2-14 悲劇のキングダム



 (首チョンパー!)×4



 新たに四つの首が舞い、これでタツヤ&ヤマニシによるホストクラブ『キングダム』の一時的な制圧が一段落した。今飛んだのは経営者と事務スタッフなど4名の首で、しばらくすれば、ヤマニシが残りのスタッフ全員を順番に呼び出し、タツヤが始末する手筈になっている。


 (あ、おじさん、目が覚めたよ)


 ホストクラブの豪奢なテーブルの上には、頭にくっきり歯形のついた三つの首が並べられている。

 キョウヤ、マコト、リュウジの首である。

 タツヤはヤマニシの首を外し、彼らの横にヤマニシを置いた。またテーブルの下には喋れないように口を拘束されたケンヂの首が床に転がっている。



「うっ‥、おおおおわーーー!」

「‥‥ぎゃあああああああーーー!」

「‥アアアアアァァァーーー!」



 三人の首は一斉に叫び出す。

 覚醒のショックで、死ぬ前に体験した恐怖の記憶が呼び覚まされたのだろう。


「‥たたた、スケテ!」

「‥‥殺される。ぎゃあーー!」

「‥やめろ! やめろよ! 殺されるーーー!」


 この世の終わりのような絶望と苦痛を体現する三つの生首。

 彼らはパニック状態であり、助けを呼び続ける。

 

「君たち、君たち。大丈夫だよ」

 

 三人は自分たちの隣から、おっさんの穏やかな声を聞いた。 


「あ?」

「お?」

「は?」


 三人の生首の視線が一斉に、同じテーブルに置いてあるおっさんに向く。


「もう死んでいるから」


 と言い、ヤマニシはにっこり笑う。

 さらにウインクもしてあげる優しいナイスミドル。

 三人は一斉に悲鳴を上げたのだった。



          ⚪︎



「騒ぐだけ騒いだら、気絶してしまったね」


 すっかり気を失ってしまったホストたち。

 机の上にはナンパ目的の為にゾンビ化させられた新たな三つの生首が並んでいる。

 恐怖で表情は引き攣ってはいるが、おのおの個性的で面白い顔をして伸びている。

 

「ああ、大丈夫だよ。タツヤくん。彼らが起きたら、きっと騒ぎが起きるけど、またケンヂくんの時のように私が説明しておくから」


 タツヤが不平を言っているが、ヤマニシが穏やかな口調でそれを諭している。

 ヤマニシの言うとおり、彼らが目覚めたら、ケンヂの時のように、また一悶着が起こる事は間違いないだろう。

 キョウヤたち3人のホストは、自分たちがなぜこんな目に遭わされたのかその理不尽な理由をまだ知らない。

 彼らは気を失う時、とても悪い夢を見たと、目覚めたらすべてがなかったことになるのだと、淡い期待を思ったのかもしれない。だが哀れなことに彼らの恐怖はこれで終わりではなく、ここから始まりになるのだ。


「うんうん、シャワーを浴びておいで。そんな返り血だらけの格好でナンパに行くのかい? そうそう。君は清潔感担当だからね。頼んだよ。それと後でまた電話も使うからね。よろしくね」


 仕入れた新しい首を着けて、すぐにでもナンパに行きたいと言い続けていたタツヤが、ようやくヤマニシの説得に折れたようだ。彼は不満をこぼしながら店内に設置されている従業員用のシャワー室へ向かう。


「‥‥まあ、残りのスタッフを店に呼び出したら、またすぐに汚れるのだけれどね。しばらくは、呼び出しては殺し、そしてタツヤくんを引き止める時間稼ぎ、この繰り返しかな」


 タツヤが去ると、ヤマニシはずいぶんと荒っぽい事を口に出している。


「全部片付け終わるまで、時間はかかるね。一日仕事にはなるかな。その間はなんとかして、タツヤくんをここに留めなくてはいけないね。ここを中途半端な状態のままで放置して、外に出て行かれては本当に困るからね」


 などと言いながらヤマニシは今後の段取りを考えている。ホストクラブ『キングダム』を一時的にではなく、完全に制圧する段取りだ。


「まずは内勤の人間だね。さっきの4人と‥、非番に2人だったかな。まあ内勤の人間は店が潰れたと言っても一度は店に来るだろう。可哀想だけど仕方がないね」


 その企みを聞いて、机の下から天板を挟んで、じっとヤマニシを睨みつける者がいた。


「一先ずスタッフ全員に休業を知らせて、名簿の名前を順繰り潰してゆく感じかな。後は出入りの業者も把握しておかなくていけないね。それらには断りの連絡を入れておくとして。‥‥ああそれと、ケンヂくん。今はこの(机の)下かな? そんな所に転がしたままですまないね。なに、話が済んだら、その口に巻いたものを彼に外してもらうさ。ちょっと我々には仕事が残っているのでね。君はこの件では協力してはくれないだろうからね」


 ケンヂは前よりも酷くガムテープでぐるぐる巻きにされている。

 モガモガと言葉にならない罵声をヤマニシに向かって叫んでいるようだった。

 ヤマニシはテーブルの上にいるのでケンヂの姿を確認できないが、ケンヂの様子を察して話しかける。


「何か言いたそうだね。ああ彼らのことかい? 君の先輩たちだったようだね。気の毒だけれども、でも私がこうしなければ、私たちは通報されて、とっくに死んでいたよ。あ、もう死んでいるか。はっはっは」


 ヤマニシは快活に笑う。

 3人のホストはケンヂの再三の警告にも関わらずケンヂを解放せず、彼らが勤めているホストクラブへ連れて行ってしまった。様子のおかしいケンヂを本気で心配していたからだ。その時、クラブには彼らの他に従業員がいなかった。

 そしてヤマニシが店内のその状況を確認すると、3人を一所ひとところに集めさせてから事が行われたのだった。

 ケンヂは自分の知人が惨殺される様を目撃した事になる。その凶行を何でもないことのようにヤマニシは笑っていた。

 せめてもの救いは、うるさく騒ぎまわっていたケンヂの首を、タツヤが早々にほっぽり投げてしまい、頭をヤマニシに入れ替えてしまったので、ケンヂが先輩たちの首が飛ばされる様を目の前で見なかった事だ。よってケンヂは転がった床から、キョウヤたちが惨殺される様を眺める事になった。

 もし彼が直接、目の前で惨殺の場面を見ていたら、精神的ダメージが違っただろう。そうなればこの後の彼の反応も変わってくる。理性が壊され、怒りの感情を表現する余裕などなかったはずだ。(『目の前で人間が首を刎ねられる場面を見なかった』この事がケンヂにとって、後々に不幸中の幸いになる。)

 3人が怪物の手にかかる様を見て、ケンヂは烈火の如く怒った。タツヤとヤマニシを罵倒しまくった。

「サイコパス! 人殺し! 悪魔!」あらゆる罵詈雑言を吐き出してケンヂは二人を罵った。

 特に自分を信じろと嘯いたヤマニシには「何でアンタはこんな非道な真似ができる! こんな事をしてまでアンタは生きたいのか!」と強く非難した。

 そしてその怒りは口を塞がれた今も続いている。

 

「そんな暴れなくとも君の言いたい事は分かるよ。私だって出来うれば君との協力関係を崩してまでこんな事をやりたくはなかったさ。でもタツヤくんの暴走は止められるものでもないし、緊急事態なんだ。こうなっては仕方ないよね」


 ヤマニシは話を続ける。


「彼の今後の行動を予想するに、間違いなく彼はこれから3人を順番に伴ってナンパに行くだろう。彼は新しい首に強い興味を持っている。私だってそんなものは捨てて、すぐにこの場を離れてもらいたいのだがね。無理だろう。まあそれはいい。問題なのは彼が外出している間なのだよ。彼がナンパに持ち運べる生首はせいぜい二、三人だ。その間、留守番を命じられる者はどうなってしまうのかね。それに彼がここへ帰ってくる保証もない。分かるかな? だから私はすぐさま必要な対応をするしかない。私がやっている事は彼がここへ確実に帰ってくる保証やら、彼の行動の諸々の制約を作っているのだよ。これ以上、彼に予測不能な暴走をさせない為にも、また想定できない状況にならない為にも、無理にでも今ここで私は動くしかないのさ」


 そして「困ったよ。本当に。忙しくて首が回らないよ」などとつけ加えてヤマニシはテーブルの下で、のたうち回っているケンヂにため息混じりに話しかける。

 ケンヂはすぐさま反論したかった。

 ヤマニシは危機感をもって、ヤマニシなりの最良の対応をしたのだろう。しかしそれは自分の保身を最優先させた行動だった。普通の人間の考え方や行動ではない。

 ケンヂは何かを訴えるようにモガモガとやっている。その言葉にもならない非難の言葉を聞いて理解したのか、ヤマニシはケンヂに言う。


「‥‥こんな事をしてまでアンタは生きたいのか、だったね」


 ケンヂが口を塞がれる前に言った問いに今、答えるようだった。


「‥では、さっきの君の問いに答えようか。うーん、そうだね。一度も死んでみたことがなかったら、こんな生き汚い真似をせずに、価値のある美学や人間的な情緒と共に心中してみてもよかったかもね」


 ケンヂは体はないが、それでも全身で暴れ、怒り狂い床を転げ回っている。殴れる手があれば襲いかかって殴っていただろう。

 ヤマニシは気にせず話を続ける。



          ⚪︎



 –––でもね、一度無くなったものだから、自分をこの世界に繋ぎ止めているものの儚さや頼りなさは理解できるよね。生きている時は自分の存在をあれほど強く感じていたのに。あれほどまでに世界との繋がりが鮮明だったのに。驚くほど私は、呆気なく世界から消えてしまったからね。


 –––誤解しないでくれたまえ。私が惜しんでいるのはそのような儚いものではないのだよ。肉体の命が惜しい訳ではない。自分の欲望が惜しいのさ。言うなれば、私が私であった想念だ。


 –––私の記憶は未だに完全ではないが、私は確かに何かを求めていた。強く、強くね。求めていたものは何だったのか、はっきり思い出せないのだけど、私は何かをいつも求めて、切望し、探求していて、そういう存在・・・・・・だった気がするのだよ。


 –––最近、脳が調子良くなってきたせいか、朧げだったものが段々と見えてきたよ。ずっと日本を救うことが私なのだと、私という存在なのだと、そう思っていたのだけどね。思い出してゆくと、それも定かではなくなってゆくんだ。研究者であった事は間違いなさそうだがね。


 –––私というものが何であったのか、とても興味があるんだ。最初はタツヤくんの直進的で単細胞な行動パターンを失笑してはいたけど、自分もあんな風に一途に何かを切望しているような者だった気がするんだ。


 –––つまり求めているのは、肉体の命ではないよ。魂としての命だよ。


 –––切望しているんだ。乞い願っているんだ。私には分かるんだ。脳が劣化していても魂が言葉にできないものを追い求め続けている。なのにこのまま、本当の自分を見失ったまま、消えてしまうのはあまりにも口惜しいじゃないか。


 –––確かに一度失われた者が、生者を押し除けて、この世界に居座ろうとするのは図々しいことかも知れないね。しかし、運がいいのか悪いのか分からないが、仮初でも私はこの世界にまだあれるのだよ。求めていたあの何かを、あの大切だった欲望を、この世界でまだ生かしておく事ができるんだ。ならば存分に惜しんでしがみついてやろうじゃないか。儚い存在の私はね。はっはっは。



          ⚪︎



 ケンヂはヤマニシが言ってる事を何一つ理解できなかったが、楽しげに話していることだけは分かった。彼の独演会は満足行く着地を得たようだった。そうして話を終えたヤマニシはまだ笑い続けている。

 その笑い声をケンヂはしばらくの間、テーブルの下で聞き続ける事になった。

 





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