第78話 うん、だから私は結人の身と心も私の物にした後は大人しくするよ
「やっと着きましたね」
「……山頂ってこんな感じになってるんだ」
奥社奉拝所を出てからしばらく歩き続けた俺達はついに伏見稲荷の山頂へと到着していた。山頂に到着して達成感を覚えている俺に対して夏乃さんは少し微妙そうな表情を浮かべている。
その理由は恐らく山頂の景色が想像と違っていたからに違いない。伏見稲荷の山頂が標高233mの位置にあると聞けば皆んな景色が凄そうなイメージを持つと思う。
だが建物などで隠れてしまっているせいで残念ながら綺麗な景色は辺りを360度見渡してもどこにも見当たらない。俺達の目の前にはあまりにも普通過ぎる景色しか広がっていないのだ。
「その様子だとやっぱり山頂はイメージと違ってました?」
「そうだね、もっと綺麗な景色が広がってるかと思ってた」
「ぶっちゃけ景色だけならここへ来る道中にあった京都市内を見渡せる絶景スポットの方が綺麗でしたもんね」
「だよね、これは予想外かな」
そう言えば子供の頃に伏見稲荷の山頂に初めて来た時は俺と兄貴も今の夏乃さんと同じような反応をしてたっけ。ひとまず山頂という看板の前で自撮りをしてから上社神蹟に参拝する。
「あっ、無料おみくじだって。無料で引けるってめちゃくちゃ珍しくない?」
「ですよね、ちなみに伏見稲荷のおみくじは結果が特殊なので結構面白いんですよ」
無料おみくじの存在に気付いた夏乃さんに対して俺はそう解説した。普通のおみくじは大吉と吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶という結果が一般的だと思うが伏見稲荷の場合は少し違う。
一般的な結果に加えて大大吉や凶後大吉、小凶後吉、吉凶未分末大吉、吉凶相半など他では見た事がないようなものまで存在している。
「へー、じゃあせっかだし私達もおみくじを引こうよ」
「そうですね、良い加減前引いたおみくじのリベンジもしたいと思ってましたし」
箱根旅行の時に引いたおみくじでは縁結びの神社だったにも関わらず恋愛を諦めなさいなどという散々な事が書かれていた。
そんなトラウマになるレベルの酷い結果をここで何としても良いものに上書きしておきたい。そんな事を思いながら俺は夏乃さんと一緒におみくじを引く。
「あっ、結人見て見て。大大吉が引けたんだけど」
「大大吉って一番良い結果じゃないですか、えっと俺は……吉凶相半か。吉でも凶でも無いって意味だから何とも言えない結果だな」
そうつぶやきながら俺達はそれぞれ自分のおみくじを読み始める。おみくじには”かけばみちみつればかけてよの中の月こそ人の鏡なりけり”という和歌と結果の解説が書かれていた。
「俺のおみくじには願いが叶い幸せがやってくる兆しはあるが、身分不相応の欲を出すと不幸になるって感じの事が書かれてます」
「私の方は願いが叶い幸せがたくさんやってくるけど多くを望み過ぎると逆に財宝を失って不幸になるんだって」
「って事はお互いに欲張り過ぎずほどほどにしておけよって神様から言われてるみたいですね」
「うん、だから私は結人の身と心も私の物にした後は大人しくするよ」
「さらっと俺の事を自分の所有物にしようとしないでください」
しばらく二人でおみくじを読んで盛り上がった後、俺達は下山し始める。途中休憩を挟みながらだったため頂上まで登る時と同じくらいの時間がかかった。
「じゃあそろそろ次の目的地の祇園方面へ移動します?」
「あっ、その前に買いたいお守りがあるからちょっとだけ付き合って」
「お守りですか?」
「そうそう、伏見稲荷に来たら絶対に買おうと思ってたお守りが実はあってさ」
そう口にした夏乃さんはニコニコした表情を浮かべてそのまま売り場へと向かい始める。そして命婦えんむすび守というお守りをゆっくりと手に取った。なるほど、どうやら夏乃さんは縁結びのお守りが欲しかったらしい。
「もう縁結びは今まで色々なところに行って散々やってきたと思うので今更お守りなんてなくても十分過ぎる気がしますけど」
「重要なのはえんむすびの前にある命婦って部分だから」
そう口にした夏乃さんはニヤッとした表情を浮かべていた。嫌な予感しかしないが命婦という意味を知らないため一応聞く事にする。
「どういう意味があるんですか?」
「稲荷神に仕える狐と妻って意味の二つがあるんだよね」
「いやいや、妻はいくらなんでも流石に気が早過ぎません?」
夏乃さんが夫婦としての縁結びをしようとしてる事に気付いた俺は思わずそうツッコミを入れた。すると夏乃さんはニヤニヤし始める。
「へー、気が早いって言い方をしたって事は結人は将来私と結婚するつもりなんだ」
「い、今のはあくまで言葉の綾って奴なので……」
「しっかり言質は取ったから結人にはちゃんと有言実行までして貰わないとね」
うん、これ以上は何を言っても無駄だ。今回の京都旅行でどんどん外堀を埋められている気がするが果たして大丈夫なのだろうか。どう考えても大丈夫ではない気しかしないのだが一旦深く考えるのは辞めよう。
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