第2話 宝探し


「お前、此処へは何しに来たんだ?」


「何か面白い話はないかと思って。俺、そういうのを確かめないと気が済まないんだ」


「だったら観光案内所にでも行けば良いだろう」


「それじゃあ面白くない。あ、酸っぱい」


 皿に盛り付けられた酸っぱい青りんごを齧りながら、彼は続ける。


「ここだけの話ってやつが知りたいんだ。たとえば最近話題になってる伝説の具現化とかね」


「あぁ、あったな。どこかの村の泉に精霊が現れたとか何とか。すぐに消えちまったらしいが」


「金の斧は確かにあったみたいだけどね」


「その村に行ったのか!?」


「ああ、何の変哲もない穏やかな農村だったよ。もう精霊はいなかったし、金の斧は新居と牛数頭に変わってたよ。村人みんなで分け合ったみたい」


「分け合った? いやまあ、独り占めは難しいだろうしな。後になって村人全員に憎まれるよりはマシか。しかし、金の斧とはまたなんとも……」


「嘘くさいだろ? でも、金の斧は村人全員が見たと言ってるんだ。ただ、精霊とやらに会ったのは一人だけで、あまりのことに記憶が混乱してるって言ってたよ」


「まあ、そんなもんだろうなぁ」


 金の斧など持っていても役には立たないし、売り払って金にするのは当然の判断だ。

農村の新居、牛数頭、まだまだ金は残っているだろう。


 それはともかく、そこの村人全員が言うなら伝説の具現化、伝説の再来の噂は事実なのだろう。非常に嘘くさいが。


「で、そっちは何かないの?」


「そう言われてもなあ……」


 面白い話か、と考えてはみるもののそれらしい話はない。今知っていることと言えば、〈上〉に住んでいる金持ちがデカい宝石を手に入れただとか、その程度のものだ。


 すぐそこで目を輝かせている手癖の悪い子供が求めているのは、そういう〈旨い話〉ではないだろう。未知や不思議、冒険と発見、おそらくはそういう類のものだ。


 何かないかと辺りの悪党を見渡していると、一人の女が目に留まった。


 褐色の肌をした女で、ふわりと垂れた髪には美しい羽根飾りを付けてある。露出の多さが目を惹くが、妖艶というよりは若く健康的な美しさだった。


 引き締まった腕、豊かな胸、すっきりとした腹、そうやって視線を下げていくと、腰に差した大ぶりな短剣が異彩を放っている。


 歳は二十かそこら、もしかするともっと若いかもしれない。どこからどう見ても美女であることには違いなかった。怪しいが。


「あの女は……あぁ、そうだ、思い出した。一つあるぞ、お前が興味を持ちそうな話がな」


 ぐっと身を乗り出した青年を見て、店主はにやりと口元を歪めた。


「昨晩、えらく取り乱した様子で女がやって来た。初めて見る顔だったよ。仲間とはぐれたか何かで、此処の連中に声をかけて回ってた。誰も相手にしなかったけどな。そういうやり口かと思ったんだろうさ」


「彼女は何て言ってたんだい?」


「湖に古城が現れた。そこに入った仲間とはぐれた。手を貸して欲しい。こんな風だったな。しかし、この辺りに湖があるなんて聞いたことはない。俺が知らないだけかもしれんがな」


「そんなに素敵な話があるなら、もっと早く言ってくれよ。と言うか、よく忘れられるね。つい昨日のことなんだろ?」


「大方、伝説を語って騙そうとしてるんだと思ってな、それ以上は気に留めなかったんだ。大体、あんな〈如何にも〉みたいな女に付いて行く奴なんていやしない。お前みたいに素敵な話だなんて思えんよ」


「でも、その如何にもな彼女は今日も来てるんだろ? 二日続けて、悪党のなけなしの善意に期待してさ」


「どうやらそうみたいだな。そういう風に見せているのかも分からないが、今のところはまだ誰も釣られちゃいないようだ」


 喧々囂々たる悪党の社交場。


 その片隅でその女は一人、青ざめた顔で座っている。その姿を認めた青年は財布を一つ置いて席を立った。


「ごちそうさま。楽しい話をありがとう」


「お、おい待て、名前は?」


「リトラ」


「いいか、リトラ、良く聞け。俺ならあの女にだけは関わらない。何が真実かなんて分からないが、あの女が〈違う〉のは雰囲気で分かる。何かとんでもない面倒事に巻き込まれるに決まってる」


「だから行くのさ!」


 店主の忠告は彼を喜ばせただけだった。


 欲しかった玩具を手に入れた子供のような、これ以上の幸せはないと信じている笑顔、これ以上は何を言っても届かないだろう。


 そうして、リトラは人ごみの間を縫うようにして件の女の場所へと向かったのだった。

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