第58話 北海道行きの飛行機はホタテ臭い

あぁ…ホタテ臭い…


 この匂いを嗅ぐ度に今から北海道に帰るんだと思わされる。


 私は帆立の匂いから少しでも鼻を遠ざけるために窓から見える紺青の海を眺めていた。


 私達は今から北海道の札幌刑務所を目指す。ナベシマが仕組んだゲーム、久保ヒカルの暗殺を止めるために。


「ズズズ!!熱い!うわぁ!!貝の味のお湯だ!」


「マシロさん溢さないように気を付けてくださいよ。ここは飛行機なんですから」

と通路を挟んで隣の席の黒瀬さんが心配そうに言った。

 

「姉様はどうしてホタテスープ飲まないんですか?」


「んー…別に…好きじゃない。」

 

「ふーん…ほら美味しいですよ!ほら!」と言ってマシロちゃんが帆立スープを差し出した時、ガタンと機内が揺れた。


 そして数十秒前の注意喚起も虚しく、帆立スープは私の太ももにかかった。


「ああああああ!!!!姉様ごめんなさい!!」


 この声で乗客達が一斉に私達の方を見た。キャビンアテンダントのお姉さんも気づいたのか、拭きものを取りに行った。


「分かったから静かにしなさいマシロちゃん」


「姉様、今…ティッシュを….え…姉様…?」

 マシロちゃんの様子がおかしい。私はここで初めてマシロちゃんと目を合わせた。



 あ、しまった。


 忘れていた。


 マシロちゃんだからって油断していた。



「姉様…どうして熱くないんですか…?」



 あー最悪だ。バレた。黒瀬さんも前方の席に座っている刑事2人も私のことを見た。


 「いや…もうスープ冷めてたから」


「それは嘘です。いま痛覚殺してますよね。」


 こういう時のマシロちゃんは本当に勘がいい。


「手使うつもりですか?。戦うつもりですか?させませんよ。そんな身体で」とマシロちゃんは捲し立てた。


 この会話を聞いていた秋口刑事が振り返って、通路側に顔をひょこっと出した。


「お前…誰と戦う気なんだ…?」


「え…」


「久保を殺そうとしているヒットマン達か…?それとも……鮎川右京か…?」


 言われて胸がドキンとした。私は何に備えて戦おうとしているのだろう。でも、今、秋口刑事からその名前を言われて確証した。


「わ、分かんないです。」

 私は再び窓を見た。



私は…



 鮎川右京と戦おうとしている。

 イダを取り戻すために。



「分かっていると思うが俺たちは警察だ。久保ヒカルが殺されることも、鮎川が殺すことも絶対に防ぐ。」と秋口刑事は言った。


「その為に貴方達の力が必要なんです」と佐々木刑事は言った。


「もちろんです!」とマシロちゃんは私の左腕を持ち上げて言った。


「私が姉様の右腕になります!!」


「そっちは左腕ね」


「…左腕になります!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


1月14日の早朝


 私達は新千歳空港に着いた。本当は札幌にある唯一の空港、丘珠空港行きの飛行機に乗りたかった。こちらの方が圧倒的に札幌刑務所に近いからだ。だが早朝の便がなかった。


 新千歳空港に着いて私達はJRに乗った。1月の北海道は真っ白だ。停車駅でドアが開く。冷気が車内に押し寄せる。肺に刺すような冷たい空気が流れる。あぁ久しぶりだ。寒い冬じゃなくて、痛い冬だ。


 大体1時間で新千歳空港から札幌駅に着いた。


 そして札幌駅からはタクシー2台で札幌刑務所に向かった。


 タクシーは私と黒瀬さんとマシロちゃの3人、佐々木刑事と秋口刑事の2人に別れた。


 今年の札幌は大雪だったらしく除雪車の道の整備が間に合っていない。4車線が2車線になっている箇所があまりにも多く道は渋滞している。


 イライラする。もどかしい。早く早く、鮎川に会わなきゃ。イダを取り戻さなきゃ。


「久保ヒカルもう出てきましたかね?」と私は黒瀬さんに聞いた。


「微妙なラインですね。」


「そうですよね…」


「冬梅さんどうです?地元は?」


「え、」


「ここで貴方は鮎川と出会ったんですよね」


「はい…」


 そう。私達はこの北海道で、札幌で出会ったんだ。春はさとらんどに行ってジンギスカンを食べて、夏は中島公園のお祭りに行って、秋はオータムフェスタに行って、冬は雪まつりに行った。友達のようにずっと、ずっと一緒にいた。


「冬梅さん、俺は絶対に鮎川に復讐なんかさせませんよ。」


「それが自分の姉と姪っ子を殺した人でも?」


「…はい」


「どうして?」


「鮎川にはこれ以上苦しんで欲しくない…。彼は久保を殺したら確実に刑務所です。彼に罪を償うようなことはして欲しくないんです。桜も姉さんも望んじゃいない…」


「…そうですよね」

と言って私は黙り込んでしまった。黒瀬さんもこれ以上は何も話さなかった。



 タクシーの車内にはマシロのイビキが響き渡った。


 

 札幌刑務所に着いた頃にはもう昼を過ぎていた。町中にある札幌刑務所は一見、刑務所なのか分からない程だ。なんなら目の前にジャスコがあって驚いた。


「これは遅かったな。」と言って秋口刑事はタバコに火をつけた。


「どうして分かるんですか?」と佐々木刑事が聞いた。


「馬鹿。周り見たら分かるだろ。ヒットマン共がもういない。散ってるな。」


 確かに周りを見渡しても除雪中の人と、歩いてジャスコに向かう人しかいない。


 久保ヒカルはもう既に札幌刑務所から出所した。


 身元引受先を知っている人物は誰もいない。


 詰んだ。やばい。私は頭が真っ白になった。どう調べる。誰が久保の場所を、鮎川右京の場所を知っている。刑務官に聞く?教えてくれる訳がない。やばいこのままだと…私の心拍は早まった。


 皆が絶望しかけたその時、目の前に白のハイエースが1台止まった。ハイエースはところどころ小さな丸い穴が空いていた。弾痕だ。撃ち合ったのか。


 でも、それよりも目に行ったのはハイエースの後部座席にいる赤ん坊だった。


「ヒソカ…」


 後部座席にはチャイルドシートが付けられている。そこにヒソカがアンパンマンのぬいぐるみを持って楽しそうにしている。


 そしてウィーンと助手席の方から窓が開いた。運転席に座っていたのは瀬戸夏美だった。初代マシロで今は弁護士をしている、鮎川右京の弟子。


 私達より早く札幌に乗り込んでいたようだ。


「乗りなさい!!久保ヒカルと!鮎川右京と!ケジメをつけに行くわよ!!!」


 私は目から熱い涙が込み上げていた。良かった。これで会える…鮎川に、イイダさんに。


「はい!」と言って私は車に乗り込んだ。


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