25話 七王勇、暴食王ビヒュルデ

 雪原竜を討伐した私達勇者パーティは、竜の死体をギルドに任せ、王国に帰るために山を降りていた。

 

 山を降りている時でさえも、私は夕焼けの絶景を眺めていた。

 

「そこ段差あるぞ」

 

「え?」

 

 私は見えなかった小さな段差に転ぶ。体勢を立て直して顔を上げると、アリーゼが笑いを堪えるような顔をしていた。

 

「このドMクソエルフ!」

 

「あぁあ! 気持ちいい! もう一度言って!」

 

「デカブツババアエルフ!」

 

「あぁあああ! 最っ高!」

 

「そんな馬鹿な事やってないで早く行くぞ」

 

 ※

 

 雪原竜アルフィアを討伐した事を王に伝える為、私達は玉座に座っているベルセルク王の元へ赴いていた。

 

「雪原竜の討伐ご苦労だった。残りは光金竜と赤炎竜だな、引き続き討伐を頼んだ」

 

「……」

 

「どうかしたのか? アリーゼよ」

 

「いえ少し疑問に思っているのです、なぜ、今更になって竜達の封印が解かれたのか……」

 

「その言い方、もう分かっているようだな……竜達の封印を解いた張本人を。言ってみよ」

 

「はい、恐らくですが、竜達の封印を解き、ベルセルク王国に被害を与えたのは、七王勇、暴食王ビヒュルデが起こしたことだと考えています。奴は万物全てを捕食することができるスキルを持っている、おそらく竜の封印はそれを使い暴食王ビヒュルデが食ったのでしょう」

 

 アリーゼの話を聞いたベルセルク王は、溜息をつき、目を瞑り難しい顔をした。七王勇? なんだそれ全く話が追いつかない……。

 

「ここで七王勇が絡んでくるとは……七王勇のその暴食王ビヒュルデは我が国に襲ってくる可能性はあるのか?」

 

「十二分にあり得ると考えれます。何せ奴は人間の味と不幸が大の好物ですから」

 

 王は難しい顔をしながらも、肘を膝に着け、目付きを鋭くさせこう言った。

 

「勝機はあるか?」

 

 その言葉を聞いたアリーゼは、柔らかな微笑みで、

 

「もちろんです。所詮、百数年生きた小童です」

 

 何故か私はそのアリーゼの言葉に信頼が持てた気がした。そして、ベルセルク王との話を終えた私達が王宮を出る頃には、空は既に黒く染まっていた。

 

 そして、アリーゼはこちらへニコッとした表情で振り向き、

 

「さてと、今日は適当な宿にでも泊まろっか」

 

 ※

 

 辺りが真っ暗になり、人通りの少ない森の中で、

 

「や、やめてくれ! た、助けてくれぇ!」

 

「アハハッ、逃げて逃げて逃げなさい、ま、逃げても無駄だけど?」

 

 私は命乞いをしながら逃げる男の人間に、歩み寄りながら近づく。そして、男は行き場を失うと、懐からナイフを取りだし、その震える手で刃物を構え、刃先を私に向ける。

 

「面白い、ますます食べたくなってきちゃったわ!」

 

「う、うわぁぁぁ!」

 

 男は無謀ながら私のお腹にナイフを刺す。それを見た男は絶望した表情から、希望が見えたような顔をする。そうその顔、とても美しいわ。

 

「こ、これで——ッ?」

 

 私はその希望が見えた顔を歪ませたくて、男の胸に手を刺し込む。そして、その男の心臓をブチブチと抜き取る。

 

 心臓を抜かれた彼は糸が切れたように倒れた。私は死んでしまった男の遺体をある魔法で捕食し取り込んだ。

 

 刺さっていたナイフもその魔法で取り込む。

 

 そして、抜き取った心臓を両手で持ち、私はまるでその心臓に魅了されたように微笑んでしまった。

 

「一体貴方の心臓はどんな味がするのかしら」

 

 いざ私が心臓にかぶりつこうとした時だった。私の至福の時間を邪魔する愚か者が現れた。

 

「相変わらず人間の心臓が好きなのだな、ビヒュルデ」

 

「なに? 私の趣味に口出しするつもり? ヴェルゼ・ナーヴァ」

 

「我は貴様のそんな趣味に口出しするために来たわけじゃない。魔王様からの命令を言い渡しに来た」

 

「魔王様が命令ね、何かしら?」

 

 私が困惑していると、ヴェルゼ・ナーヴァは魔王様の命令とやらを私に言い渡した。

 

「あのベルセルク王国を陥落させろ、か。たしかベルセルク王国にはあのエルフが居るのよねぇ、世界最強の勇者が。正直その命令にはあまり乗れないなぁ……」

 

 私が心臓を食べながら言うと、ヴェルゼ・ナーヴァは視線を鋭くさせ、

 

「魔王様の命令だ、絶対に従ってもらうぞ、貴様の手なら可能だろ? かつて国一つを食ってしまった貴様なら」

 

「……世界最強の勇者の心臓を見てみたいのはあるけど勝算はないのよね、百数年前に一度戦ってみたけど、とても私の手で勝てるような奴じゃなかった。封印を解いた3体の竜の1体も殺られちゃったし……こういう時に役立つ部下はエルフの里に送らせたっきり帰ってこないし、私には無理かな、無駄死にしたくないし」

 

 やる気がない私は心臓を食べ終え、その場から立ち去ろうとした時だった。

 

「世界最強の勇者、ね。面白そうな者もこの世界にはいるんだね〜」

 

「「——ッ!」」

 

 私達の前に現れたのは人間だった、肩に黒髪を滑らせ、中性的な顔をしており、女の着物を着ている。

 

 いつの間に……魔力探知にも引っ掛かってない……コイツ何者だ。

 

「貴様、人間……ではないな? 魔力が感じられない。何者だ?」

 

「私はテアラ、人工生命体さ」

 

「ジンコウセイメイタイ? 聞かないねぇー。でもちょっと気になるな〜、貴方の心臓の味」

 

 ——瞬間、私はスキル「暴食」を使い、口の付いた巨大な触手でテアラという人を取り込もうとした。

 

 ——が、私の触手を何者かがテアラの前に現れ、それを認識できない速さで斬られた。

 

「お怪我はありませんか? テアラ様」

 

 テアラとかいう人の前に現れたのは、短い銀髪の見たことの無い白服を着た女だった。

 

「無いよ、イザナギ彼らには攻撃するな」

 

「了解しました」

 

 イザナギという女は言って、出していた刀を鞘に仕舞ってテアラの前に立つ。しかもこちらを敵視するような目で見てくる。

 

「別に私は戦いをしにここに来たんじゃないんです。協力しに来たんです」

 

「協力?」

 

 ヴェルゼ・ナーヴァは警戒しながらも言うと、テアラはニコッとした表情を顔に貼り付けた様子で言った。

 

「七王勇のお二人さんは世界最強の勇者と謳われている「アリーゼ・ラプラス」の扱いに困っているようで、そこで! 私も協力させていただきないかと!」

 

「おい貴様、なぜ我らが七王勇と知っている? 我らを七王勇と知っているのは最高位の魔族と魔王様だけだ。まさか、人間からの刺客ではなかろうな?」

 

 せっかちなヴェルゼ・ナーヴァは言って、攻撃を図ろうと戦闘態勢に入ろうとする。それを見たテアラは呆れた様子でため息をつく。

 

「あのね、私は人間は好きですけど、別に人間と協力関係を結んだりとかはしません。さっき言いましたけど貴方達に協力しに来たんですよ? あと、私が貴方達を七王勇と知っているのは魔族達から情報を得て知りましたから。……それでも信じないというのなら”力づく”でていう手もありますから」

 

 その瞬間、テアラから一ミリも感じ取れなかった魔力が一気に濁流の如く流れ出した。抑えていたのか、魔力を……。

 

「私は情報を得るのが得意でね。貴方達の弱点も貴方達の言う”魔王”の弱点も知っている。私が本気で倒しに行こうと思えば、3ヶ月あれば倒せる。……でもね、さっき言いましたけど、私は協力しに来たんです、別に貴方達と争いに来たわけじゃないんですよ。お話を聞いてくれますかね?」

 

「……分かった、我らもここで貴様らと戦って体力を消費するわけにはいかんからな。それで協力内容はなんだ?」

 

 緊迫していた場面の中でヴェルゼ・ナーヴァは戦闘態勢をやめ、テアラの言う協力内容を聞いた。

 

「お話が通じる相手で良かったです。協力内容は私の側近のこのイザナギという子を好きなようにこき使ってください。あ、あと彼女の強さは私が保証します」

 

 テアラはまるで他にも何か計画があるような目で言った。

 

 ※

 

 大量の汗が湧き出る程に暑い炎天下の中、私とアリーゼ、ムートは赤炎竜の討伐に赴いていた。

 

 ヤバい、とにかく暑すぎる……何度あるんだよココ……。

 

「アリーゼ、ここホントはただの雪原だったんだよね?! めちゃくちゃ暑いんですけど」

 

「赤炎竜の仕業だろうね、痛いのは好きだけど私も暑さは嫌いだから結構ツラい。ムートは慣れっ子だから良さそうだけど……」

 

「ムート、アンタどんな環境で育ったんだよ……」

 

 私がゼェゼェと暑さと疲れで息を切らしていると、アリーゼは突然ピタッと止まり、私とムートの歩みを静止した。

 

「来る」

 

 アリーゼのその言葉と同時に私達は臨戦態勢に入った——瞬間、辺りに生えていた草や木々が一気に燃え始め、天から舞い降りたのは、赤炎の言葉に相応しい程に、体全体を轟々と燃やしている竜だった。

 

 竜は私達を見るなり鼓膜が破れそうな程の咆哮をし、相手の逃げ場を失くす為か、辺りを豪炎で包み込む。

 

 そして、赤炎竜は勢い良く私達に向け、獄炎に滾る広範囲のブレスを吐く。

 

「お前ら! 俺の後ろに回れ!」

 

 ムートの言葉に私とアリーゼは直ぐに彼の後ろに回った。避けることもままならない程のブレスが私達を襲う。しかし、ムートは両手に持っていた斧をクロスさせ、防御体勢に入る。

 

 数分間ブレスに抗っていると、赤炎竜は立ち上がり、今度はブレスを天へ向け吐く。

 

「2人とも! 上から攻撃が来る! 走れッ‼︎」

 

 天へと放たれた炎は塊となり、その塊は炎の矢へと変形し、私達に向かって雨のように降り落ちてくる。

 

 降り注がれる炎の矢が来る直前に私達は走り出す。

 

「フィジカルブースト!」

 

 そう唱え、落ちてくる炎の矢の間を掻い潜りながら私は、赤炎竜の間合いに入った。

 

 空高くジャンプする。そして、赤炎竜の胸元に剣を突き刺す。

 

「熱ッ——ッ!」

 

 胸元を刺された竜は再び咆哮する。その次の瞬間、赤炎竜は空高く飛ぶ。空高く飛行する竜の体にしがみついていると、アリーゼの声が聞こえてきた。

 

「ミズシマちゃん! ソイツから離れて! 何かするつもりだ!」

 

 アリーゼの指示通りに胸元に刺していた剣を抜こうとした時、赤炎竜が纏っていた炎が青く変色し始める。

 

「アッツー!」

 

 なんとか剣を抜くことが出来た私が降下していると、赤炎竜は纏っていた炎を煌々と燃やし、その数秒後に私の体を熱風で吹き飛ばす程の大爆発を起こした。

 

 空から降下していると、赤炎竜はこちらへ標的を絞った状態で大きな口を開けブレスを放ち襲いかかってくる。

 

「ぎゃああああ!」

 

 死を覚悟するほどの絶体絶命の時、アリーゼの声が聞こえた。

 

「ミズシマちゃん! 捕まって!」

 

 ブレスが来る直前、アリーゼは地上から数十メートルもあろう私の元まで来て、彼女はこちらへ手を伸ばす。

 

 差し出された手を私は咄嗟に掴む。——そして、何故かアリーゼは私を勢い良く地面に向かって投げやがった。

 

「ちょ! うわああああああ! このバカエルフゥゥ!」

 

 突然の事に混乱し、地面と激突する瞬間、運良くムートが私をキャッチしてくれた。

 

「あ、ありがとう! ムート!」

 

「容易い事だ……お前ちょっと重いぞ? 太ったか?」

 

「殺すぞテメェ!」

 

 ムートは私を抱え、何故かアリーゼから遠くへ離れていく。

 

「な、なんでアリーゼから離れてんの?」

 

「まぁ静かに見てろ、逃げなきゃ死ぬからな」

 

「へ?」

 

 ※

 

 ミズシマちゃんをムートがキャッチする所を見た私は、こちらへ襲いかかってくる赤炎竜のブレスに向かって無詠唱魔法を唱える。

 

「インフェルノ・フレア!」

 

 お互いの豪炎が攻撃を相殺する。そして、私は空を下向きに思いっきり蹴り、地上に着地する。

 

 赤炎竜は高い咆哮をしながら、私の元へ巨大な口を開き突撃してくる。

 

 仕方ない……久しぶりにアレやるか。

 

 私は持っていた剣を竜に向けて大きく構える。

 

龍閃りゅうせん‼︎」

 

 その言葉と同時に剣を大振りに天へ振り上げ、空へと巨大な斬撃を放つ。辺り一帯には凄まじい程の斬撃に等しい衝撃波を生み出した。私の放った斬撃は赤炎竜の体を縦に斬り、雲をも真っ二つに割ってみせた。

 

 竜の体を切り裂いたことで、空からは大量の血が降り注いでくる。

 

「アリーゼ!」

 

 そう言って私の元へ走ってくるミズシマちゃん。私はそんな彼女に向けて、親指を立て、

 

「やってやったぜ!」

 

 ※

 

「あーあ、赤炎竜も殺られちゃった」

 

 遠くの方で世界最強の勇者が赤炎竜を討伐するところを見ていた私とイザナギ。そして、私はイザナギに聞いた。

 

「……ねぇイザナギはどれくらい強いの?」

 

「それ答える必要ありますか?」

 

「良いじゃん聞いたって、食べるよ?」

 

 私の言葉にイザナギはため息をつき、

 

「そうですね、あそこにいる貴方達の言う世界最強の勇者の五分の一程です」

 

「五分の一ねぇ〜、それホント?」

 

「そうですが」

 

「じゃあ私の計画にもってこいだね」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る