第45話 高瀬ユウナと最後の風俗の客
「おい!なんでだよ黒瀬!このタイミングで弁護を降りるだと!?ふざけるのも大概にしろ!」
「黒瀬くん、どういうつもり。裁判官も驚いてたわ。あなたがそっち側につくのは初めてじゃない。」
「黒瀬さん、何故あなた、今まで性犯罪は加害者の方しか弁護してこなかったじゃないですか!?。どうして、どうして今回…しかも相手は…!」
「別にどうもこうもありませんよ。柊木の弁護人は降りて冬梅桜の被害者弁護人になります」
あぁいざ口に出すと、自分がいかに馬鹿な行動を取ろうとしているのか身に染みる。
「分かっているでしょ黒瀬くん、あの子なんだか…怪しいわよ。」と日高検事は俺に心配の目を向けて言った。この人はなんだかんだ俺に優しい。
まぁ日高検事も佐々木刑事や秋口刑事も薄々気づいているのだ。この事件に関しては柊木は冤罪だと。冬梅桜が仕組んだ事件であると。だが、それを証明する証拠は何も無い。各々の勘だけだ。
「いえ冬梅桜は性犯罪の被害者です。しっかりと柊木を裁きます。」
今まで加害者弁護をしていた俺が被害者の弁護をする。とても面白い。
しかも冤罪。バレたら当たり前にバッチが吹っ飛ぶ。
今までの性犯罪は事件性を証明する証拠が見つからなかったが今回は違う。証拠だらけだ。逆に冤罪を証明する証拠は一つもない。
柊木が取り調べで言った「あの女に嵌められた」という一言。そんなものは証拠にならない。社会的立場を狙って犯行を犯したクズの言い訳にしか聞こえない。
まぁ、強いて問題を一つ挙げるなら
高瀬ユウナだ。
が、これは俺の出る幕じゃない。アイツに…あぁイイダさんに頼むとしよう。
さぁ、冬梅さんここからが勝負ですよ。
ナベシマをやるのは貴方しか出来ない。
どこか胸がドキドキしている。ドラゴンクエストが発売される前日の気分に似ている。そんなくだらない事を考えながら、俺は法廷へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最近、耳が聞こえなくなってきた気がする。
左耳を手で塞いで「あー」と言う。やっぱり右耳か。聞こえなくなってきたのは。
耳舐めてくる客、すぐ出禁にして貰えば良かった。いや耳よりも性器舐めさせれば良かった。
もう身体も毎回洗うからガサガサしてきたな。粉吹いてるよ。Twitterでみたボディソープ買おっかな。
あ、お客さんが来るまで25分か。アニメなら見れるな。最近ドラマ見なくなったなー。頭使うのだるいし。
今日は7万円か。しけてるな。店変えた方が良いのかな。
ベッドの上でスマホをいじりながら短い思考を思いつく限り繰り返す。親のことなんて、家族のことなんて、裁判のことなんて、深いことなんて、これからのことなんて、考えたくない。目の前の適当なことを考えて汚い客とSEXして1日を終わらせたい。
なんで私は風俗始めたんだっけ。なんでナベシマ君のこと好きになってホスト通うようになったんだっけ。なんで裁判で冬梅が美人局をしたと証言しなきゃいけないんだっけ。
だからダメなんだって深いことは考えちゃ。考えたって私にはどうにもならないんだから。
うわ最悪。こんなくだらないこと考えたらもう時間だ。次の客が来る。
手櫛で適当に髪を整える。風俗の客なんて細かい化粧なんて分からない。適当なメイク。大学時代の私が見たらどう思うんだ。だから…。
チャイムが鳴った。私は重い足取りで扉に向かう。今日の出勤はこれでおしまい。ノブを持つ手に力が入る。「ふー」と軽く息を吐いてから扉を開ける。
「うわっ」と思わず声が出てしまった。今の「うわっ」は客を見た時に思う不愉快を表現する「うわっ」じゃない。石垣島の海とか、神戸の夜景を見た時の「うわっ」だ。
「綺麗…」が二言目だった。
「ありがとう。でも君の方が綺麗だよ」と私の目の前にいる客は言った。とても綺麗な顔立ちの人だった。背も高い。どこのハーフだろ。
こんな人が風俗…。いやまぁでも確かにこういう客も風俗に来たりするか。
客は鞄とコートをソファにかけた。私はタオルとバスローブを持って、「先にお風呂からお願いします。あ、歯磨きも」と言って洗面台に連れて行こうとした。
すると男は「あぁ。今日はしたくないんだ」と言った。
これは、もしや顔だけじゃなくガチの当たりの客か。
「一緒にベッドで添い寝して欲しいんだ。エッチな事はしない。」と爽やかな笑顔で言った。
よし当たりだ。たまにこういう客がいる。大事にしたいからだとか、俺は他の客とは違うとか言って添い寝を希望してくるやつ。そういう奴に限って2回目から気持ち悪い注文ばかりしてくる。
まぁ別にヤらなくて良いならこちらも有難いし。
私は男と一緒に服を着た状態で添い寝した。男は自分の腕に頭を乗せるように指示した。私は頭を男の腕に載せた。男の腕はとても固く筋肉質だった。それに
「良い匂い…」
思わず声に出してしまった。
「はは。ありがとう。さっき髪を切ってきたから美容室のトリートメントの匂いだ。」
「前は結構長かったんですか?」
「うん。おかっぱ。」と男は笑いながら言った。
こんな筋肉質の人がおかっぱ…と思わず考えて黙り込んでしまった。その間、男はずっと私の頭を撫でてくれた。
「あ、すみません。私がサービスをしなきゃいけないのに。」
「大丈夫だよ」と男は言った。なんだか、この人の声を聞くと落ち着く。緊張が解ける。
「今日はどうしてこんな所に…?しかも指名されて…」
「君に会うためだよ。小雪…いや…高瀬ユウナ」
瞬間、私は起き上がった。自分の本名を呼ばれたからだ。
「え、え、どうして。」
なんで。この人が本名を。あ、顔がいい。ってことは、
「ナベシマ君の仕事の人…とか…ですか?」
男は歯を見せてニヤリと笑った。歯まで白くて綺麗だった。
「逆だ。」
「逆?」
「冬梅と仕事してる人」
「ふ、冬梅!?」
やばい。ナベシマ君に連絡しなきゃ。そう思ったけど、何故かスムーズに身体が動かなかった。また面倒臭いことになってナベシマ君に怒られると思ったからだ。
男はそれを見透かしたように「あれ?ナベシマに連絡しなくていいのかい?」と言った。
「どうして?ここに?目的は?」
「逃げるぞ。」
「はい?」
「逃げるぞ。高瀬ユウナ。」
私は男の方を見て何度も瞬きした。男の瞳からは、間抜けな顔をしたボサボサ髪のブスな私が写っていた。男の目はなんだか、空っぽだった。いや澄んでいるからこそ空っぽなのか。
「どこに?」
「全てからだ。」
「ナベシマ君を捨てるっていうこと?」
「そうだ」と言いながら男は立ち上がり、ソファにかかったコートを羽織った。
「む、無理だよ。」
「何故?」
「動画…あるし。借金もある。」
「ふぅん」と言って、男は棚からポットを取り出して、お湯を沸かした。
「その動画は君が柊木と丸井にレイプされている時の動画かな。それとも風俗中の?」
「それも…だし。闇金の時は裸の全身動画も。」
「あー。そうか。そっちもあるか。」
「安心しろ。高瀬ユウナ。その動画もいずれこの世から消える。」
「どうして、そんなことが言えるの?」
「それは…冬梅がナベシマをやっつけるからだ」
「は、ふ、冬梅が?」
「そう」と男はこちらを振り向き満面の笑みで言った。
「やっぱり、ナベシマ君が言った通り冬梅は美人局だったの?」
「そうだ」
カチッと音が鳴った。ポットのお湯が沸いたようだ。
「なんで冬梅が?」
「冬梅が高校生の時、私がそうさせた。」
「は、な、なんで?」
以前ナベシマ君からも同じことを言われたが軽く笑ってしまった。あの冬梅が美人局だなんて嘘だと思ったからだ。私の知っている冬梅は授業に遅刻しまくってすっぴん寝癖ボサボサで教室に入ってきて先生からいじられて、それでも成績は学科トップで。そんな、あの冬梅が…。
「やり返せって言ったんだ。父親にレイプされて、援交して大人から搾取され続けていたアイツに」
胸がズキッと痛んだ。
男は続けた。
「そして私は冬梅に言った。お前が奪う側になれってな。そして奪ったものでレイプされた女の子達に与えろって。」
「な、何を冬梅は与えたの?」
「金と…希望だな…」
「希望…」と思わず呟いた。冬梅は小さい時から誰かのために、自分のために戦っていたんだ。あんな小さい背中で、抱えきれないものを背負い込んで。
男はカップにお湯を注ぎ、すぐに湯気湧き立つお茶を飲み干した。
「もう時間が無いんだ。さぁ高瀬ユウナ。決めろ。逃げるか。ナベシマといるか。」
「逃げた、その先は…?裸の写真が出回る?」
「だから言っただろう。冬梅が全部終わらせるって」
「だから、どうやって!」
「それが見たいんだったら、この部屋から出ろ。高瀬ユウナ。」
男は部屋のノブに手をかけた。早く決めなきゃ。
そっか。あの日、冬梅が私の家に来たのは柊木を堕とすためだったのか。私はあの日の出来事を、冬梅の言葉を必死に思い出した。
ー「私はいつでも貴方の味方だから。いつだって私は風を吹かせるから」
ー「どういうこと?」
ー「でも最後は貴方自身の決定で人生を生きていかなきゃいけないからね。」
気づくと私は涙が止まらなくなっていた。胸を両手で押さえ、頭をベッドに擦り付けた。冬梅はずっと私のために戦っていたんだ。私の絶望した人生に風を吹かせようとしてくれていたんだ。
なんで私はそんな事も見抜けないで甘い言葉だけ囁くナベシマの元について行ってしまったんだろう。愚かだ。本当に愚かだ。
「さぁ行くぞ。高瀬ユウナ。」
「はい」と涙を無理やり抑え込み着替えた。
自分のことは自分で決めて生きよう。それが間違いでも、正解でも、私が決めたことなんだから、その道を泥臭く生きてやろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は男の車に乗りこんだ。おもちゃみたいな車だった。
「ミニクーパーって言うんだ」と男は嬉しそうに言った。そのはにかんだ顔が可愛くて、何故か癒された。
「あの。どこに行くんですか?」とシートベルトをつけながら私は聞いた。
「私の家さ。冬梅の帰りを一緒に待とうじゃないか。」
「え、冬梅はどこに?」
「はは。君の彼氏のもとさ」
「え!ナベシマ君の!?」
「そう。」と言って、男は下を見て悲しい顔をした。
「冬梅は…ナベシマ君…いやナベシマに勝てるの?」
「さぁ。どうだろうね。」
「さぁって貴方…」
「冬梅は頭のネジが2本外れているからなぁ」と男はニヤリと笑いハンドルを切った。
「2本って、具体的な数字ですね。」
「あぁ。1本はレイプされたことによって貞操観念がぶっ壊れていること。」
「まぁ、それは私もですよ。あと1本は?」
「藤田のことが大好き過ぎることだな」と男は吹き出して笑った。ハンドルが震えて、隣のランクルにぶつかりそうになった。
「は、ふ、藤田って誰ですか?」
「まぁ家に着くまでの間、聞いてくれよ。うちの可愛くて馬鹿で、最強の娘の話をさ。」と男は目を輝かせながらネオン光る街へとハンドルを切った。
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