第51話 そう言えば結人は何か私に言う事があるんじゃないの?

 夏休みに突入してから数日が経過した今日、俺は隅田川花火大会の会場を歩いていた。勿論だが俺一人で来ているわけではない。


「四人で花火大会っていつぶりだろ?」


「確か私が中学生で凉乃ちゃん達が小学生だったと思うから五年くらいは前かな」


「そんなに昔なんですね」


 凉乃の言葉に対して夏乃さんと兄貴が反応した。そう、今日の花火大会には夏乃さんと凉乃、兄貴と俺の四人で来ているのだ。

 俺と兄貴は私服だが凉乃と夏乃さんは浴衣姿だったりする。浴衣は夏乃さんが青色で凉乃はピンク色だ。



「もうこの四人で参加する事はないと思ってました」


「だよね、凉乃ちゃんが四人で行きたいって言わなかったら実現してなかったと思う」


 俺の本音を聞いた夏乃さんは頷きながらそう口にした。子供の頃ならともかく高校生になってから夏乃さんと凉乃、兄貴と一緒に花火大会へ行く事になるなんて想像すらしていなかったのだ。


「やっぱり綾人君と二人で行くよりお姉ちゃんと結人君も誘った方が楽しいと思ってさ」


「だから俺も賛成したんですよ」


 凉乃と兄貴はそんな事を口々に話していた。凉乃は純粋に四人で行きたかったのだろうが兄貴は絶対に違うと思う。

 恐らくだが夏乃さんと一緒に花火大会へ参加したかったから凉乃の案に賛成した可能性が高いのではないだろうか。

 集合した時から兄貴は凉乃そっちのけで夏乃さんの相手ばかりしようとしていたためそんなに間違えてはいない推理だと思う。

 夏乃さんは適当に兄貴をあしらっているが、どうやら本人としては全く気付いていない様子だ。夏乃さんの事が好き過ぎて色々なフィルターがかかっているのだろう。

 恋は盲目とはよく言うが今の兄貴はまさにそんな感じだ。俺よりもハイスペックでイケメンなはずなのに残念にしか見えなかった。

 人のふり見て我がふり直せではないが俺は絶対あんなふうにはならないようにしよう。そんな事を考えているといつの間にか隣に来ていた夏乃さんが俺のTシャツの袖を引っ張ってくる。


「そう言えば結人は何か私に言う事があるんじゃないの?」


「何か言う事……?」


「結人から私の浴衣姿の感想をまだ聞けてないんだけど?」


 特に心当たりがなかったため考え込んでいると夏乃さんはじとっとした目で俺を見つめてきた。俺は慌てて感想を口にする。


「あっ……えっと、よく似合ってますよ」


「全然心がこもってない気もするけど今回は特別に許してあげる」


 次からはちゃんと感想を言えるようにしよう。そんな事を思っていると兄貴が横から口を挟んでくる。


「結人は相変わらず気が利かないな、そんな感じだといつまで経ってもモテないぞ」


「うるさい、余計なお世話だ」


「こらこら、二人ともすぐに喧嘩しないの」


 兄貴の発言に少しイラッとした俺がそう言い返すと夏乃さんが間に入ってきた。兄貴と喧嘩になって夏乃さんが仲裁に入ってくる事は昔ならよくあった光景だが最近だと久々な気がする。


「そうだよ、せっかくの花火大会なんだから綾人君も結人君も仲良くしなきゃ駄目だよ。じゃあ綾人君と結人君は仲直りしようか」


「悪かったな、結人」


「ああ、俺の方こそ」


 ちなみにこうやって凉乃に仲直りさせられる事も子供の頃はよくあった。流石に高校生にもなって小学生の頃と同じノリで仲直りさせられる事になるとは思わなかったが。


「結人と綾人も仲直りできた事だし、そろそろ屋台で何かして遊ばない?」


「あっ、私ヨーヨー釣りがしたいな」


「良いな、凉乃に賛成」


「凉乃と兄貴がそう言うなら俺も賛成で」


 俺達は四人でヨーヨー釣りの屋台を目指して歩き始める。毎年百万人近くが参加するだけあって会場内はかなり混雑していた。

 場所によっては一方通行になっているほどだ。四人で密着しながらしばらく歩き続けヨーヨー釣りの屋台を見つけた。列に並ぶ俺達だったが夏乃さんが何かを思いついたらしく声をあげる。


「せっかくだからヨーヨー釣りで勝負しようよ」


「えー、勝負になったらお姉ちゃんと綾人君が強過ぎて全く勝てる気がしないんだけど」


 凉乃の意見はもっともだ。勝負をしても夏乃さんと兄貴には俺や凉乃では勝てない。


「だから私と結人、凉乃ちゃんと綾人ってチームに分かれよう」


「なるほど、それなら良い勝負になりそうだね」


「二人もそれで良いかな?」


 凉乃を納得させた夏乃さんは俺と兄貴にそう聞いてきた。


「俺はそれで大丈夫です」


「……分かりました」


 特に異論の無かった俺に対して兄貴は肯定の言葉を口にしつつもほんの少しだけ不満そうだ。多分俺と夏乃さんが同じチームな事に嫉妬でもしているに違いない。

 まあ、夏乃さんと組んでしまうとチーム分けした意味が無くなってしまう事くらい兄貴も分かっているはずなので何も言えないのだろうが。


「じゃあ決定で、負けたチームが勝ったチームに何か奢る事にしよう」


「夏乃さんには悪いですけど勝たせてもらいますよ」


「いやいや、勝つのは俺と夏乃さんだから」


「こら、二人ともすぐ喧嘩しない」


「やっぱり綾人君と結人君はこうなっちゃうんだね」


 睨み合う俺と兄貴に対して夏乃さんと凉乃は少し呆れ顔になっていた。

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