高い鼻。天狗だったからなのか。


「ごめん。いきなり変なこと言って。おかしなやつだと思ったよな。ただ、本当のこと真白さんには伝えたくて」

「羽田君……」


 私は羽田君をじっと見つめる。それから、言った。


「よかったぁぁぁあ」

「へ?」


 私はにっこりと笑う。


「私も思ってたの。羽田君とは絶対に釣り合わないって。だって、人間と妖怪なんて絶対無理だと思ってたから」

「……? 人間と妖怪? 確かに俺と真白さんはそうだけど。どうして」

「私もなの。私、雪女だから」

「……!」


 羽田君がびっくりしたような顔で口を開く。


「じゃあ、真白さんが色白なのって……」

「うう、そうなの。人間っぽくはしてるつもりなんだけど、どうしてもそれだけは隠せなくて。白すぎて変でしょ?」

「そんなことない」

「え?」


 羽田君はきっぱりという。


「俺は真白さんが色白なところがすごくいいと思った。それに俺、真白さんの顔、好きだよ」

「……! 本当に?」

「一目惚れ、だったから」


 頭が混乱する。私がコンプレックスに思ってたこの顔に一目惚れ?

 それに、羽田君も妖怪で……。

 それなら何も問題は無いわけで。


「だから、改めて。付き合ってもらえますか?」


 本当に改まった口調で羽田君が、私の方に手を伸ばしながら言った。

 これは、OKだったら手を取れということ?

 私は。


「もちろん」


 羽田君の手を取った。

 妖怪同士なら寿命の問題だって関係ない訳で。ずっと一緒にいられるってことだ。

 妖怪は人間よりずっと寿命が長い。だから、人に恋した妖怪は悲劇だ。好きな人に必ず先立たれてしまうのだから。


「そっか羽田君、天狗だったんだね。天狗と雪女なら、結婚も大丈夫かな……」

「えっ!?」

「あっ!?」


 思わずそんなところまで考えてしまって口に出してしまった。

 そして、私たちは手を繋いだまま固まってしまったのだった。

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