第77話 うーん、私的には軽いと思ったんだけどな

 寝不足の状態で朝を迎えた俺は用意されていた朝食をとってからおじいちゃんとおばあちゃんの家を後にしていた。

 今度来るときはひ孫も一緒になどと言っていた事を考えると夏乃さんはすっかりおじいちゃんとおばあちゃんに気に入られたようだ。

 まあ、もし仮に夏乃さんと結婚する事になったとしても経済的に自立しなければ子育てなんてまず出来ないためひ孫はかなり先の話になりそうだが。


「……来る前からそんな予感はしてましたけどやっぱり伏見稲荷はめちゃくちゃ混雑してますね」


「京都の人気観光地ランキングのナンバーワンに選ばれるくらいなんだから多いに決まってるよ」


 電車を乗り継いで伏見稲荷までやって来た俺達はそれぞれ感想を口にした。昨日の嵐山もそうだったが外国人がかなり多い。あまりにも外国人だらけで海外にいるのではと錯覚するレベルだ。

 俺と夏乃さんは大鳥居をくぐって神社の中へと進み始める。稲荷という名前がついているだけあって境内のあちこちに狐の像があった。

 ひとまず俺達は手水舎で手を清め本堂へとお参りをする。相変わらず夏乃さんがめちゃくちゃ長い時間参拝していた事は言うまでもない。参拝を済ませた後はいよいよお待ちかねの千本鳥居へと向かい始める。


「伏見稲荷と言ったらこの鳥居の景色だよね」


「ですね、これを見ないとわざわざ来た意味がないですし」


「ただ人が多いから写真がなかなか綺麗に撮れないのが残念だけど」


 俺達は千本鳥居のトンネルの前でシャッターチャンスを待って二人で自撮りした。それから俺達は千本鳥居のトンネルを進み始める。


「この先は奥社奉拝所があるんだって」


「いわゆる奥の院ですよね」


「そうそう、よく知ってるじゃん」


「伏見稲荷には何回か来た事ありますから」


 そんな話をしながら歩いているうちに奥社奉拝所へと到着した。二人で奥社奉拝所を見て回っていると夏乃さんはおもかる石と書かれた木製の立て札の前で立ち止まる。


「おもかる石って確か願い事をしながら持ち上げて予想よりも軽かったら願い事が叶うってやつだよね?」


「そうですけどおもかる石を軽いって感じる人は多分かなり少ないと思いますよ」


 子供の頃に来て挑戦した時はあまりにも重過ぎて持ち上げる事すら出来なかった。確か兄貴も持ち上げられず悔しそうな表情をしていたっけ。そんな事を思い出していると夏乃さんはおもかる石を軽々と持ち上げてしまった。


「うん、思ったよりも軽かった」


「えっ!?」


 もしかしたら子供の頃の記憶に引っ張られて重いと思い込んでいるだけで想像よりもはるかに軽いのかもしれない。

 そう思って石灯籠に乗っているおもかる石を持ち上げようとする俺だったがめちゃくちゃ重かった。まるで石灯籠にくっ付いているのでは無いかと本気で思うくらいの重さだ。


「いやいや、全然軽くないじゃないですか……」


「うーん、私的には軽いと思ったんだけどな」


「……本当ですか?」


 夏乃さんは涼しげな顔をして持ち上げていたが、常識的に考えて絶対に軽いとは感じない重さに違いない。恐らくあたかも軽そうなふりをして持ち上げたのだろう。

 夏乃さんはとてつもない演技派だ。それから俺達は先を目指して歩き始める。奥社奉拝所まで来て引き返す人達もそれなりに多いらしいが俺達はしっかり頂上まで行くつもりだ。


「そう言えば夏休みもいよいよ半分を切ったと思うけど課題は大丈夫?」


「順調に進んでますよ。てか、夏休み明けにあるテストの勉強時間を確保する事を考えると進んでないとやばいですから」


「なるほど、結人は心配しなくても大丈夫そうだね」


「ちなみに凉乃はどんな感じなんです?」


「残念ながら凉乃ちゃんは去年と同じで全然進んでないらしくて」


「やっぱり」


 ぶっちゃけ隅田川花火大会の時に凉乃と課題の話をした時からこうなりそうな予感はしていた。そもそも凉乃は昔から長期休みの課題を最終日になるまで平気で残すタイプだったし。


「ここ最近は綾人の看病に付きっきりみたいだから余計に進んでないっぽいんだよね」


「あー、確かに凉乃は母さんが用事とかでいない時はしょっちゅう兄貴の看病をするために家まで来てますし」


「綾人が体調崩した一因は私にもあるからあんまり課題の件を強く言えなくてさ」


 普段なら容赦なく凉乃の尻を叩いている夏乃さんも今回ばかりはそれができないようだ。普段は嫌味を言ってくる兄貴を鬱陶しく思う俺だったが、全く無いのもちょっと寂しいため早く治って元気になって欲しい。

 別にドMというわけではないが兄貴がずっと弱々しい姿というのもどこか調子が狂ってしまう。周りからはあまり仲が良くない兄弟に見られている俺達だが、兄貴の事は何だかんだで嫌いにはなれない。


「……これ以上この話題を続けると湿っぽい気分になりそうなので辞めません?」


「そうだね、せっかく二人で観光してるんだから今はそっちに集中しようか」


 凉乃や兄貴の事も確かに気にはなるが今は夏乃さんとの時間を楽しもう。

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