第74話 えー、結人の事を考えながら一生懸命手を動かしてるだけなんだけどな

 恋人繋ぎをしたまま観光をしていた俺達は嵐山の中でも一二を争う人気スポットである竹林の小径に来ていた。竹林の小径はその名からも分かる通り竹林が続く美しい光景が有名な場所だ。

 商店街などで賑わっていたメインストリートとはガラッと雰囲気が変わり、都会の喧騒から離れた落ち着いた光景が広がっている。


「せっかく嵐山まで来たんだからここは絶対寄らないとね」


「ですね、定番ですけど竹林の小径は外せないです」


 さわやかな風とともに竹の葉が揺れ、綺麗な音とやさしい木漏れ日が差し込んできていて非常に心地良い空間が広がっていた。平安時代には貴族の別荘地だったらしいがこの環境なら納得できる。

 人気の観光地のためかなり混雑している事だけが少しだけ残念だがこればかりは仕方がない。どうしても人混みを避けたいなら早朝などの人があまりいない時間帯を狙うしかないだろう。


「ちなみに夏乃さんはこの先に何があるかって知ってます?」


「確かこの先には野宮神社があって、更にその先まで進むと日本庭園の大河内山荘があったはず」


「へー、よく知ってますね」


 竹林の小径が有名なため名前を聞けば知っている人も多いが、一体何があるのかまで詳しく知っている人は少ない。だが夏乃さんはちゃんと知っているようだ。


「野宮神社はの神様として信仰を集めるパワースポットなんだから私が知らないわけないじゃん」


「……なるほど」


 やはり縁結びや子宝安産には目がないらしい。夏乃さんは箱根の九頭龍神社新宮で例え何があっても絶対に切れる事のない強固な縁を結びたいと言っていたが、あの時はその対象が自分とはまだ思ってすらいなかった。

 しかし今は夏乃さんの好きな相手が俺である事を知っている。もう既に二度と離れられなくなるレベルで縁結びされている気がするのだが、どうせ夏乃さんの事だからまだ足りないとか思ってそうだ。

 恋人繋ぎをしたまま竹林の小径を道なりにどんどん進んでいくと黒色の鳥居が見えてきた。


「そう言えば前に正しい手水の作法を教えたと思うけどちゃんと覚えてる?」


「まず右手で柄杓を取って水を汲んで左手を清めるんですよね」


「そうそう」


 手水舎まで来た俺達は二人で会話をしながら手を清め、そのまま本殿や境内の社を礼拝して回る。


「よし、じゃあいよいよ縁結びの神様のところへ行こうか」


「あれっ、今まで参拝したところは縁結びの神様じゃなかったんですか?」


「うん、実は違うんだよね」


 てっきり最初の本殿かその後に参拝した社が縁結びの神様だと思い込んでいたためかなり意外だった。そんな事を思いながら歩いていると夏乃さんは亀石と書かれた看板の前で立ち止まる。


「ここに縁結びの神様である野宮大黒天祀られてるんだよ」


「えっ、石じゃん」


 夏乃さんが指差した先にはまるで亀のような形をした大きな石が設置されていた。どうやら社ではなく石に祀られているようだ。


「この亀石をさすれば一年以内にその願い事が叶うんだって」


「なるほど、そういうスタイルなのか」


 俺は夏乃さんと手を繋いだまま空いている方の手で亀石をさすり始める。俺はと結ばれますようにと願う。あえて夏乃さんや凉乃の名前は思い浮かべないようにした。


「……なんか夏乃さんの手つきがちょっといやらしく見えるのは気のせいですか?」


「えー、結人の事を考えながら一生懸命手を動かしてるだけなんだけどな」


 上手く言葉には出来ないが今の夏乃さんは妙に色っぽく見える。てか、今の夏乃さんは明らかに邪念まみれにしか見えないのだが本当に大丈夫だろうか。

 罰が当たりそうな気しかしない。ひとまず夏乃さんの気が済むまで待った後、野宮神社を出発して再び竹林の小径を進み始める。


「景色が綺麗だから歩いているだけでめちゃくちゃ楽しい」


「ええ、写真とか映像で見るよりも実物の方が良いですし来て良かったです」


 この景色を見れただけで今日はもう満足と言っても過言では無い。 その後も二人で歩き続けて竹林の小径の終点地点である大河内山荘まで到着した。

 それから庭園の中を一通り見終わった後、俺達は赤い毛氈と野点傘の茶席で抹茶と和菓子を楽しんでいる。


「やっぱり抹茶の本場だけあってめちゃくちゃ美味しいね」


「これぞ京都って感じがします」


 抹茶も和菓子も絶品だったためあっという間に食べ終わってしまった。買って帰るお土産は抹茶にしようかなと思っていると夏乃さんが顔を近付けてくる。


「あっ、結人。ちょっとそのまま動かずに止まってて」


 なんと夏乃さんは俺の頬に口付けをしてきた。突然の事に驚いて完全に固まる俺だったがすぐに再起動する。


「き、急に何するんですか!?」


「ああ、結人の頬に抹茶が付いてたから」


「いやいや、わざわざそんな事しなくても教えてくれたら自分で拭きましたけど」


「優しいお姉ちゃんからのちょっとしたサービスってやつだよ」


 そう口にした夏乃さんはまるで悪戯が成功した子供のような表情をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る