第46話 【ちょい胸糞】最終決戦①ー強制再開ー

終わるんだ。今日ここで全部。


 高瀬さんのアナウンサーになる大切な夢をレイプして奪った。


 黒瀬さんとイダに性行為を強要させて彼らの大切な尊厳を奪った。


 そして藤田をレイプして海外風俗に売り飛ばした。


 他にも何人もの女の子達をレイプして尊厳を奪って金を儲けた。この全ての黒幕。ナベシマを今日ここで葬る。


 私はナベシマから送られてきた手紙を片手に、タワーマンションの中にある一室の扉を叩いた。


「どうぞ〜」という言葉がドアの奥から聞こえた。私は扉を開け部屋の中へと進んだ。ホテルのような玄関。もちろん靴は脱がない。


 部屋全体を見回した。そこは旅館の一室のようだった。洋室の一角に畳の部屋がある。洋室の方には質の良いソファが2つと小さな丸テーブルが一つ。テーブルの上にはノートパソコンが一台。部屋の四隅にはカメラがある。


 ナベシマはソファに座り足を組んでいた。黒のパンツスーツに柄シャツ。髪の毛はホストの時と違って無造作だった。薔薇色の口紅が少し肌の色から浮いていた。足元はスリッパではなく靴。戦う事も備えているな。


 畳の部屋には布団が敷かれていて掛け布団の下には人と思わしき凹凸ができている。ナベシマの他に誰かいる。何だ…誰?


「はじめまして。桜ちゃん」

ナベシマは私の方を見てヒラヒラと手を振った。


「えぇ。こんにちは。ナベシマさん。」

私もナベシマの方を見て軽く微笑んだ。


 何故か私の心は穏やかだった。


「ナベシマさん。私は今日ここで貴方を殺します。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ナベシマと対峙する日の朝も私はいつも通りだった。


 朝起きて最初に歯を磨いた。寮の朝ごはんはダルいからパス。


 顔を洗って、服を着替えて、2限と4限で使う教科書をトートバッグに入れた。


 洗面台に行って、色付きの日焼け止めを適当に塗って眉毛を軽く描いた。そして最後に箱に綺麗にしまっているリップを口に塗った。藤田がくれた、ガラスで作られた少し重たいリップ。


 あの日、藤田と初めて交わった日、藤田が私に置いていったリップ。藤田を恋しく思った時、何度もこのリップをつけた。でもそれも今日でお終い。

 

 私はリップを箱にしまい梱包した。


 今日の天気予報は降水確率が0パーセント。嫌だな。皆からツッこまれるじゃん…と思いながら渋々傘立てから金のレースで縁取られた黒い傘を取り出した。


 寮の1階エントランスに降りて、エントランス前のベンチに座る。10分後バイク便が来た。


「こちらの箱ですね…。宛先は?」


「23区警察署の刑事、佐々木さん宛にお願いします。」


「分かりました。時間はwebで指定された時間で宜しいですか?」


「はい。お願いします。」


 相変わらずバイク便の人は詮索しないから助かる。


「いってらっしゃい藤田」

 私は小声でそう言って遠ざかっていくバイクを見えなくなるまで眺めた。


 そして私はいつも通り学校に行き授業を受け、ナベシマから送られてきた手紙の場所へと向かった。


《桜ちゃんへ》


 僕と簡単なゲームをしよう。


 君も大好きな心理ゲームさ。


 君が勝ったらユウナ、黒瀬、鮎川の動画の削除。


 でも、もし君が負けたら…いやこれは会った時に教えよう。


 分かってると思うけど、これは一対一の勝負だよ。他のギャラリーを呼んだ時点で動画はばら撒く。


場所は…

 


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「なんで、こんなくだらない勝負を仕掛けようと思ったんですか?」


 私は部屋を見渡しながらナベシマに聞いた。


「いやぁ。君に遭ってみたくて。話に聞いた通り面白い目をしてるね。瞬きする度に顔が変わっている」

 ナベシマはノートパソコンを操作しながら答えた。ナベシマの口角はずっと上がっている。


「仮にナベシマさんがゲームに勝ってもメリットないですよね」


「いやいや。そんなことはないよ。」


「なんで。」


「鮎川さん…あ、イイダさんが絶望してくれるから。」


「お前…何でそんなにイイダさんに固執するわけ?」


「高校生の時、初めて鮎川さんのことを見たんだ。その時に一目惚れしちゃって。この人をグチャグチャに潰したいって思ったんだ。なんだろう…自分の使命を感じちゃったんだ。ほら男の子特有のアレだよ。好きな子を犯したい的な」


「は…アホくさ。」


「失礼だな。人の夢を侮辱しちゃダメだよ。」


「そう…」


「君には感謝しているんだよ。イイダさんの面倒を見てくれて。まさか、すすきので美人局を育てるなんて想定外だった。」


「そう…」


 ナベシマはパソコンから目を離し私の持っている黒い傘に視線を向けた。


 「手紙にも書いただろ。これは心理戦だ。暴力はダメだよ。僕は君の心を殺す。耐えてみてよ。」


「すごい勝つ自信があるんだね。」


「ふふ。当たり前だよ。君と違って僕は自分の性を売らずに人の心を奪ってきたんだ。君くらいなんて事ない。」


「ふーん」


「肉弾戦って馬鹿だと思わない?退化した人間がすることじゃないか。」


「ほら。じゃあ良いよ。やってみな。」と言って私は両手を前に広げ舌を出した。黒瀬さんの話によるとナベシマは拳銃を持っている。注意しなきゃ。


 ナベシマはニヤリと笑った。


「僕のことを舐めていたら火傷するよ桜ちゃん。まぁ…でもそっちの方が落ちた時見応えがあるから良いや」と言って、持っていたノートパソコンをこちらに向けた。


「さぁゲームを始めようか…と言っても僕は何もしないんだけどね。」


「ゲームのルールは?」


「簡単だよ。君が自殺したら負け。僕の勝ちだ。それだけ。」


「私が自分で自殺するの?馬鹿みたい。」


「ほら、さっさとパソコン見ろよ」


 私はナベシマから、ナベシマの持っているパソコンに視線を移した。


「あ…」と思わず声が出た。





 パソコンの画面に映るのは藤田だった。




 藤田は白いシーツのベット上で泣き叫び裸で四つん這いになっていた。藤田の周りに男が3人取り囲んでいる。アジア人、白人、黒人がそれぞれ1人。


「アメリカから中継だよ。」とナベシマはこちらの様子を伺いながら言った。


 私は急いで乱れた息を整えた。傘を強く握りしめ、ナベシマの方を睨みつけた。


「はは。僕を殺しても止まらないよ」


「この動画を見たショックで私が自殺すると思ったの?だとしたら馬鹿すぎる」


「いやいや、そこまで君も僕も馬鹿じゃないだろ。良かったね。桜ちゃん。だーいすきな藤田に再会出来て。」


 コイツが勝手に私と藤田の中にある領域に入ってくることへの不快さといったらたまったものじゃない。私にとっての藤田は…。額から汗が流れ落ちた。


「そして、後もう一つは…」と言ってナベシマは立ち上がり和室へと向かった。私は藤田が映るノートパソコンから目を離し、和室の布団に目を向けた。


 あの掛け布団の下にいるのは誰なのか。


 ナベシマは「そーれ!」と言って掛け布団を勢いよく剥いだ。


 掛け布団の下にいた凸凹の正体が突然にして現れた。


 私は膝から崩れ落ちた。


 せっかく整えた息が再び乱れた。


 そこには1人の男がいた。


 男は猿ぐつわをされ声が出せない状況だった。上はスーツだが下は一切着用していない。右手と右足、左手と左足で縛られていて、なんとも無様な姿だった。


 それは、紛れもなく私の父親だった。


ナベシマは腹の底から大きな声で笑った。


「イイダさんと同じやり方で壊してあげるよ。近親相姦…見てみたかったんだぁ」


 その一言で中学2年生から始まった地獄の日々がフラッシュバックした。他者からこの四文字を突きつけられたのは始めてのことだった。


 私は必死で自分の息を整えようとしたが、それはまったく無駄だった。


「さぁゲームスタートだ」

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