第76話 えー、泣き顔が可愛いからもっとじっくり見たいんだけど

 ようやく誤解が解けた後、俺達は四人で夕食をとっていた。夏乃さんはあっという間におじいちゃんとおばあちゃんと仲良くなっており楽しそうに話している。流石のコミニケーション能力だ。


「なるほど、結城さんは結人の幼馴染なんやな」


「そうです、だから結人や綾人とは小さい子供の頃からの付き合いなんですよ」


「夏乃ちゃんが結人ちゃんの嫁になってくれたら安心なんやけどなぁ」


「そのために全力で頑張ってる最中なのできっと近い将来おじいさまとおばあさま良い報告が出来ると思いますので」


「せっかく頑張って誤解を解いたのにまた誤解させるような事は言わないでくださいよ」


 しっかり自分の事をアピールする夏乃さんに俺はそうツッコミを入れた。夏乃さんを好きにさせていたら何を吹き込まれるか分かったものではない。

 しばらくして夕食を終え入浴まで済ませた後、夏乃さんは家にあったアルバムを見始める。子供の頃おじいちゃんとおばあちゃんに連れられて遊びに行っている写真がメインだ。


「……さっきからずっと見てますけどそんなに面白いですか?」


「うん、私の知らないショタ結人がたくさん写ってるから」


 夏乃さんは興奮気味にアルバムをペラペラめくりながらそう口にした。昔の写真を見られるのはちょっと恥ずかしいので早く読むのを辞めて欲しいのだがそんな気配は無さそうだ。


「それにしても子供の頃の結人はやっぱり綾人と喧嘩ばかりしてたんだね」


「昔は些細なことでよくぶつかってましたし」


 兄貴に劣等感を抱くようになる前は本当にしようもない事で喧嘩していた。写真にもその一部始終が写っていたらしく夏乃さんは呆れたような表情を浮かべている。


「あっ、結人が号泣してる」


「あんまり見ないでください」


「えー、泣き顔が可愛いからもっとじっくり見たいんだけど」


 夏乃さんはニヤニヤした表情を浮かべていた。ちなみに号泣している写真は確か祇園祭で射的をしていた時に俺が狙っていた景品を兄貴に横取りされた事が原因だったような気がする。

 子供の頃の黒歴史を夏乃さんに思いっきり見られてしまい俺は顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。そんな事を思っていると夏乃さんはスマホでその写真を撮り始める。


「ち、ちょっと何やってるんですか!?」


「ショタ結人の泣き顔っていうレアな写真だから永久保存版にしようと思って。せっかくだし、一枚プリントアウトして部屋に飾ろうかな」


「勘弁してくださいよ……」


 あの写真を部屋に飾られるとか悪夢でしかない。夏乃さんは相変わらずめちゃくちゃドSだ。結局夏乃さんは家にあったアルバムを全制覇してしまった。

 それから俺達は歯磨きをしてから寝床に向かい始める。 部屋数の関係で夏乃さんと同じ部屋で寝る事は一応同意していたのだが目の前の光景には納得出来なかった。


「……布団をくっ付ける必要あります?」


「へー、おじいさまとおばあさまが粋な計らいをしてくれたみたいだね」


「離します」


 喜ぶ夏乃さんを無視して俺が布団の端っこを引っ張って移動させようとすると肩を掴まれる。


「残念ながらそれは認められないかな」


「いやいや、くっ付けて寝るのはやっぱり色々まずいと思うので」


「私は別に何もまずくないけど?」


「俺がまずいんですって」


 夏乃さんと密着して寝るのは理性的な意味でまずいため絶対阻止しなければならない。このままではどう考えても箱根やラブホテルの時の二の舞になって寝不足になる事が目に見えている。


「分かった、じゃあ布団を離しても良いよ」


「えっ、良いんですか……?」


「その代わり結人と同じ布団で寝るから」


 やけにあっさり夏乃さんが諦めてくれたと思ったらそういう目論見があったらしい。言うまでもなくそれはもっと駄目だ。


「……分かりました、布団をくっ付けたままで大丈夫です」


「結人がそこまで言うならそれで我慢してあげるよ」


 絶対妥協できない条件と何とか妥協できる条件の二択を提示して強引に片方を選択させるという夏乃さんの常套手段に俺はやられてしまった。やはり夏乃さんには勝てないようだ。


「じゃあそろそろ寝ましょうか」


「そうだね、明日も色々と観光するからそうしよう」


 俺は天井からぶら下がった蛍光灯の紐を引っ張って豆電球に変えた。疲れていた事もあって布団に入ってからすぐに意識が遠のき始めていた俺だったが突然夏乃さんが抱きついてくる。


「な、何するんですか!?」


「ほら、前も言ったと思うけど私って抱き枕がないと中々寝られなくてさ。だから結人を代わりにしようと思って」


「確かに箱根の時はそんな事を言ってましたけどラブホテルに泊まった時は別に大丈夫だったじゃないですか」


「そうだったかな……? お姉ちゃんちょっと思い出せそうにないよ」


 夏乃さんは明らかにとぼけたようなわざとらしい口調だったためあの時は多分設定を忘れていたのだろう。どちらにせよこうなったら俺は逆らう事は出来ない。結局俺は大人しく夏乃さんの抱き枕になるしかなかった。

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