第35話 出だしを敬語で話してしまうとタメ口に軌道修正するのは難しい。

お湯が沸騰するまでの間、私は窓を眺めた。さっきまでの激しい雨は止んでいた。


「紅茶で良いですか?」と私は初代マシロに聞いた。


「うん。ストレートでお願い。」


 初代マシロは椅子に座り、傷の手当をしている。左腕に擦り傷。かすり傷で済んだのか。流石初代。時々、くしゃみをしている。傘がない状態であれだけ雨に濡れたから仕方がない。お風呂も沸かしておこう。


 お湯が沸いたのでティーパックが入っているカップにお湯を注いだ。透明の水がどんどん滲んで赤くなった。



「うふふ。皆、東京で集結するの面白いわね。」と初代マシロちゃんは言った。


「本当ですよ。マシロちゃんは最初に上京してたけど…て、もうマシロちゃんじゃないのか。」


「瀬戸夏美だよ。新しい名前。」 


「セトナツミ。セトナツミ。セトナツミ。語感が良いですね。」


「でしょ!気に入ってるの!」


 初代マシロちゃん改め、瀬戸夏美と会うのは4年ぶりだった。


「今回はどうして?」と私は大雑把な質問をした。ハッキリ言ってどこから質問をすれば良いか分からなかったからだ。


 そこを上手く受け取って答えてくれるのが、マシ…いや、瀬戸夏美だ。


「イイダさんから緊急の仕事って頼まれて」


「ナベシマの尾行ですか?」


「違う。黒瀬弁護士の尾行よ。」


 黒瀬弁護士…。あの人か。やっぱりイイダさんと黒瀬の間には何かある…。殺し屋からから足を洗った初代に頼んでまで黒瀬を尾行…?。


私は黙り込んでしまった。


「顔に出すぎ。今回は個人的なことでって言ってたわよ」


「そうですか。」

 

「にしても黒瀬弁護士凄いわよ。あーんな絵に描いた悲劇の主人公なかなかいない。」

と瀬戸夏美は言いながら紅茶を勢いよく飲んだ。


「黒瀬さんのこと何か知ってるの?」


「知ってるも何も、私たち弁護士界隈の中では有名人よ。イイダさんが目にかける理由もわかる」


「あ、瀬戸さん。ちゃんと弁護士になったんですね。」  


「イイダさんと桜のおかげよ」


「そんな。」

 

…ん。ちょっと待てよ。


「どうして瀬戸さんは黒瀬弁護士の尾行をしていたのに、ナベシマを尾行するマシロちゃんと会ったんですか?」


「あぁ…それは。」


 と瀬戸夏美が言いかけた時、玄関からガチャンと音が鳴った。イイダさんが帰ってきた。


「あ、おかえりなさい」

 

「あぁ。帰った」


 そう言ってイイダさんは重い足取りでコートをハンガーにかけた。少し疲れている。


「そのマシロちゃんは?」


「命に別状はないよ。あいつの身体は頑丈だ。すぐに治るさ。」


「そっか。良かった。」


「瀬戸。さっきの話の続きはなんだ?」


「あぁ。黒瀬弁護士なんですが…ナベシマに連れ去れらました。」


 え、またか。黒瀬弁護士。2度目の監禁。ピーチ姫かよ。


「多分、殺されるかと…。」と瀬戸夏美はテレビを見ながら他人事のように言った。


「そうか。」と言ったイイダさんからは他人事のようには感じない。


もう一度聞こう。


「あの、イイダさん、どうして黒瀬弁護士にそんな固執するんですか?」


「…」


 無視。そのままイイダさんは寝室に向かった。


 私は机を叩き立ち上がった。瀬戸夏美のために入れた紅茶がソーサーに少しこぼれた。


「ねぇ答えてよ!どうして、あの時黒瀬さんの名前を出したら泣いてたの!イダ!教えてよ!」


 テレビを見ていた瀬戸夏美も、流石に驚いてこちらを見た。


 イイダさんはヒソカを抱いて寝室から戻ってきた。ヒソカは急に起こされたからか体の全身を使って喚き散らかしている。


「え、なに?ヒソカをどうするの?」


「ナベシマの元に行って渡す。黒瀬を返してもらう」


「え、なんで。急に。」


「急じゃない。最初に言っただろう。何か困ったらこのガキは売るって」


「えぇでも、なんで。ずっと可愛がってきたじゃない。」


「何かあった時のために備えてだ。」


 イイダさんは玄関に向かった。


「ちょ…ちょっと待って!!そんな!!この子は藤田が産んだ大切な!!」


 ヒソカは泣き叫びながらイイダさんの胸元にしがみついた。あ、ヒソカ…。お腹空いたのか。そんな様子を見てイイダさんは


「残念だったな。ヒソカ。私は男だ。」

と言ってヒソカの方から視線を外した。


 「イイダさん待ってよ!!」

と私がイイダさんの肩に右手で触れた瞬間、イイダさんは折れている私の左手首を強く掴んだ。


「ああぁっ」と私は顔をしかめた瞬間、私は壁に叩きつけられた。顔面がジンジンする。顎を蹴られたのか。


頭を強く打ったのかクラクラする。立ち上がれない。




「瀬戸。冬梅をここから出すな。」


「承知しました。あ、一応黒瀬のシューズにつけたGPS生きていますので、こちらを」


「あぁ、ありがとう。」


「私も疑問なんですがイイダ様は何故、黒瀬弁護士に固執されているんです?」


「…」


「ふぅ。それは貴方が冬梅桜に“イイダ”と名前を付けてもらう前のお話ですね」


「…」


「行ってらっしゃいませ。」

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