第32話 お姉ちゃんなら絶対こんな事にはならないのにな
「痛っ!?」
「おい、大丈夫か?」
体育でバスケットボールをしている最中に俺は盛大に突き指をしてしまった。味方からのパスを取り損ねた結果こんな事になってしまったのだ。
「今日は朝からずっとボーっとしてるけど一体どうしたんだよ?」
「それな、ずっと心ここにあらずって感じだけど」
「ひょっとして何か変なものでも拾い食いしたか?」
「何でもないから気にするな」
試合終了後に話しかけてくる健二と翔、海斗に対して俺は人差し指を伸ばしながらそう口にした。夏乃さんから告白されたせいでこんな事になっているとは流石に言えない。
「結人がそんな反応するって事は絶対何かあったな」
「おいおい俺達に隠し事をしようとするなんて水臭いぞ」
「そうだぞ、今すぐ全部吐いて楽になっちまえよ」
そう言って三人は俺にじりじりと迫ってきた。
「とりあえず保健室に行ってくるからその話はまた後な」
今にも取り調べが始まりそうな雰囲気にだるさしか感じなかった俺は一方的にそう言い残して逃げるように体育館から出る。
正直今日はもう体育の授業を受ける気にはなれないしチャイムがなるまで保健室で適当にサボろう。そんな事を考えながら歩く俺だったが保健室の入り口前で見知った顔の人物に遭遇する。
「あれ、結人君だ。もしかして怪我でもしたの?」
「ああ、実は体育でバスケしてたら突き指しちゃってさ。凉乃こそどうしたんだよ?」
「私は調理実習中に人差し指がフライパンに当たって火傷しちゃったんだよね」
そう言って凉乃は右手の人差し指を俺に見せてきた。少しだけ赤く腫れてはいるが重傷ではなさそうだ。
「お互い災難だったな」
「うん、結人君は知ってると思うけど私って昔からおっちょこちょいだから」
確かに凉乃にはドジっ子という言葉が本当によく似合う。しっかりした夏乃さんとは本当に対照的だ。そんな事を考えながら俺達は保健室に入る。
「保健室の先生はいないみたいだね」
「だな、もしかしたら用事か何かでどこかに行ってるのかも」
保健室の中を見渡しても養護教諭の姿はどこにも見えなかった。ひとまず俺は棚からテーピングテープとキズパワーパッドを取り出す。
「待っててもいつ戻ってくるか分からないし、勝手に応急処置させて貰おうぜ」
「そうしよう、結人君は自分でテーピング出来る? 難しそうなら私がやってあげるけど」
「……いや、自分で出来るから大丈夫」
凉乃にお願いするかどうかで少し迷う俺だったが自分でやる事にした。夏乃さんに申し訳ない気がしたからだ。それにそもそも不器用な凉乃に頼むよりも自分でやった方が絶対に早そうな気がするし。
「そう言えば一組は今日が調理実習なんだな、何を作ってるんだ?」
「うちの班はグラタンだね、ホワイトソースを作ってる時に火傷しちゃった」
「昔から思ってたけど凉乃って料理中に必ず何かしらをやらかすよな」
「だね、焦がしそうになったり指を火傷しちゃったり本当散々だよ。お姉ちゃんなら絶対こんな事にはならないのにな」
凉乃は人差し指にキズパワーパッドを貼りながらそんな言葉を漏らした。兄貴に対してコンプレックスを感じている俺に対して凉乃は夏乃さんの事を憧れの対象として見ている。
そこが俺達兄弟と結城姉妹の違いだ。これは俺達兄弟が同い年の双子に対して凉乃と夏乃さんは二歳差である事も関係しているだろう。
ちなみに俺が綾人と呼ばないのは同い年だと思いたくないからだ。同い年にも関わらずここまで差がついている事を認めたくなかった俺は綾人ではなくあえて兄貴と呼ぶ事で劣った自分を正当化しようとしている。
「そう言えばお姉ちゃんと言えば昨日帰ってきてからめちゃくちゃ機嫌が良かったんだけど、結人君は何か理由とかって知ってたりする?」
「い、いや知らないけど」
間違いなく俺に告白した事が関係しているだろうがあえて知らないふりをした。夏乃さんから告白された事を凉乃に知られるとほぼ確実に兄貴の耳にも入るためそれだけは絶対に避けたい。
「そっか、あんなに嬉しそうなお姉ちゃん見るのは本当に久々だったから凄く気になってるんだよね。聞いても教えてくれなかったからさ」
「まあ、夏乃さんも凉乃に言えない事の一つや二つはあるだろ。それよりそろそろ戻らなくて大丈夫なのか? まだ調理実習の途中だと思うけど」
喋り過ぎるとうっかりボロが出てしまう可能性もあってこの話題をあまり続けて欲しくなかった俺はそう問いかけた。
「そうだった、早く戻らないと」
「あっ、走ると危ないぞ」
案の定凉乃は扉の段差につまずいて転びそうになってしまう。まあ、俺が後ろから抱き寄せて倒れる寸前に助けたが。
「結人君、ありがとう。じゃあ今度こそ行くね」
そう言い残して凉乃は保健室から去っていった。その場に一人残された俺は一気にテンションが低くなる。思いっきり後ろから抱き寄せたというのに凉乃は恥ずかしがったりしている様子が全く無かった。
「やっぱり男として見られてないのかな……」
もし兄貴が同じ事をしていたら顔を真っ赤に染めていたに違いない。俺も夏乃さんみたいに勇気を出して凉乃に告白すれば異性として意識してくれるようになるのだろうか。
授業終わりのチャイムがなるまで俺はその場に立ち尽くしてひたすらそんな事を考えていた。
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