第37話 イイダの心を殺す方法①

「待て!撃つな!!」

「コイツ赤ん坊抱えてやがる!!」


ドンっ!

ドンッ!

ドンッ!

「うわぁぁ!!!!」


「無理するな!削るだけで良い!体力を!殺そうとなんて考え…」


ドンッ!


「あぁぁ!!おい!そっちは何人やられた!?」


「1階、2階、3階は全滅だ!」


 ドン!!ドン…!!ドッ…。


「「来るぞ….イイダが来るぞ!!!」」



ーーーーーーーーーー


「あんたは何の為に美人局やってるのよ。桜。」


 初代マシロ…。瀬戸夏美は寝室の椅子に座り、本を読みながら私に質問をした。


 私はイイダさんに蹴られた顎を軽く手に当て布団にくるまった。どう答えれば良いか分からず黙り込む形になってしまった。そんな様子を見て瀬戸夏美は


「私は戸籍を貰うためにやっていた。他の子はお金のためだったり、生活のためだったり、男に復讐するためだったり。でも桜は違うでしょ。」と冷たく言った。


 「…」


 「イイダさんと桜の出会いを教えてよ。どうして、あの人に“イイダ”って名前をつけたの?」


「…」


「はぁーあ。だんまり。じゃあ交換条件付けようか。」


 「興味ない…」


 「なに不貞腐れてんの。ヒソカ…?だっけ。あの赤ん坊に危険な真似はさせないよ。」


「何で言い切れるのさ?」


「それがこれから話す交換条件。桜と出会う前のイイダさんの過去よ。」


 私は布団から顔を出し、瀬戸夏美の顔を見た。瀬戸夏美は本を読むのを止めて、こちらを見ていた。


「まぁ…私の予想だけど。」と瀬戸は私から目を逸らしながら言った。



「まずイイダさんの過去の名前は…」




ーーーーーーーーーーーーー


「あ、鮎川…右京…」


「あ、こんにちは〜イイダさん早かったね。」とナベシマはひらひら手を振った。


 鮎川が目の前にいる。最後に会った時、あいつは自衛隊に所属していたから坊主だった。今はおかっぱヘア。そうか、桜の艶のある髪はお前に似たんだな。


 鮎川は俺と一切目を合わせようとしない。右手にはタオルで包まれた赤ん坊がいた。「ふにゃぁぁああ!」と声をあげて泣いている。何故こんな所に赤ん坊を。


 鮎川…最後に会った時から随分と痩せている。いや、痩せたというよりコイツ身体がなんか….。


「女になった貴方に会うのは初めてだ。素敵ですね。」


「男の時も女の時も君に会うのは初めてだよ。ナベシマ。」


 お…女…。久しぶりに会った義理の兄は女になっていた。そうか通りで体つきが変わっているのか。


「いーや。思い出してよ。会ったことある。」


「それよりも黒瀬を解放してもらう。この藤田のガキが交換条件だ。」


「ははは。どう?義理の弟との再会は。」


 とナベシマが言って、ようやく鮎川は俺の方を見た。あの時と同じ空っぽな目で俺のことを見ていた。


「黒瀬の手足の拘束を解け。ナベシマ。さもなくばガキを殺す」と鮎川は言って銃口を赤ん坊に向けた。鮎川がここにくる直前、俺は手と足を拘束され首輪をかけられた。


 ナベシマは「ははは」と冷淡に笑った直後、鮎川が抱える赤ん坊に向けて銃弾を放った。


 俺は突然のことで何も声が出なかった。殺した…。コイツ。赤ん坊を。何の躊躇もなく。いや分かってはいたがコイツただのホストじゃない。


 俺は怖くて赤ん坊の方に目を向けることが出来なかった。


 ざらざらざらざらという音が長い時間聞こえた。


「君が赤ん坊をここに連れてくるわけないじゃないか。それに赤ん坊の泣き声も録音したやつだろ。嘘くさい。」


 俺はナベシマの言葉でようやく鮎川が抱える赤ん坊の方を見ることが出来た。


 鮎川がタオルに包み大事そうに抱えていたのは砂袋だった。鮎川の前には砂の山がサラサラと大きくなっていった。


「まぁ交渉材料が無くても、銃一つ持った君くらいどうってことはない。」と鮎川はその砂の山を見ながら言った。


「いやいや、僕もちゃんと対策してるんですよ。コレで。」とナベシマ言って右手を上げた。


 そこには時計型端末が付けられていた。


「ほら。イイダさん見える?この時計。僕の脈や呼吸を管理しているんだ。僕の生命が危険な状態になったら爆発するよ」


ま、まさか。俺はゆっくり自分の首に着けられた金属でできた首輪を見た。


「黒瀬さんの首が⭐︎」とナベシマは子供のような無邪気な声で言った。


 全ての毛穴から汗が溢れ出た。殺される。ここで死ぬ。鮎川の前で。


 鮎川は顔色を変えず、ナベシマに銃を向けていた。


「となると君の目的はなんだ?私を殺すことか?」


「まさかまさか。貴方には生きて沢山苦しんで貰わなきゃ。」


「じゃあ要件を言え。ナベシマ。」


「ヤれよ。」


「は?」俺と鮎川は同時に言った。


「黒瀬とヤれよ。折角女になったんだろう。黒瀬の上に跨がれ。今ここで。ヤれ。」


 ナベシマは冷たい声で満面の笑みで言った。そして俺のワイシャツのボタンを1つ1つゆっくりと外していった。


 俺は身体から震えが止まらなかった。呼吸もどんどん荒くなり、目には涙が浮かんでいた。この悪魔は何を言っているんだ。どうして、どうして。


「あ、イイダさん。自殺は禁止だよ。まぁしてもいいけど、そしたら黒瀬も殺す。必ずだ。」


 俺は震える身体で鮎川のことを見た。アイツの目は、また空っぽだった。

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