2-15 非現実の境界線
「チース、って、おっさん誰よ?」
スーツ姿の若い男が、キングダムの裏口の扉を開けると、ニコニコしている中年の男が待っていた。ヤマニシである。
「やあ、遅かったね。ユウタくん。なかなか来てくれないからヤキモキしたよ」
ユウタと呼ばれた若い男は店のNo.4であり、長身でスタイルが良く。この店で1番容姿の優れているホストだった。
「あ? 言ったけど。アイツに。名前何だっけ? あの髭に連絡したぜ。ああ? お前、聞いてないの?」
ユウタは電話にも出ず、SNSにもなかなか返信もつかなくて、問題児かと思ったら、もともと連絡済みの事だったらしい。
あの髭の人というのは、恐らくすでに首を刎ねた四人スタッフの内の一人だろう。
「おや、手違いかな。なにぶん入ったばかりでね」
ヤマニシはこの少し横柄に見える若者に、ニコニコと笑顔を崩さず対応する。
胡散臭そうに中年の男を見つめてからユウタは言う。
「おっさん、内勤? まさかその格好。新人なの? うわっ、マジかよ。その年でかよ。イテーな、おっさん」
ユウタはゲラゲラとスーツ姿のヤマニシを見て笑う。
このスーツはもともと、返り血を浴びてなかった若いホストのものだったので、中年のヤマニシには若干合っていない。
「ダセーな。さすがは落ち目のクラブだぜ。まあいいや、キョウヤいる?」
実力の世界とは言え、初対面で自分よりも明らかに年輩の人間に礼節の一つもない。
このように下の立場の人間をバカにした態度で扱うのがこの男の常だった。
「いるよ。みんなして君のことを首を長ーくして待ってたんだ。2日もね」
ヤマニシはさらにニコニコしている。
店の薄暗さと相俟って、やや不気味に見えるが、ユウタはヤマニシに一瞥もくれていなかった。
どちらかと言えば、扱いにくいユウタは店のスタッフ全員から嫌われている。本人もそれがよく分かっているし、おべっかにしても店の連中が進んで会いたいなどと言うこの新人が使った表現は失笑ものだった。
「ハハ、なに気持ち悪い事言ってんの?」
たびたび問題を起こす自分が誰からも距離を置かれているのは、重々承知している。ユウタは自分を歓迎とか、そんな訳ねーだろとせせら笑いながら思った。着信無視をしていただけで連絡が入っていたのは知っている。あんな風に焦るように何度も連絡を入れて来たり、新人を使ってわざわざ自分を出迎えてさせている事に思い当たる事があった。
「あ、髭から聞いたのかよ。そうだよ。おれ、今日で辞めるからよ。引き留めても無駄だぜ。歌舞伎町のビッククラブにスカウトされたからよ。キョウヤいるかよ。ざまあないぜ。悔しがるアイツのマヌケ面を見に来たんだ」
長らくキョウヤとライバル関係だった彼は辞めるつもりだったらしい。彼が移籍するのは歌舞伎町に店を構える大型店舗で、キョウヤが雲の上だと称したホストたちが鎬を削る場所だった。
「そうだったのかい? ああ残念だったね。辞めるなら電話で十分だったのに。運がなかったね」
そう。辞めて、店に二度と来ないのであれば問題なかったのだ。
わざわざ店に来て、それを告げなければ、彼にはそのビッククラブでの明日があったろう。
「は? おっさん社会人としての常識分かってる? 電話で済ませるとかフツーねーだろ。俺がいたらアンタ締めてやったぜ。で、キョウヤはどこよ」
彼はヤマニシを置き去りにして店内にいるだろうキョウヤを探そうとする。
「でもちょっと嬉しくなってしまったよ。君の驚く顔が見ものだね」
ユウタは尊大な態度で廊下を突き進み、店内の控え室にあたる部屋の扉を開けた。
そして、すぐに信じられない光景を目にした。
廊下と部屋で、現実と非現実の境界線が分たれていたのだった。
「ヒィ‥‥」
その部屋は見るも無惨に荒らされていた。床や家具は溢れるほどの血で染まっており、首のない死体や、生首が乱雑に積み重なっていた。
ユウタは呼吸を忘れるほど、その凄惨な光景を凝視した。それから少し後退りをしながらも、部屋への視線を外す事ができない。彼は目を開ききって固まったまま、目玉だけをギョロギョロと動かして中の様子を見続ける。
彼は死体の山の上に、雑に転がっている髭面のスタッフを見つけた。
「‥ではタツヤくん、頼むよ。ユウタくん、ユウタくん、こっちを向きたまえ」
ユウタはゆっくり振り返る。
そして、ユウタはさらに目を見開く。
そこにはヤマニシの生首を左腕で抱えた首なし死体が立っていた。
ヤマニシはニコニコとしていた。
それから細めていた目でユウタを覗き見る。
「ふーん、いい顔だ。悪くないね。こういう趣向も」
ユウタは驚きの表情のまま、宙を舞うことになった。
(首チョンパー!)
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