第29話 待っててね結人、絶対身も心も私のものにしてみせるから

 大学の授業を全て終えて家に帰ってきた私だったがテンションはかなり低かった。朝ハイテンションで家を飛び出して行った事がまるで嘘のようだ。


「やっぱり結人の一番は相変わらず凉乃ちゃんなのか」

 

 本当は今日の大学の授業を全部サボって一日中結人の看病をするつもりでいた私だったが気持ちが完全に萎えてしまった。


「一人で勝手に舞い上がってたのが馬鹿みたい……」


 今日あそこで結人と体を重ねるつもりなんて元々無かった。私の裸を見て慌てふためく結人をいつも通りのテンションで揶揄って今日は終わりにするつもりだったのだ。

 流石に風邪をひいて苦しんでいる結人に無理をさせるつもりなんてなかった。それにせっかくの初体験なんだからもっとロマンチックなシチュエーションが良かったし。

 まあ、結人がどうしてもって言うならその手前くらいまではやってあげるつもりだったが。しかし結人の口から出た言葉は凉乃ちゃんへの謝罪だった。

 二人きりの箱根旅行でだいぶ私という存在を結人に意識させる事が出来たと思っていたが、どうやら私と凉乃ちゃんの間にはまだまだ高い壁があるらしい。

 あまりにも惨め過ぎて本当に辛かった私は全てを結人が見ていた夢という事にしてその場から逃げ出す事しか出来なかった。


「凉乃ちゃんが本当に羨ましい」


 どうして凉乃ちゃんは昔から私が本当に欲しくて仕方がなかったものをいとも簡単に手に入れてしまうのだろうか。

 凉乃ちゃんの事を愛しているはずなのにどうしようもなく憎かった。普通の姉が実の妹に向けるような感情ではない。

 そんな感情を凉乃ちゃんに抱いてしまう自分自身が本当に情けなかった。そんな事を思っていると部屋の外から足音が聞こえてくる。


「あっ、お姉ちゃんもう帰ってたんだ」


「凉乃ちゃんおかえり」


 扉を開けて部屋に入ってきたのはセーラー服姿の凉乃ちゃんだった。いつの間にか放課後の時間帯になっていたようだ。


「ここ最近いつも帰りが遅いのに今日は珍しいね」


「たまにはお姉ちゃんにもそういう日くらいあるから」


「そう言えば今日は結人君がお休みだったんだけどお姉ちゃんは何か知ってる?」


「ああ、結人は風邪をひいて朝から寝込んでるらしいよ」


「そっか、綾人君も一日中ずっと浮かない顔をしてたから今日は二人とも不調なんだ」


 凉乃ちゃんは呑気な顔でそんな事を口にした。結人と綾人の不調は私達姉妹が原因だと言うのに凉乃ちゃんは全く気付いていないらしい。


「……あれっ、お姉ちゃんもいつもより顔色がどこか悪い気がするけど何かあったの?」


「うん、色々あったせいで結構疲れちゃって」


「体力お化けのお姉ちゃんでも疲れる事なんてあるんだ。なるほど、それで今日は帰りが早かったんだね」


 私の言葉を聞いた凉乃ちゃんは勝手に納得してくれた。凉乃ちゃんは本当に単純だ。


「凉乃ちゃんはちょっと嬉しそうに見えるけど学校で何か良い事でもあった?」


「実は友達が好きな男の子から告白されて付き合い始めてさ、今までずっと応援してたから私まで嬉しくなっちゃって」


「へー、そうなんだ」


「せっかくだからこの話をお姉ちゃんにもお裾分けしてあげるよ」


 私が抱えている悩みや葛藤など全く知らない凉乃ちゃんは嬉しそうな顔で話し始める。正直凉乃ちゃんの話にはあまり興味がなかったため適当に相槌を打って聞き流すつもりだった。

 他人の惚気話なんてとても聞く気分にはなれなかったからだ。そう思っていたはずなのに気付けば私は夢中になってしまっていた。


「最初その男の子には他に好きな相手がいてそもそも恋愛対象として見られてすらなかったの?」


「うん、そこから自分の虜にして告白させるところまで持っていったんだから本当に凄いよね」


「一体どうやって相手に意識させたのかめちゃくちゃ気になるんだけど?」


「それはね……」


 凉乃ちゃんの友達と私の境遇がかなり似ていたため完全にのめり込んでしまったのだ。聞けば聞くほど今の私に似ていた。


「……なるほど、その方法は確かに盲点だった」


「うん、だからもし好きな相手が振り向いてくれないとかってなったらかなり勇気がいると思うけどお姉ちゃんも試しにやってみてもいいと思うな」


 そう言い終わった凉乃ちゃんは満足した顔で私の部屋から出て行く。どうやら私は結人を好き過ぎるがあまり自分の視野がかなり狭くなっていたようだ。


「どうやって結人の攻略すれば良いか少しだけ分かった気がする」


 今までとは大きくアプローチの方法を変える必要がある上に失敗すると結人から嫌われてしまう可能性もあるため正直リスクはかなり大きい。それに私も色々な事を我慢をする必要がある。

 だが男性の心理を利用したこのアプローチ方法なら間違いなく効果的という確信があった。もしかしたら結人には辛い思いをさせてしまう事になってしまうかもしれないが全ては私達の幸せな未来のためだ。


「待っててね結人、絶対身も心も私のものにしてみせるから」


 私は一人で静かにそう決意表明をした。さあ、ここからが第二ラウンドの始まりだ。

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