第57話 ナベシマの仕組んだゲーム

両手に巻かれた包帯だけ見ると退院したとは思えなかった。


 手のひらをミイラのようにグルグルに巻かれ、指は一本も存在を表すことが禁止された。


 使えなくなって改めて手のありがたみを知る。

スマホもいじれない。髪も洗えない。トイレで尻も拭けない。


 まぁでも手が使えなくて1番困るのは…食事だ。


「はーい姉様!あーんですよ!あーん!」


「はぁ…あーん」


 今、食事はマシロちゃんに食べさせてもらっている。マシロちゃんのナベシマに刺された腹の傷はすっかり完治した。ずっとこの調子で元気すぎる。


「あぁもう良い。食欲ない。」


「ダメですよ!今日はハンバーグなんですから!」とマシロちゃんはぷんぷん怒った。


 自分の手で食事を取らなきゃ美味しさも食欲も半減する。


「もう姉様!右手は明日で包帯取れるんですから!不貞腐れないで食べてくださいよ」


 そう。明日から右手は復活だ。復活と言っても指に巻かれた包帯が取れるくらいだ。それでもスプーンとフォークあたりは持てるようになる。明日の病院が待ち遠しい。


 「はぁーあ姉様はいつから文句垂れ子ちゃんになったんですか。ねぇ…!」と言ってマシロちゃんは振り返った。


「黒ちゃん!」


「そうですよ冬梅さん。食べなきゃ治るのも治らないですよ。」


「黒瀬さん、マシロの味方しないでくださいよ。調子乗って面倒臭くなる。」


「姉様!私のことなんだと思っているんですか?」


「まぁマシロさん落ち着いてくださいよ。」


 私とマシロは自分の家のように黒瀬家にお邪魔している。料理ももちろん黒瀬さんが作ってくれた。マシロ1人に看病されなくて心の底から良かった。マシロも黒瀬さんにすぐ懐いた。いつの間にか黒瀬さんのことを黒ちゃんと呼んでいた。


 黒瀬さんの家は埼玉の戸建てだった。昔住んでた家をリフォームしたようだ。弁護士って金無いのかと思っていたけどそんなことなかった。


「まぁ俺は性犯罪加害者の弁護ばっかりやってましたからね。成功報酬バンザイです。」


「はぁーそうですか。」


「被害者弁護するのって儲からないんですよ。全くもって。」


「まぁそうでしょうね」


 黒瀬さんは食べた食器をいそいそと流しに下げに行った。私の反応が渋かったから気まずくなったようだ。


「そんな小生意気な話より、ゴールデンカムイの話したいです!」


 マシロちゃんは箸を上に突き立てて言った。


「却下」と私は言って、階段を登り黒瀬さんから借りた2階の部屋に戻った。


ベットに仰向けになり、ため息を吐く。


これで本当に全て終わったのだろうか。




ナベシマはインターポールに捕まって


藤田は火事で死んで


イダは出て行った



 この全ての出来事にもやもやが残る。自分の目で、しっかりと見届けていないからだ。私は部屋のライトをぼんやり見つめた。そこから15分くらいして部屋の扉からコンコンコンと音が鳴った。


「マシロちゃん後にして。今私は…」


「すみません。俺です。」


「あ、黒瀬さん」

私は急いで起き上がった。


「いいよ」って別に言ってないのに黒瀬さんは部屋に入ってきた。急ぎの用事なのかな。


黒瀬さんは部屋にある学習椅子に座った。


 黒瀬さんはふぅと息を吐いてから

「あの時のナベシマの言葉についてなんですが」と言った。


「はい?」


「あぁ、すみません。あの日ナベシマが部屋を出ていく直前に、“ゲームを仕組んだ”って言ってましたよね」


 そうだ思い出した。他のことに頭がいっぱいで完全に忘れていた。


「あぁ、はい。1月14日にゲームをって。それに…鮎川の心は僕のものとも言ってましたね」


 「それで気になって調べたんですが、その日は..」と言って黒瀬さんは口をつぐんだ。



 そして意を決したように

「久保ヒカルの出所日なんです…」と言った。


「は、く、クボ?どなたでしょうか?」


 今まで聞いたことない名前を突然出されてしまい戸惑った。


「はは…知らないですよね。久保ヒカルは僕の姉さんと姪っ子の桜を殺した犯人です」


「え…」


 それはつまり、イダの奥さんと娘をレイプして殺した奴ということだ。


「それって…」と言ったところで


「びゃーー!!!!!ごめんなさい!ごめんなさい!」とマシロの叫び声が1階から聞こえてきた。



 黒瀬さんと私は顔を合わせて、1階に駆け降りた。


マシロは玄関で土下座をしていた。


「マシロ…な…」と言って顔を上げると、そこには佐々木刑事と秋口刑事がいた。


「あれ刑事さん達どうしたんですか?」と黒瀬さんは言った。


「そのナベシマのことで話があって来たんですが、こちらの女の子が突然泣き初めて…」と佐々木刑事は困ったように言った。


 マシロのやつ自分が逮捕されると思ってパニクったんだな。安心しなよ。アンタはこの世に存在しない人になっているんだから。


 私は部屋にマシロを閉じ込めた。その間に黒瀬さんが佐々木刑事と秋口刑事をリビングに案内した。



「今日はナベシマが言っていたゲームについての話をしに来ました…」と佐々木刑事は言って紅茶を一口飲んた。


 隣の秋口刑事はタバコに火をつけた。一言断ってから点けてよ、全く。長話になるのかな。


「あぁ、ちょうど俺たちもその話をしていたんですよ」と言いながら黒瀬さんは灰皿を秋口刑事の前に置いた。



「あぁ、えっと、どっから話そう…」と佐々木刑事はどもった。その様子を見かねて秋口刑事が、「昨日、銃を売買していた男2人組を逮捕したんだ」と言った。


「はぁ…」


「それで片方にどうして銃を買ったのか質問した」


 話が全然読めない。どうナベシマと繋がるの。


「その男はこう言った。“1月14日にゲ・ー・ム・が・始・ま・る・から武器を調達したかった”と」


「え」

 私と黒瀬さんは息を合わせて言った。なんとなく点と点が線で繋がりそうだ。


「そ、そのゲームの内容は?」



 秋口刑事はタバコを吸ってフーと大きく息を吐いてから


「久保ヒカルの暗殺。」と答えた。


 それに捕捉するように、佐々木刑事はタブレットを私達の方に置いた。タブレットには男の写真と10億という文字が書かれていた。


「これが日本全国の裏組織やヤクザ、マフィアに出回っています。」


「これがナベシマのゲーム…でも、どうしてナベシマは久保を…」と黒瀬さんが言いかけた時、私は反射的に「あ」と声が出てしまった。


 3人が私の方を見た。全ての点が繋がった。


 どうしてイダは鮎川に戻ったのか。

 ナベシマはこんなゲームをセットしたのか。

 それを久保ヒカルの出所日に設定したのか。



「イダは…いや、鮎川は久保ヒカルのことを殺そうとしています。8年越しの復讐を果たそうとしているんです。あの人はそれだけを楽しみに生きてきたから」


「あ、鮎川って、母子強姦殺害事件の遺族ですよね?」


「なるほどな」と秋口刑事。


「イダの生きがいである復讐をナベシマはさせないつもりなんだ。誰かに久保ヒカルを殺させてイダの復讐の計画を壊してやろうと」


「イダ…?」と呟く刑事2人に、黒瀬さんがすかさず「鮎川右京のことです」と捕捉した。




『鮎川の心は僕のものだ』



あの日のナベシマの言葉が頭の中で響く。


 ナベシマはイダの生き甲斐を完膚なきまでに叩きのめすつもりだ。


「鮎川が殺すか、プレイヤーが久保を殺すか」黒瀬さんはゆっくり呟いた。


「警察は動かないんですか?!そもそも久保の出所日をずらすとか」



「馬鹿野郎。そんなことが出来たらとっくにしているよ。お前今日何日か分かるか?」


「あ…」私は身震いした。


 今日は1・月・1・3・日・。いやまもなく14日になる。


 「久保ヒカルの出所場所は!?」


 秋口刑事はニッと笑って「お前さんの故郷だ」



 「札幌刑務所…」



「 お前ら荷物まとめろ。これから北海道に行くぞ」と言って秋口刑事はタバコを灰皿に押しつけ立ち上がった。


 重たい空気が立ち込める中、リビングに1人のポンコツが侵入した。


「ゴールデンカムイの聖地巡礼ですね!!マシロもお供します!!」


 KYとはこのことを言う。


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