2-2 タツヤ&ヤマニシのナンパ②
「タツヤくん、そろそろ日本を救う気になったかね」
(ぜんぜん)
「困ったものだね」
(僕も困ったよ)
二人はあれからほとぼりが冷めるのを待つ為に、夜が明けるまでタツヤの自宅に避難していたのだったが、タツヤは朝になると、すぐに我慢できなくなり、ナンパに出かけようとする。
ヤマニシは、それをとりあえずは引き止める事にした。まあそうだろう。問題を起こした当日だ。もう少しぐらい時間を空けて、様子を見た方がいいと思うのが普通の感覚だろう。
しかし、一応、引き止めてはみたものの、短い付き合いで把握した彼の性格は、一にも二にもナンパのことしか考えていない単細胞のようなものだった。どうせ彼は止めても行くだろう。
行動の主導権はタツヤにあるのだし、自分は彼が歩き出してしまえば、どうする事もできはしないと考えたヤマニシは、仕方がないので行くのは構わないが、場所はどこに行くのかと問いただす。するとタツヤは「そのへん」と答える。
その答えは、ヤマニシを大いに悩ませた。あのような大騒ぎを起こして、同じ界隈に出かけるのはさすがに不味いだろう。
と言うことでヤマニシの提案で、少し遠出をして場所を変える事にした。
タツヤがシャワーを浴びて、スーツを着込んだ後、二人は電車で移動して、新たな狩場に至る。時刻は正午になる。
⚪︎
(あ、おじさん、あの子、あの子)
「タツヤくん、我々はこんなことをしている場合ではないと思うのだけれどね」
(じゃあ、さっき練習した通りにね。行くよ。スマホいじってるあの子だからね)
「気が進まないね」
誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。地域の有名なモニュメントの前でスマホをいじっていた少しふくよかな女性に、タツヤ&ヤマニシが話しかける。
(ヘイ、彼女、お茶しない!)
「‥ヘイ、彼女、お茶しない」
女はジロリとヤマニシの顔を見た。そして、鼻で笑い、すぐに目線を手元のスマホに戻した。
(彼女、何してるの? 可愛いね)
「彼女、何してるの? ‥コホン、可愛いね」
女は無視を続ける。
おっさんなど眼中にない。全く相手にしないという感じだ。
(ねぇねぇ、突然だけど君は僕に選ばれました。ジャジャーン、僕は選んじゃいました。これは運命なのです)
「突然だけど、‥ええと、君は僕に選ばれました。ジャ、‥僕は選んじゃいました。これは運命‥なんですよ。ハイ」
などとおっさんがキモい台詞を言う。
女は無視をしながらも、スマホを見つめる表情が少し曇る。
(‥君は不思議だね。これは運命なんだよ)
「君は不思議だね。あ、ここで使うんだね。この台詞」
などと、青い春の風が吹いている10代の若者が言っても、かなり苦しい台詞を中年のおっさんは言わされている。
何の罰ゲームなのだろうか?
このキザな台詞が、せめて有名な戯曲からの引用とかだったら対面は保てるが、おっさんにはただの拷問だ。
それこそ一度死んで、感情が麻痺したゾンビにでもならなければとても真顔では言えないだろう。
(あ、ダメだよ。同じことを言わなきゃ)
「(小声で)どうもね。普段、自分が絶対言わないような言葉を使うと、感情の麻痺した私でも、何だかむず痒くなるんだよ」
こんな自分だけがうっとりするナルスティクなだけの言葉を、若い女性の前で言わされるとなれば、全おっさんは恥ずかしなって逃げたくもなるだろう。
ヤマニシも指示された台詞をそのまま言うのが躊躇われたので、せめてもの抵抗でところどころ言葉を濁した。なんとか逃げ道を探した。それは普通の心情だろう。
タツヤにはそれが分からない。タツヤは自分が今までイケメン特権で全て顔パスだったから、普通の常識や感覚がわからないのだ。
女はスマホから顔を上げて言う。
「‥‥あのさ、おっさんさ。いくら何でもキモすぎるよ」
言われてしまった。
死んでいたおっさんヤマニシの心臓は、もう一度死ぬ。
「女誘うにしても年相応の誘い方があるんじゃないの? キモいよ。ちょっと寒気がするから、あっち行って」
さらに心底蔑んだ目で女は突き放してくる。
ヤマニシは強力な胸の痛みを覚えるが、心臓はもう持ってなかった事に気づく。それでも痛い。
どうやらナンパは大失敗のようだ。
(えっ、なんでなんで、どうしてそんなことを言うの?)
今回の敗因の分析は簡単だ。タツヤだ。
タツヤは自分自身の言葉選びでナンパをしてしまっている。ヤマニシを頭を着けているのだから、ヤマニシの顔に合ったセリフ選びをすればまだ勝負は分からなかったろう。が、タツヤにはそれが分からない。決定的に自己分析も状況判断もできていないのだ。
タツヤにはこのように、そもそもナンパの技術があるわけではない。むしろ人よりもずっと拙い。
なぜならならば、タツヤは今までは顔面だけで、ゴリゴリ押し通してきただけの、言わば超パワー系のナンパ師だったからだ。
先ほどの寒いセリフも、かつての超絶イケメンフェイスであれば、女性のロマンチックポイントは加点されていただろう。
しかし、いま彼が頭につけているのは、冴えないおっさんヤマニシだった。
タツヤはかつて持っていた絶対的なパワーを失ってしまっているのだ。それならばテクニックで勝負するしかないのだが、そんなものはタツヤには皆無だった。
999人の女性を一目で落としたタツヤは、すっかり無能に変わり果ててしまっていたのだ。
これでタツヤも現実が分かった事だろう。
この世界はイケメンはすべてが許され、ブサメン、またはフツメンはすべてが許されないという現実を。
ようやくタツヤもこの世界の理を知る事に––––
(えー、おじさん、練習したじゃん。同じように言ってよ。そしたら絶対にナンパできるからさ)
––––ならなかった。
⚪︎
「タツヤくんは世間知らずだね。よっぽど格好が良かったんだろうね。おじさんは羨ましいよ。はっはっは」
ヤマニシはたった今受けた強度のショックのおかげで、一時的に痛みと悲しみの感覚を思い出せていたので、涙でも流そうと思ったが、なぜだか相反した感情が出てくる。
脳を傷めたゾンビらしからぬ、とても人間らしい複雑な感情だった。
「‥おじさん、なに独りごと言って笑っているの。気持ち悪いから、もうあっち行って」
女性がさらに厳しく突き放してくる。
「‥‥はい」とヤマニシがしょげてトボトボと去ろうとするのを、タツヤが(えー、ダメダメ。もっかい、やって! 諦めんな、諦めんな!)と指示する。ヤマニシが小声で「撤退だよ。これ以上は私の心臓が痛いんだ。苦しいんだよ」と言っても「ダメダメダメ」とタツヤは鬼畜にも行かせようとする。
ヤマニシはいよいよ死兵(死んでるが)の覚悟で、破れかぶれで特攻しようとしたのだが、
「‥と言いたいところだけど、おじさん、そのスーツってさ。けっこうブランドでしょう? わたし、わかるんだ。若干、合ってない感じがするけど。おじさん、服だけはセンスいいよ」
女はタツヤが身に着けているスーツに興味を示してきた。
(スーツ? 確かオーダーメードで200万くらいだって言ってたかな)
「うむ、200万くらいかな」
それを聞くと、眼中ないとばかりに、こちらをまったく見て来なかった女の目が鋭く動き出す。
「あそ、その時計は?」
今度は時計に食いついてくる。
(800万くらいだって言ってたよ。くれた女の子が)
「ま、ざっと800くらいかな。まあ安物だよ。私にすればね」
ちょっと鼻を膨らませて、やや自慢げにヤマニシは言う。先ほどタツヤの台詞のままを言わされていた時と変わり、若干、余計な台詞も盛っている。
記憶をなくす前のヤマニシがどの程度の収入得て、社会的ポジションを持っていたかは分からないが、このおじさんはブランドパワーを借りると途端に強くなるようだった。
高級な物を身につける態度が自然で自信がある。それが当たり前の習慣だったように、まるで欠損したかつてのアイデンティティを回復させたようだった。
800万という額をを聞いて女性は、ふーんと値踏みするようにタツヤ&ヤマニシが身につけているものを物色する。
ヤマニシが高級品と言ってるだけで、ただのレプリカや紛い物かもしれないと、彼女はもう一度よく見て調べているようだった。
しばらくすると彼女の査定は終わったようだ。
「ま、いいよ。どこ行く。すぐにホテルにする?」
「おお、ほんとかね!」
(ヤッタ、1000人目達成だ!)
二人は大喜びだった。
「じゃ金」
ん? と二人は首を傾げる。彼らの連結部分が今日初めて綺麗にフィットしていた。
「お金、いくら出すの?」
「ああ、お金ね。さてね、いくらがいいかな‥‥」
(えっ、お金なんて出さないよ! なんなのこの子! 愛はお金で買えないんだよ! 信じられないよ!)
タツヤがどうにもらしくなく騒ぎ出している。
「うむ。(彼は)お金は出さないと言ってるね」
とヤマニシが言うと、
「はあ? ただでやらせろって言うの。馬鹿じゃない」
女性は強い口調で捨て台詞を吐いて、去ろうとする。
「いや、私が出すよ。相場が分からないな。20万ぐらいでいいかな」
軽い感じでヤマニシが提案する。
「に、20? マジ!いいよいいよ」
ヤマニシはさらに提案する。
「でも君のような素敵な女性が20万か。最低でも50万は値を付けたいな」
今まではタツヤの上にヤマニシがのっかっている感じだったが、錯覚なのか、今はヤマニシがタツヤ(ブランドのスーツと時計)を着こなしているのように見える。
「えええ、おじさん、もしかして超お金持ち?」
彼女は喜んでヤマニシに飛びついて腕を組む。
「おじさん、ひんやりして気持ちいいかも。(耳元に近づき)わたし、ベットの中で温めてあげるね」
ヤマニシはまんざらでもないと言う表情で女性をホテルまでリードしようとする。
しかし、その足はヤマニシの意思に背いてホテルへ向かわなかった。
(あれれ、こんなこと言う子、初めてだよ。もしかして、‥うわっ、ヤバ。これが淫乱女とかいうやつ? 最低だなー)
ゾンビ状態であったはずのヤマニシだが、顔の気色が少し良くなったように見える。少し興奮しているようにもだ。鼻の穴が少し膨らみ、ヤマニシの心の手はスルスルと彼女の豊かなお尻に伸びていた。
(もういいや、次に行こ)
ヤマニシはゾンビと言えないくらい、もはや喜色満面となっていた。しかし行きたい方向へは体がびくとも向かわない。それどころか抱きつく女性から身を離してしまう。
タツヤが邪険に女性を払い除けたのだった。
そして、体が勝手に駆け出す。ヤマニシにとってそれは理不尽そのものだった。
「えっ、待ちたまえタツヤくん、只今絶賛好調で交渉中だよ。彼女ともうちょっと話をしようじゃないか」
(ダメダメ、あんな子、ぜんぜん愛せないよ)
女性は突然、乱暴に払い除けられてしばらく唖然としていたが、駆け出した二人に罵詈雑言を放っている。
「あああ、タツヤくん、タツヤくん、もったいないよ。あとちょっとだったじゃないか。私は好みだったのだよ。あああ、私はとても悲しいよ。私は深い悲しみを思い出してしまった」
ヤマニシの顔色はゾンビの死んだものに戻っている。水分は出ていないが、少し泣いてもいるようだ。
(あんな子、最低だな。考えられないよ。お金では愛は買えないんだよ。999人のみんなは僕に愛をくれたよ。どんな子だってくれたんだ。特別なものをね)
タツヤにとって彼女のような人間は、とても不愉快な存在だった。
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