第8話 その胸に輝くもの


「ケフェウス君、君は何てことを……」


「いやいやいや、オレはちゃんと加減したぞ!? だからオレの所為じゃ…ほ、ほらっ、見てみろよ、寺院は無事じゃねえか……」


 光が止んで露わになった寺院を見ると確かに何ともない様子だった。


 凄まじい光の爆発(のように見えたもの)が起きたにも拘わらず、破壊されたのは扉のみに留まっているらしい。これにはケフェウスもほっと胸を撫で下ろしたようだ。


 しかし何故あのような事が起きたのか、二人にはさっぱり分からなかった。


「まっ、いいか。取り敢えず中に入ろうぜ? 後ろに控える皆様が意識を取り戻す前にね」


 リトラが背後を指差すと、再び闇に覆われた庭園にぼんやりと浮かび上がる灯り、その全てが活動を停止していた。


 二人は今の内にと寺院に入り込んだ。当然ながら中には灯り一つない。その時、先を行くケフェウスがその身を仄かに輝かせて周囲を照らし出した。


「助かるよ」


「で、どうすんだ?」


「この廊下を真っ直ぐに進むと戴冠用の玉座が安置された聖堂がある。そこに地下通路への入り口があるはずだ」


「了解だ。さあ急ぐぞ、遅れんなよ?」


 辺りを照らすケフェウスの後に続いて、リトラが走り出す。


 アーチ型の高い天井、床に装飾の施された幅広い廊下、こんな状況でなければゆっくり見たかったとリトラは非常に残念がった。


「寺院って言うからには墓もあんだろ?」


 ケフェウスも興味が湧いたらしい。


「勿論さ、別の回廊を行けば歴代の王、それから王族の眠る場所が幾つかある。そしてその中の一つにウルリーカとラーシュが眠っている場所がある。二人だけの特別な場所さ」


「ふうん。でもよ、墓に入る前はどうだったんだろうな? 仲良かったから墓が一緒ってわけじゃないだろ。やっぱり色々あんのかなぁ、そういうのってさ」


「どうだろうね。そりゃあ喧嘩の一つや二つはしただろうけど仲は良かったんじゃない? ラーシュが先に亡くなって彼女は相当塞ぎ込んだらしい。それこそ亡くなるまで喪に服したって話だ」


「し、死ぬまでって……でもまあ、それくらい愛した人がいるってのは幸せなのかもな。正直かなり怖いけど」


 などと話している間に、二人は長い廊下を抜けて聖堂に辿り着いた。天井付近に填め込まれたステンドグラスからは月明かりが差し込み、聖堂内部を仄かに照らし出している。


 リトラは早速辺りを見回しながら手掛かりを探し始めた。一方、ケフェウスはその様々な装飾に感嘆としていたが、ふと聖堂中央に目を留めた。


 聖堂中心、玉座の安置された床にはうずまき模様の円が大きく描かれ、その模様の周りを大理石が取り囲んでいる。その時、雲間を抜けた月光が玉座を一層強く照らし出した。


「ほう、玉座は流石に雰囲気あるな……!?」


「おーい、ケフェウスもこっち来てくれ。どうやら誰かが先に地下通路を使ったみたいなんだよ。せっかく開いてるんだし、俺達もありがたく使わせてもらおうぜ?」


 正面右手、壁の動いた痕跡を発見したリトラが声を掛けるが、ケフェウスから返って来たのは叫びにも似た声だった。


「今すぐ来てくれ早くッ!」


 その切迫した声を聞いてリトラは直ぐさまケフェウスの下へと駆け出した。するとそこには、玉座に向かって懸命に翼を振るうケフェウスの姿があった。


「な、何やってんの?」


「彼女が息をしてないんだ!」


「彼女?」


 ケフェウスが玉座から素早く身を離すと、そこには小柄な若い女性が気を失ったまま玉座に身を預けていた。


「彼女が何でこんな所に、それにこれは……」


 リトラは彼女の胸元にきらりと宝石が輝くのを見て目を見開いたが、それどろこではないと頭を振って、彼女を素早く抱き起こすと床にそっと寝かせた。


 その時、遠くで大勢の足音が響くのを確かに聞いた。遂に近衛兵が寺院に踏み込んで来たのだ。リトラとケフェウスは視線を通わせ、今すべき事を互いに了解して強く頷き合った。


 ケフェウスは彼女の頭をその翼で支え、リトラが彼女の胸部を掌で圧迫する。数回繰り返したが彼女の呼吸は戻らない。


 青ざめつつある彼女の顔を見るとリトラは大きく息を吸い込み、躊躇うことなく彼女に命を吹き込んだ。


 足音は徐々に迫って来ているが、二人は今すべき事に専心していた。もう何度目になるか、リトラの額には汗が滲んでいる。


「リトラ、彼女は……」


「大丈夫さ。死なせるもんか、絶対に」


 袖で汗を拭ってもう一度胸部に掌を当てたその時、彼女の胸が小さく上下した。


「や、やった! やったぞリトラ!」


「みたいだな、何とかなって良かったよ……」 


 と、リトラは床に腰を下ろして安堵の息を吐いた。


「でも、参ったな」


 ほんの少し頬に赤みを取り戻した彼女の顔を眺めながらリトラが呟いた。


 この間にも騒がしい足音が近付いているが、このまま彼女を置いて逃げ去るのは如何なものか。息を吹き返したとは言え、いつまた一刻を争う状態に陥るのかも分からない。


 幸い、すぐ近くには頼もしい近衛兵がいるのだ。いっそ大声を出して彼等に助けを求めようか、そう考えた時、彼女の目がぱちりと開いた。


「あっ…」


 瞬間、彼女の青色の瞳とリトラの琥珀色の瞳がまともにぶつかった。その一瞬、二人は互いの瞳を見つめたまま静止した。


 そのまま長い時が過ぎるかに思えたが、彼女の方が起き上がろうと僅かに身を捩って床に手を突いた。


 しかし突いたその手は殆ど頼りにならず、彼女は敢えなく頽れてしまった。リトラはその寸前に彼女の肩に手を回し、腿を枕にしてその小さな体を支えた。


「ケフェウス、助けを呼んで来てくれ。少しでも早く治療出来る場所に運んで貰った方が良い」


「あのな、オマエ追われてたんだぞ? 意味分かって言ってんだろうな?」


「分かってるさ」


 その言葉を聞くと、ケフェウスはやけに嬉しそうな顔でその場を飛び去った。


「すぐに迎えが来るよ。だから今は」


 そう言いかけた時、彼女がリトラの襟元に手を伸ばしてその身を引き寄せた。


 リトラの体が前に傾くと、ほんの僅かしかなかった二人の距離は今や呼吸さえも感じ取れる程に縮まっていた。


 二つの影はモザイク床に長く伸びて、二人から遠く離れた場所で僅かに揺れ動いた。そしてそれは微かに触れ合い、ゆっくりと離れた。



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