第49話 私と結人のファーストキスの価値が同じなわけないんだから等価交換にはならないでしょ

「……酷い目にあった」


「結人が急に溺れ始めて本当に焦ったんだからね」


「ごめんなさい、両足をつるなんて完全に予想外だったので……」


 俺達はプールサイドのベンチに座ってそんな話をしていた。少し前までぐったりとしていた俺だったがようやくいつもの調子を取り戻し始めている。


「それより私が十八年間ずっと大切にしてきたファーストキスを結人にあげちゃったから責任は取って貰わないとね」


「それを言うなら俺も夏乃さんにファーストキスを奪われた形になるのでおあいこじゃないですか? いわゆる等価交換って奴です」


「私と結人のファーストキスの価値が同じなわけないんだから等価交換にはならないでしょ」


 確かに夏乃さんのファーストキスなら金を積んででも欲しいと思う人が大勢いてもおかしくないが、俺の方を欲しがるような物好きはほとんどいないだろう。


「そう言えば前に凉乃ちゃんと密着した事を嘘をついて隠そうとした時の罰もまだ与えられてないし、どんどん私への貸しが増えていってるね」


「そろそろ借金で首が回らなくなりそうなので許してくれませんか?」


「一応前向きに検討はしておいてあげるよ」


「いやいや、それって初めからやる気がない人の台詞でしょ」


 ニコニコした表情を浮かべながらまるで政治家のような言い回しをする夏乃さんに俺は思わずツッコミを入れた。


「ひとまず結人も元気になった事だし、そろそろ遊びに戻ろうか」


「そうですね、次は何をします?」


 まだ両足のふくらはぎが少し痛むため激しく動くような事は難しいがそれ以外なら全然大丈夫だ。


「じゃあサウナとかどうかな?」


「分かりました。あっ、先に言っておきますけど我慢比べみたいな勝負はしませんから」


「えー、勝負しないの?」


「絶対やりません」


 少しだけ不満そうな表情を浮かべてこちらを見つめてくる夏乃さんに対して俺はきっぱりとそう言い放った。これ以上夏乃さんへの債務が増える事だけはマジで勘弁して欲しい。

 それから俺達はサウナへと行き、しばらく堪能した後は再びジャグジーや流れるプールで遊んだりしながら過ごした。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「……もうこんな時間か」


「本当だ、ハプニングは色々あったけど楽しかったからあっという間だったね」


 壁に設置されたデジタル時計には十七時と表示されている。更衣室で着替えていた時は確か十四時過ぎくらいだったはずなので夢中になって遊び回っているうちに三時間近くが経過したようだ。

 そろそろ良い時間になってきたし健二達と合流して帰ろう。そう思って三人を探し始める俺と夏乃さんだったが割とすぐに見つける事ができた。だが三人の様子はどこか少しおかしい。


「おいおい、揃いも揃って暗い顔をしてるけど一体どうしたんだよ?」


「見てわからないか、俺と海斗はナンパに惨敗したんだよ」


「容赦無さ過ぎてもう心が折れそう……」


 健二と海斗は口々にそう声を漏らした。なるほどそれで二人は萎えた様子になっているのか。だがそれ以上に翔の落ち込み方があまりにも凄まじくて気になってしまう。


「とりあえず健二と海斗は分かったけど翔はどうしたんだ? なんか頬も赤くなってるけど」


「そうだ、結人聞いてくれ。翔の奴、実は彼女持ちだったんだよ」


「ああ、今まで俺達に隠してやがったんだ」


 健二と海斗はやや興奮気味にそう声をあげた。翔に彼女がいた事に関しては俺も完全に初耳だったのでかなり驚いている。


「ちなみに何で翔がそんなに落ち込んでるんだよ? まさか二人で翔の事を虐めたんじゃないだろうな?」


 もしそうなら健二と海斗との今後の付き合い方を考え直さなければならなくなるが。そんな事を考えていると今まで沈黙していた翔が声を上げる。


「……ナンパしてるところを彼女に見られてぶん殴られた」


「えっ……?」


 予想もしていなかった言葉に俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。ひとまず翔から詳しい経緯などを聞き始める。

 翔は隣のクラスの女子と最近付き合い始めたらしいのだが、偶然その子が友達と東京サマーヒルズに来ていたようだ。

 そしてタイミングが悪い事にナンパしている現場を見られたようで、散々罵詈雑言を浴びせられた後頬を思いっきりぶん殴られたらしい。

 ちなみ健二と海斗は遠目からその修羅場を見て翔が彼女持ちだった事に気付いたんだとか。


「うん、それはどう考えても百パーセントお前が悪いわ」


「……めちゃくちゃキレてたから振られるかも」


 翔はまるでこの世の終わりのような表情をしていた。彼女がいるのにナンパなんてするなよと言うのが俺の正直な感想だ。


「俺はこの後海斗と一緒に翔の慰め会をどこかでする予定だけど結人はどうする?」


「うーん、俺は……」


「せっかくだから行っておいでよ、プールの間中ずっと三人から結人を借りっぱなしだったからさ」


 どうしようか迷う俺だったが夏乃さんの許しが出たため行く事にした。行く前からもう既に中々カオスな会になりそうな予感しかしないが三人に付き合う事にしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る