第35話 でもそのせいで悲しむ人がいる事は覚えておいて欲しいな
映画館を出た俺達はひとまず男女で別れてトイレに来ていた。
「期末テストも近いっていうのに夏乃さんと遊んでるような余裕が結人にはあるのかよ?」
「それは兄貴も同じだろ、せっかく今日は職員会議で部活も無いんだから凉乃と映画なんか見てないで帰って勉強してた方が絶対良かっただろ」
「俺は今までずっと一位で今後も順位を落とす予定なんて無いから」
「それを言ったら俺だってこの前の中間テストは七位でトップ層だし、そもそも高校に入学してから二十位未満になった事すらないぞ」
俺と兄貴は用を足しながらまるで子供のように口喧嘩している。昔からこういった口喧嘩は本当に日常茶飯事だった。
手を洗ってトイレを出る時も言い争っていた俺達だったが突然兄貴が立ち止まる。一体どうしたのかと思って兄貴の視線の先を見ると凉乃と夏乃さんがいたわけだがそれだけではなかった。
凉乃と夏乃さんの前には身長が二メートル近くあって遠目からでも明らかに筋肉質な事が分かるアフリカ系の男性二人組がいたのだ。
夏乃さんは割といつも通りの表情だったが凉乃は怯えているように見える。恐らく悪質なナンパをされているに違いない。
一刻も早く二人を助けなければならないと思った俺は隣で固まっている兄貴をその場に残して何の躊躇いもなくまっすぐ四人の元へと向かい始める。
体格差的にトラブルになったら最悪大怪我をするかもしれないが別にそれでも足は止めない。俺は好きな女の子と好きと言ってくれた女の子を助けるためなら自分が犠牲になっても構わないのだ。
そんな決意で四人の間に割って入る俺だったが、結論から言ってしまえばトラブルになる事も怪我をする事も無かった。一言で言うなら全て俺の勘違いだったのだ。
「留学生の知り合いと偶然会って話してただけだったんですね」
「そうそう、さっきの二人は見た目こそめちゃくちゃ怖いけど中身は面白いただの日本オタクだから」
「お姉ちゃんって本当知り合いが多いんだね」
俺達はフードコートに移動して映画館の売店で買ったジュースの残りを飲みながらそんな話をしていた。何事もなくて安心する俺だったがそれとは対照的に兄貴はめちゃくちゃ暗い。
俺達の会話にすら一切入ってこずとにかく黙り込んでいる。兄貴がなぜこんな状態になっているかは想像できるが可哀想なので特に触れるつもりはない。
「綾人君、さっきからずっと静かだけどもしかして体調悪いの?」
「……いや、大丈夫」
心配した凉乃から話しかけられても完全に心ここに在らずと言った感じだ。それからジュースを飲み終わるまで映画の感想を話す俺達だったが兄貴は最後まで黙ったままだった。
「私と結人はこれからまだ行くところがあるから」
「えっ、ちょっと」
「結人君、またね」
俺は夏乃さんから強引に腕を組まれて引っ張られるように移動し始める。
「今度は一体どこに連れて行く気ですか?」
「とりあえずステバに行こうか、結人とは色々話したい事があるから」
そう口にした夏乃さんはさっきフードコートで話していた時の明るい表情とはうってかわり少しだけ怒っているように見えた。
もしかして無意識のうちに何か夏乃さんの気に障るような事でもしてしまったのだろうか。そんな事を考えながら歩いているうちに目的地へと到着した。それぞれ飲み物を注文してカウンターで受け取り席に着く。
「さっきは助けようとしてくれてありがとう」
「いえいえ、凉乃と夏乃さんを助けなきゃと思って行動しただけなので」
「でも本当に私と凉乃ちゃんが悪い男からナンパされてたらどうするつもりだったの?」
「その時は俺が時間を稼いでいるうちに逃げてもらおうと思ってました」
もし喧嘩になっていたらどう考えても勝てるとは思えなかったため俺には身代わりになる事くらいしか出来なかったに違いない。
「その方法だと私と凉乃ちゃんは助かったとしても結人は助からないじゃん」
「二人さえ助けられれば俺は別に良いので」
「いい加減にして、結人を犠牲にするような方法で助かっても嬉しいわけないでしょ」
俺の言葉を聞いた夏乃さんは怒りと悲しみの両方を含ませた表情でそう声を荒らげた。かなり声が大きかったため周りからも思いっきり見られている。
「自分のせいで好きな人が傷付くなんて私耐えられそうにないよ、お願いだからもっと自分を大切にして」
「ごめんなさい……」
俺は夏乃さんにただ謝る事しか出来なかった。もしこれが逆の立場なら俺だって胸が張り裂けそうになるに違いない。
自分の事をを蔑ろにし過ぎるがあまりその辺りの想像力が欠如していたようだ。しばらく黙り込んでいた夏乃さんだったがようやく重い口を開く。
「……ごめんね急に取り乱しちゃって」
「こちらこそ色々すみませんでした」
「結人の行動は本当に凄いと思う、心の強さがないと絶対あんな事はできないから。でもそのせいで悲しむ人がいる事は覚えておいて欲しいな」
「分かりました、しっかりと肝に銘じておきます」
もう今後は夏乃さんを悲しませないためにも考えなしで安易に自己犠牲に走るような事をするのは辞めよう。
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