第71話 もしかして遠回しにプロポーズしてる?

「結人、見て見て。窓の外がめっちゃ京都っぽいよ」


「ですね、せっかくだから写真撮っとこう」


 夏乃さんと心理テストや雑談をしていた間にかなり長い時間が経過していたらしい。京都駅の手前で減速し始めた新幹線の窓からは五重塔が見えていた。


「新幹線を降りたら駅ビルの中で行きたいところがあるから付き合って」


「駅ビルって何か面白そうなところありましたっけ?」


出発たびだちのプリエっていうモニュメントを見たくてさ」


「せっかくなので行ってみましょうか」


 名前を聞いただけではどんなモニュメントなのか想像出来ないが、夏乃さんがわざわざ見たいというくらいだからきっと映えそうな見た目をしているのだろう。

 少しして京都駅に到着したため俺達は新幹線から降りる。やはり夏休みという事で京都駅も東京駅と同じくかなり混雑していた。


「京都駅って天井がガラス張りなんですね」


「ちなみに天井は平安京の街路網をモチーフにしてるらしいよ」


「へー、めちゃくちゃこだわって作ってあるんだ」


「じゃあ早速出発のプリエに行こう、東広場にあるはずだから」


 それから俺達は東広場を目指して二人で歩き始める。東京駅では駅の構内を歩いている人達はほとんどが標準語を話していた。だがここは京都という事で周りからは関西弁ばかりが聞こえてくる。


「……標準語とはイントネーションが全然違うので違和感が凄まじいです」


「早穂田大学には関西出身の子も結構いて関西弁もそこそこ聞くから私はそんなに気にならないかな、結人も入学すれば色々な方言を耳にするだろうからすぐ慣れると思うよ」


「大学入学なんてまだまだ先の話ですけどね、そもそも今の成績だと早穂田に入学出来るかどうかも分からないですし」


 早穂田大学に入学する前提で話を進めている夏乃さんに対して俺はそう答えた。すると夏乃さんはにっこりとした表情を浮かべて口を開く。


「心配しなくても私が合格させてあげるから」


「ちなみどんな方法を取るつもりですか……?」


「やっぱり付きっ切りで勉強を教えるとかかな、私が本気で結人をサポートすれば別に難しくはないと思うんだよね」


 一体どんなとんでもない発言をするのかと身構えていた俺だったが、夏乃さんの言っている事は案外まともだった。


「ただ私が結人の家に行ったり逆に来てもらったりするのは時間が勿体無いし、効率良くするためにも私と同棲して貰うからよろしく」


「……うん、全然まともじゃなかった」


「えー、素晴らしい名案だと思うんだけど」


 そんな会話をしながら二人で歩いていると大きなベルの形をしたモニュメントが見え始める。


「もしかしてあれが出発のプリエですか?」


「そうそう、ちなみにプリエはフランス語で祈るって意味があるらしいよ。結婚する2人を祝福する鐘なんだって」


「なるほど、それでカップルっぽい人ばかりなのか」


 出発のプリエの前ではカップルと思わしき男女複数組が自撮りなどをしていた。


「せっかくだから私達も出発のプリエの前で撮ろうよ」


「周りから絶対誤解されると思うんですけど……?」


「私と誤解されるのは嫌?」


 そう口にしながら夏乃さんは俺の目を見つめてくる。俺達の身長差はわずか四センチしかないため普段の目線の高さはほぼ同じだ。

 しかし今の夏乃さんは少しだけ屈んだ体勢になっていたため完全に上目遣いになっている。普段は見れない夏乃さんの上目遣いの破壊力はあまりにも大き過ぎた。


「い、嫌じゃないです」


「結人ならそう言ってくれると思ったよ」


 そのまま夏乃さんは俺に密着すると出発のプリエをバックにスマホのインカメを使って写真を撮り始める。今の俺と夏乃さんの姿は完全にカップルにしか見えないに違いない。


「そう言えばここの鐘って鳴らしちゃ駄目なんですかね?」


「それ私も気になってたんだけど駄目みたい」


「あっ、本当だ」


 夏乃さんの指差した先には許可なく鐘を鳴らさないようにお願いしますという張り紙が日本語と英語でしてあった。


「鳴らしたかったのでちょっと残念です」


「へー、新しい夫婦を祝福する鐘を私と一緒に鳴らしたかったんだ。もしかして遠回しにプロポーズしてる?」


「いやいや、俺が昔から神社の鐘とかを見たらとりあえず鳴らしたくなるタイプだって夏乃さんは知ってるでしょ」


 無茶苦茶な事を言い始める夏乃さんにそう弁明する俺だったが別に嫌な気分はしない。むしろ夫婦はまだ早いにしろ夏乃さんとカップルになれたら楽しいのにとすら考えている

 多分俺は夏乃さんの事が好きなのだろう。夏乃さんに対してそんな思いを抱く一方で俺は自分自身に疑問を感じていた。

 ここ最近ずっと感じている事だが夏乃さんに対する感情と凉乃に対する感情は何かが決定的に違うような気がする。


「急に黙り込んでどうしたの?」


「……あっ、ごめんなさい」


 完全に自分の世界に入り込んでしまっていた俺は夏乃さんの声で我に返った。この疑問はずっと頭に引っかかっていたため気にはなるが今は夏乃さんと楽しく過ごしている最中なのだから一旦考えないようにしよう。

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