第32話 義理の兄の行方

ナベシマという男は今流行りの中性的な見た目をしていた。


 黒髪マッシュ、左目は前髪で隠れて見えない。口にはうっすら口紅を塗っている。


 どうも新宿の喫茶店で中性的な男を見るとホストを連想してしまう。


 どうやら高瀬ユウナはこの男と駆け落ちをしたようだ。


 俺は「高瀬さんと知り合いとのことですが、貴方は…?」とナベシマと呼ばれる男に聞いた。


「そうだ!まだ僕、自己紹介していませんでしたね。」とナベシマは笑顔で言った。そして鞄から名刺入れを出し、俺に名刺を渡した。俺も少し出遅れた形で自分の名刺を渡した。


 名刺を受け取った俺の第一声は「これは名刺ですか?」だった。


 名刺が固い。プラスチックで作られている、しかも真っ黒。文字は金色で描かれてる。光の加減によっては文字が何も見えない。


 俺は何度か名刺を軽く傾けながら名刺に書かれた文字を読んだ。


『scarlet 代表取締役 ナベシマ アツヤ』


この名刺…やっぱり…


「ホストですね。」


「御名答⭐︎」


「何故、ホストの方が高瀬ユウナさんの事件について知っているんですか?」


「それはね…」とナベシマが話そうとしたところで店員が来た。


「あのお客様、もしお知り合いのようでしたら机をくっつけますか」


「あぁ…はいお願いします。」と俺は反射的に答えてしまった。まぁそちらの方が話はしやすい。


 2人がけのテーブルをくっつけて4名がけになった。横に並ぶ高瀬とナベシマに対して俺が向かえに座った。


 2人は手を握りながら、お互いを見つめ合っている。ホストと駆け落ち…。ただのどこにでもいるホストとその客にしか俺は見えないが。


「仕切り直して、ナベシマさん、何故事件をのことをご存知で…あと柊木は冤罪だと言えるんですか?」  


「まぁ1番はそこですよね。」とナベシマはティーカップの淵を指でなぞりながら言った。


「弁護士さんの推測とほぼ同じですよ。冬梅桜はユウナから事前に柊木との睦事を聞いていた。それを聞いた冬梅桜は柊木にハニートラップを仕掛けて社会的な地位を落とそうとした」


 このナベシマという男、何故ここまで詳細に事件のことを知っている。そもそも何故、冬梅さんが被害者でハニートラップを仕掛けたと断定的に話すんだ。


「俺もあなたに会うまではそう考えていたんですよ。でも先程、高瀬さんは柊木と丸井の間に“同意はあった”と言いましたよね。僕は、柊木からレイプされた高瀬さんに代わって冬梅さんが意図的に被害に遭って復讐したと考えていたんですよ。」


「あーそれだとマズいんですよ」とナベシマは笑いながら言った。


「マズイ?」


「ユウナがレイプされたって証言すると、柊木はもうテレビの世界に戻れなくなっちゃうじゃないか」


「それが何か問題でも?」


「僕は完全試合がしたいんですよ。柊木リョウゴを完全無罪にして、ハニトラを仕掛けた冬梅桜を社会的に抹殺したい。」


 何故このナベシマという男は冬梅桜に敵対心を抱いているのだ。いや、まずは当初の予定通り高瀬から事件のことを確認だ。


「あの高瀬さん、本当のことを言って良いんですよ。柊木から貴方を丸井と共謀してレイプしたと聞いてるんです。」


 高瀬は少しひきつったような顔をした。その様子を見てナベシマが高瀬の頬に軽くキスをした。


「ユウナ。惑わされちゃダメだよ。君は同意のある睦事をしたんだ。凄いじゃないか。大学生の君が日本で1番のアナウンサーとセックス出来たんだ。君の魅力は底知れないよ全く。」


高瀬は、いや…と一瞬否定しようとしたが

「うん。そう。私同意がありました。」と泣きそうな顔に無理やり口角を釣り上げて俺に言った。


「ははは。良い子だ。それに…君は風俗に勤めている。そんな君が“レイプされた”って言っても世間の誰が信じるんだよ」


「それはナベシマくんが…!動画を!」


「え、ユウナ。僕に口答えするの?僕はあくまで仕事を紹介しただけだよ」


「あ、ちがう!違う!ごめんなさい!」


 まったく、ホストはあくどい商売だ。客と一緒に酒を飲むというより、客を洗脳させていかに風俗で働かせるかが肝なんだろうな。ん…高瀬ユウナは今風俗で働いているのか?


「すみません。俺にも分かるように話を…」


「いえ、これ以上僕からする話はありません。とりあえずユウナは証人として出させます。柊木が裁判に勝てるように好きに使ってください。本当に好きに。」


 といってナベシマは高瀬の肩をポンと叩いた。


「ユウナ、冬梅桜を有罪にするんだ。頑張るんだよ」


「うん頑張る…」


はぁ…と俺はため息をついた。俺は何を見せられているのだ。


「どうしてナベシマさんは、そんなに冬梅桜に固執するんですか?」


「ははは。いやそれは黒瀬さんも同じじゃないですか」


「どういうことですか?」と俺はナベシマを睨みつけた。


「冬梅桜とイイダが繋がっているからですよ」


「イイダ…?」

 その名前、以前冬梅さんに電話した時にも言われた。何故2度もこの名前を俺に聞くんだ。


「あれ?黒瀬弁護士は知らないようだ。」


「だから何をですか?」


ナベシマはまた声を殺すように少し笑ってから

「義理のお兄さんの新しい名前を」と言った。


「は?」


 自分の人生でもう一生聞くことは無いと思っていた言葉。義理のお兄さん。


「鮎川右京さんはイイダという名前に変えて、美人局を育てながら元気に生きてますよ」


「は、どういうことだ。」

 自分の声が震えていることは分かっている。動揺を隠せない。


 何故その名前を知っている。何故お前が鮎川を。姉さんの夫を。桜の父の名前を。僕の義理の兄の名前を知っている。何故。イイダ…?名前を変えて美人局を育ててる?何故そこで冬梅さんの名前が出てくる?




 俺はとんでもない渦の中に入れられてしまったことに気づいた。


「どういうことだ。ナベシマ。何故おまえが…」


「おっと。今日はもうこれ以上話しませんよ。柊木を無罪にしたら続きを話します。黒瀬弁護士。」とナベシマは笑顔で言った。


 ナベシマの右目には、なんとも間抜けた顔をした自分が映っていた。


気がつくと店には俺1人しか残っていなかった。

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