第75話 初めまして、結人の婚約者の結城夏乃と申します
大河内山荘を後にした俺達も引き続き嵐山観光を続け、気付けば辺りはすっかり夕方だ。夕日と渡月橋の組み合わせは幻想的で非常に綺麗だった。
「そろそろおじいちゃんとおばあちゃんの家へ行きましょうか」
「確か桂にあるって言ってたっけ?」
「はい、だからそんなに移動時間はかからないと思います」
桂は嵐山と同じく京都市西京区にあるためここからはかなり近い。ひとまず俺達は嵯峨嵐山駅近くのレンタル店で借りていた着物を返却する。着物姿の夏乃さんを見れなくなるのが残念とは恥ずかしくて口が裂けても言えない。
「嵐山駅が割と近い位置に二つあるからめちゃくちゃややこしいよね」
「そのせいで結構間違える人も多いらしいですし」
嵐山という名前の駅は阪急電鉄と京福電気鉄道の二つに存在しているため本当に間違えやすい。観光客にとっては完全にトラップだろう。
観光客の乗り間違えが多発したため祇園四条駅や清水五条駅のように改名した駅も京都には存在しているくらいだから名前は本当に重要だ。
それから阪急電鉄の嵐山駅で電車に乗った俺達八分間揺られた後に桂駅で降りた。桂駅の東口から外に出て目的地を目指して歩いていると夏乃さんが口を開く。
「へー、桂って結構自然豊かな感じなんだ」
「桂川とか山のおかげでめちゃくちゃ環境が良いんですよ」
「やっぱり東京都内とは雰囲気が全然違うね」
「ですね、ちなみに今いる駅前は商業施設が多いですけど少し離れると落ち着いた雰囲気の住宅街が広がってます」
そんな話をしながら俺達は二人でゆっくりと歩き続ける。しばらく歩いたところでようやく目的地が見えてきた。そして俺は一ノ瀬という表札が書かれた住宅のインターホンを押す。
「一ノ瀬ですが、どちら様かいな?」
「あっ、おじいちゃん。俺だよ、結人」
「おお、結人か。すぐ開けるさかい待っとってくれ」
インターホンの向こうからは京都弁を喋るおじいちゃんの声がした。普段は電話をあまりしないため久々に声を聞いたわけだが元気そうだ。すぐに玄関の扉が開きおじいちゃんが出てくる。
「久しぶりやな、前より少し大きなったんとちがう?」
「残念ながらほとんど身長は伸びてないから」
おじいちゃんは会うたびに大きくなったかと聞いてくるが、もう十七歳という事で成長期も終わりかけているためこれ以上はあまり期待できないだろう。
「綾人はいーひんのか?」
「兄貴は夏風邪を拗らせてダウンして家で寝込んでるから今日はいないよ」
「ああ、そう言うたら綾子がそないな事を言うとったな」
おじいちゃんは残念そうな表情でそう言葉を漏らした。中々会えないためおじいちゃんは兄貴にも会いたかったのだろう。
俺に対して当たりが強い兄貴もおじいちゃんやおばあちゃんに対してはきちんと礼儀正しく振る舞っているため可愛がられていた。もう少し俺にも優しくしてはくれないものだろうか。
「……ところで隣におる背の高い美人は誰かいな?」
「ああ、この人は……」
ようやく夏乃さんの存在に気付いたらしい。おじいちゃんに説明をしようとする俺を遮り夏乃さんはとんでもない言葉を口にする。
「初めまして、結人の婚約者の結城夏乃と申します」
「えっ、結人の婚約者やと!?」
「か、夏乃さん。急に何言い始めるんですか!?」
突然の事に俺もおじいちゃんもそう声をあげた。よく会ったばかりの初対面の相手に対していきなり凄まじい嘘をつけるな。
「おーいばあさん、大変や。結人がえらい美人な婚約者を連れてきてもうた」
「あっ、ちょっと待って」
おじいちゃんは俺の制止も聞かず凄まじい勢いで家の中に入ってしまった。間違いなく誤解されてしまったに違いない。
「何さらっとめちゃくちゃな事を言ってるんですか」
「ごめんごめん、つい口が滑っちゃって」
「いやいや、どう考えても絶対わざとでしょ」
「まあ、いいじゃん。どうせ数年経てば本当の事になるんだから」
夏乃さんは全く悪びれた様子もなくむしろ開き直ったような表情でそう話した。絶対面倒な事になる予感しかしないんだけど。そんな事を思っていると勢いよく玄関の扉が開きおばあちゃんが出てくる。
「結人ちゃん、婚約者を連れてきたってほんまなん!?」
「それはおじいちゃんの誤解で……」
「ほら、結人の隣に美人がおるやろ」
「えらい美人を連れてきたな、今夜は赤飯を炊かなあかんわ」
「ひ孫の顔を見れるのんが楽しみやな」
おじいちゃんとおばあちゃんは二人揃ってハイテンションになっていて俺の話なんて耳に入っていないに違いない。昔から思い込みの激しいところがあったためこうなったおじいちゃんとおばあちゃんに説明するのはかなり大変だ。
てか、夏乃さんは意味深な表情をしてお腹をさするのは今すぐ辞めてくれ。ただでさえ勘違いされているというのに火に油を注ぎかねない。
ひ孫が二人生まれた想像をして盛り上がっているおじいちゃんとおばあちゃんの誤解を解くのに凄まじい時間と労力が掛かった事は言うまでもないだろう。
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京都の話はもう少し続きます。
その後は4章のメインである結人と綾人の恋愛がらみのストーリーに入る予定です。
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