第30話 でも心の強さは結人の方が圧倒的に上だよ

 六月も下旬に突入し、いよいよ夏休み前の期末テストが近付きつつあった。帰りのホームルームが終わった後、俺はいつもの三人と教室で雑談をしている。


「期末って中間よりも科目が多いからだるくね?」


「それな、家庭科とか保健なんか入試で使わないんだからマジ勉強する意味って感じ」


「指定校推薦を狙うなら副教科でも点数取って評定を稼いでおかないといけないから結構重要だから」


「結人は相変わらず真面目だな」


 しばらく期末テストの話題で盛り上がっていた俺達だったがだんだん話が変な方向に行き始める。


「そう言えば結人はあれから結城先輩とはどうなんだよ?」


「あっ、俺も気になってた」


「何か進展はあったのか?」


「進展も何もいつも通りとしか答えようがないぞ」


 興味津々な表情の三人に対して俺はそう言い放った。そもそもそれ以外の説明なんてできない。


「えっ、何もなかったのか? てっきりそろそろ付き合ってるのかと思ってたけど」


「夏乃さんは俺の事を弟的な存在としか見てないから付き合うなんてまずあり得ないだろ」


「俺的にはかなり脈ありに見えたんだけどな」


「そうそう、あの感じ的に絶対結人の事好きだって」


 三人は好き勝手にそう話していた。それから三人の部活開始時間が迫ってきたため俺は別れの挨拶をしてから教室を出る。

 そして上履きから靴に履き替えて学校を出ようとしていると見覚えのある人影が近付いてきた。


「やあ、結人。いつもより遅かったね」


「今日は友達と少し話してたので」


「ふーん、そうなんだ」


 俺と夏乃さんは二人並んで歩き始める。普段の夏乃さんとほんの少しだけ雰囲気が違うような気がするのは気のせいだろうか。


「それでどこに付き合えば良いんですか?」


「それは行ってからのお楽しみって事で」


「変な場所に連れて行ったりしないでしょうね?」


「うん、それは大丈夫だから」


 普段なら揶揄ってきそうなシチュエーションだったが夏乃さんは微笑んでそう口にするだけだった。やはり今日の夏乃さんはいつもと何かが違う。バイクの後ろに乗って走り続けて到着した場所は運動公園だった。


「ここって子供の頃によく四人で遊んだ場所ですよね」


「あっ、ちゃんと覚えてたんだ」


「あれだけ何回も遊んでたら忘れるはずないですよ」


 子供用の遊具などはあの頃と全く変わっていないため本当に懐かしい。今は身長がだいぶ高くなってしまったためもう遊具で遊ぶのは難しいだろう。


「実は結人に話したいことがあるんだ」


「……改まってどうしたんですか?」


 夏乃さんはいつになく真面目そうな表情を浮かべていた。もしかして彼氏でもできたのだろうか。そこまで考えて少し心が痛んだ。


「せっかく公園に来たんだから歩きながら話そうよ」


「そうですね」


 俺と夏乃さんはゆっくりと公園内を歩き始める。放課後の時間帯という事もあって学生の姿がかなり多かった。


「ちょっと前二人でカフェへ行った時に結人にしかない良いところがあるって話をした事は覚えてる?」


「そう言えばそんな話もしてましたね」


「その答えって何か分かった?」


「いや、全然思い浮かんでないです」


 そもそも兄貴には無くて俺にしかない良い点なんて本当にあるのだろうか。そんなものがあれば兄貴の劣化版や下位互換と影で呼ばれていない気がするが。


「確かに結人は成績とか運動神経、ルックスの面では綾人に負けてるとは私も思う。でも心の強さは結人の方が圧倒的に上だよ」


「心の強さ……?」


 夏乃さんの口から出た言葉を俺はよく理解出来なかった。そんな俺を無視して夏乃さんはそのまま話し始める。


「私が小学六年生の時に結人が教室に乗り込んできた事って覚えてる?」


「忘れるはずないじゃないですか、俺の黒歴史の一つなんですから」


 俺は小学四年生の時にクラスメイトからいじめを受けて不登校寸前になるまで憔悴しきっていた夏乃さんを助けるために単身六年生のクラスに乗り込んだ。

 夏乃さんの周りにはたくさんの友達がいたため俺が出る幕なんてなかったのかもしれない。だが俺はどうしても夏乃さんをいじめていた奴らが許せなかったのだ。

 しかし一対複数だった上に体格差もあったため俺は手も足も出ず返り討ちにされてしまった。俺が騒ぎを起こしたおかげでいじめの解決に繋がった事が唯一の救いだろう。


「結人は黒歴史だって言ってるけど私はめちゃくちゃ嬉しかったよ、本気で助けようとして行動までしてくれたのは結人だけだったからさ」


「そう言って頂けるなら恥を晒したかいがあったってものです」


「あの時からかな、私が九条結人って人間を好きになったのは」


「……えっ?」


 夏乃さんの口から自分の耳を疑うような言葉が出てきて俺は思わず驚きの声をあげてしまった。いや、多分今の好きはライクの方の意味だろう。そう思っていると夏乃さんは間髪入れずに口を開く。


「勿論好きっていうのはラブの方の意味だから」


「じ、じゃあ昔からいる好きな人っていうのは……?」


「結人の事に決まってるじゃん」


 夏乃さんは何の躊躇いもなくそう言い切った。あまりに予想外過ぎて理解が追いつかない。


「結人が凉乃ちゃんの事を好きなのは私も知ってる、だから今すぐ結論を出せとは言わない。でも絶対惚れさせてみせるから」


 夏乃さんは俺を前にして堂々とそう宣言した。

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