第48話 あっ、くれぐれもムラムラしてトップスの紐を外そうとしないようにね

「よし、次はジャグジーへ行こうか」


「了解です」


 俺達は室内エリアの高台にあるジャグジーへと向かう。東京サマーヒルズの人口密度的に混雑しているかもしれないと思っていたが運良くガラガラだった。


「温かくて気持ちいい」


「これなら日頃の疲れが一気に吹き飛びそうだね」


 ここ最近は期末テストや三者面談など面倒なイベントが立て続けにあってかなり疲れていたためジャグジーは本当に癒される。

 夏乃さんはほんの数時間前まで大学のテストだったわけだから尚更だろう。俺も夏乃さんも寝そべって完全にまったりモードになっていた。


「こうしてると箱根へプチ旅行に行った時の家族風呂を思い出さない?」


「それは俺も少しだけ思ってました。まあ、状況とかは全然違いますけど」


 そう言えばあの時は何故バレたか未だに分からない俺の所有していたエロ漫画を脅迫の材料に使われて夏乃さんと一緒に入る事になったんだっけ。そんな事を思っていると夏乃さんはニヤニヤした表情を浮かべる。


「今日はこの前の時とは違って裸じゃないけど我慢してよ」


「我慢って何ですか、てかそもそも期待してませんから」


「むー、さっき私の胸を思いっきり見たくせに」


 俺の反応が気に入らなかったらしい夏乃さんはそんな事を言い始めた。完全なる言い掛かりに対して俺はすぐさま正論で返す。


「いやいや、あくまであれはウォータースライダーの事故だったんだから仕方ないと思いますが」


「結人から穴が開くほど胸を見つめられたような気がするけど?」


「ほんの一瞬しか見てないですって、ありもしない記憶を勝手に捏造しないでください」


「もう、いちいちそんな細かい事まで気にしてたら女の子から嫌われるぞ」


「流石に言ってる事がめちゃくちゃ過ぎます」


 俺達はジャグジーにゆったりとつかりながらそんなくだらないやり取りをひとしきりして二人で盛り上がった。


「そろそろ出ようか、これ以上入ってるとのぼせちゃいそうだしさ」


「分かりました、ちなみにこの後はどうします?」


「うーん。次は長いウォータースライダーに行きたいな」


 どうやら夏乃さんは長いウォータースライダーをご所望らしい。二度も同じ悲劇が起きる可能性は極めて低いだろうが念の為釘だけは刺しておく。


「また紐が解けないようにしてくださいよ、あれはマジで焦るので」


「今度はしっかりと結んだから大丈夫、でも念の為に一応結人にも確認して貰っていい?」


「勿論俺で良ければ」


「あっ、くれぐれもムラムラしてトップスの紐を外そうとしないようにね」


「それは絶対しないので安心してください」


 俺はきっぱりとそう口にした。案の定夏乃さんは不満げな顔をしていたが俺は気付かないふりをして紐の結び目を確認し始める。うん、しっかりと結ばれているため特に問題ないだろう。


「これなら大丈夫だと思います」


「オッケー、じゃあ行こうか」


 俺達は長いウォータースライダーの列に並ぶ。やはり人気という事もあって長蛇の列となっていた。この感じだとそこそこ長い時間待つ必要がありそうだ。


「今回は流石に座って滑りますよね?」


「何言ってるの、寝転んで滑るに決まってるじゃん」


「さっきあんな事があったばかりなのによくそんな気になれますよね」


 少し驚きながらそう口にした。もし俺が夏乃さんと同じ状況なら次は絶対普通に座って滑ると思う。


「心配しなくても同じ過ちはもう二度と繰り返さないから」


「昔から有言実行をし続けてきた夏乃さんがそれを言うと無駄に説得力があります」


「でしょでしょ、もっと褒めてくれても良いよ」


 夏乃さんはかなり得意げな表情を浮かべている。しばらくの間二人で適当な雑談をしている間に列はどんどん進みいよいよ俺達の番がやってきた。

 先行の夏乃さんは係員の合図で発進する。ただ寝転ぶだけでは飽き足らず発進の際に勢いまでつけていたため相変わらずスピードを追求するつもりのようだ。

 そんな事を考えながら俺は係員の指示でウォータースライダーにスタンバイし、それから少しして合図が出たため発進する。


「痛っ!?」


 半分くらい滑り終えたタイミングで突然右足のふくらはぎに激しい痛みが走った。運が悪い事に俺は足をつってしまったようだ。

 それだけで済めば良かったのだが不運はさらに続く。なんと滑り終わって着水した瞬間、左足のふくらはぎにも先程と全く同じ激痛が走ったのだ。

 いくらなんでもこれはタイミングがあまりにも悪過ぎるだろ。両足をつってしまった俺は完全にパニックを起こしてしまい盛大に溺れてしまう。


「結人!?」


 プールサイドから俺の様子を見ていた夏乃さんがかなり焦ったような表情で声を上げる様子がチラッと目に入った。

 そこからの事はあまり記憶には残っていないが俺は係員のお兄さんに助けられた後、夏乃さんからプールサイドで人工呼吸をされるはめになったようだ。

 地味に夏乃さんからファーストキスを奪われる形になってしまったが人命救助のためだったのだから仕方がないだろう。

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