第31話 梅潰し計画
「またこの喫茶店か」と俺は店内を軽く見回した。
この喫茶店は初めて冬梅さんと会ったお店。冬梅さんに示談の話をして断られたお店。
俺は店員を呼びインドティーを注文した。これは前回、冬梅さんが注文していた飲み物だ。インドティーと聞くとストレートの紅茶を想像するが、実際に冬梅さんが飲んでいたのはチャイのような見た目だった。どんな味なんだろう。冬梅さんに聞いておけば良かった。
いけない。くだらいな事を考えてしまった。
性犯罪者の弁護をする以上、被害者への興味関心同情は危険だ。
そして今日は柊木を無罪にするための切り札を用意する大事な日だ。
高瀬ユウナと合流するまで後20分。早く着きすぎてしまった。
高瀬ユウナ…。これは想定外だった。
冬梅さんより先に柊木と丸井からレイプ被害を受けた女子大学生。
一昨日の夜、高瀬ユウナと名乗る人物から突然電話がかかってきた。おそらく番号は母親から教えてもらったのだろう。
高瀬ユウナは母親の話によると彼氏と駆け落ちして失踪したんじゃなかったのか。もう家に戻ったのか。随分と早い。
何故、急に弁護士の俺に会おうと思ったのか。
まぁ、こちらとしては都合が良いが。
高瀬ユウナが柊木の裁判で証言をすれば事態は大きく変わる可能性がある。
そう柊木リョウゴは起訴された。
柊木は自分が不起訴になると信じて疑わなかったのか、拘置所で面会した時は酷く狼狽えていた。
あいつは何を勘違いしたんだろう。示談ができない時点でこの事件は起訴に決まっている。
だからこそ公判からが勝負だ。検察は起訴した以上有罪を確実に取りにくる。
そこで俺は柊木に2つの選択肢を与えた。1つ目は自白事件として執行猶予を取りにいくこと。まぁ冬梅さんの供述調書の内容、罪を認めるということだ。
そして2つ目は、冬梅さんの供述調書を認めない、罪を認めずに否認事件として無罪を取りに行くこと。同意のある性行為、もしくは冤罪だと証明することだ。
この場合、冬梅さんにも法廷で証言をしてもらう。
まぁ多くの被害者はここで断念するだろうな。
性犯罪のミソはここだと思っている。
「否認事件として法廷の前で証言をしたくなければ示談をしろ。そしたらこっちは被害者の供述調書に同意をして自白事件で終わらせる」と言えばいい。
法廷には多くの性犯罪マニアが来る。被害者の様子や被害を話す姿を見てオカズにする奴らだ。それにマスコミだってくる。興味関心の元にさらされるのだ。
普通の被害者だったら、まずここで渋る。不本意でも示談に応じる。普通の被害者だったら。
冬梅桜は普通じゃない。
あの女は間違いなく、柊木と丸井にハニートラップを仕掛けた。
それを証明する鍵となるのが高瀬ユウナだ。
冬梅さんが高瀬から事前に被害の話を聞いていたとなると、冬梅さんは何故柊木を疑わずに2人きりで酒を飲みに行ったのかと追求されることになる。
そのことで高瀬へのレイプも問われることになるが、こちらは証拠がないから起訴はされないだろう。
俺がインドティーを飲み干した頃、1人の若い女が店外にある待合席を駆け抜け店内に入ってきた。
おそらく、あれが高瀬ユウナだ。
高瀬ユウナは店員に声をかけた。声は聞き取れないが、口の動かし方から“くろせ”、“待ち合わせ”と店員に伝えたのだろう。
店員はすぐに俺の座る席を指した。
「はじめまして。高瀬ユウナと申します。」
高瀬は俺の席に来るとすぐにお辞儀した。
俺も急いで席を立ってお辞儀をし、名刺を渡した。
高瀬は店員にジンジャーエールを注文し、首に巻いていたマフラーを丁寧に畳み隣の席に置いた。
「黒瀬さんも注文されますか?」
「あぁ..そうだね。すみません。このインドティーのおかわりを1つ… 」
俺は目の前に座る高瀬ユウナの姿を改めて見る。
ゆるく巻いた髪。ナチュラルな化粧。ミニスカート。大きめのブランドバッグにはパンパンの荷物。
アナウンサーを目指していたのも納得の容姿と気品だ。でもこれだと…。
「パパ活って思われそうですよね!」
と高瀬ユウナは笑顔でこちらに話しかけた。
自分の心の声が口に出てたのかと焦った。そして、その焦りがしっかり顔に出た。
高瀬ユウナは口を押さえて控えめに笑った。恥ずかしい。
店員が間を開けてからジンジャーエールとインドティーをテーブルに置いた。
冬梅さんの時といい、俺は年下の女といると、どうも上手くいかない。ペースを握られる。
「高瀬さん今日はどうして俺に連絡をくれたんですか?」
と俺は高瀬の目をまっすぐ見ながら聞いた。もう本題に入ろう。こちらのペースで話を進めたい。
「柊木さんの冤罪を晴らすためです…!」
高瀬はジンジャーエールが入ったグラスを強く握りながら言った。
「…は?」と俺は聞き返した。
柊木が言ってた。丸井と一緒に君をレイプしたと。何故そんな君が柊木を冤罪だと言う。何故。何故。俺は一瞬にして頭が重くなった。
「弁護士さん!」
「あぁすまない。」
「私、法廷で証言します!冬梅が柊木さんにハニートラップを仕掛けたんですよね!」
「いや、そう決まったわけじゃない。それに…。俺は柊木から聞いている。君をレ、レイプしたと。」
高瀬はジンジャーエールをストローですいっと一口飲んでため息をついた。
「違います…。私と柊木さん丸井さんと行った性行為は同意がありました…。」
「でも柊木は君をレイプしたと…」
「違います!あれは同意がありました!!」
「いや…」
言葉が出てこなかった。俺はただ、高瀬から冬梅さんが事件を起こす前どんな話をしたか聞きたかっただけだ。それが何故。
同意があった?。そんなバカな。じゃあ何故君はインターンシップ以来、大学に行かず半年間家に引きこもった?。母親の話では君はしばらくご飯も食べず、どんどんやつれていったそうじゃないか。
俺と高瀬の間に数分程沈黙が流れた。
すると隣の席で読書をしていた若い男が突然話しかけてきた。
「ねぇ…黒瀬さん何を動揺しているんだい」
「は…?」
「ユウナ本人が同意があるって言ってるんだ。君は柊木君の弁護人。善良な証人に感謝するべきだよ。」と男は言った。
「失礼ですが、貴方は…」と俺が言いかけた時、遮るように高瀬が
「ナベシマくぅん」と言った。その声は女特有の男に媚びる甘いメスの声だった。
全く事態を読み込めなかった。隣の席にいたやつは高瀬の知り合い?。何故俺のことを…?いや事件のことを知っている…。
俺はナベシマと呼ばれる若い男と高瀬、どちらに目線を向けるのが良いか分からず目が泳いだ。
男は本を閉じテーブルに置いた。
男は「黒瀬さん」と俺の名前を読んだ。
俺は「は…」と、とりあえず声を出し返事のようなものをした。
男はニヤリと笑い「我々で冬梅桜を潰しましょう」と言った。
俺は予想しなかった言葉に思わず男を睨みつけた。
あの時、インドティーを冷ますために何度も息を吹きかけていた冬梅さんの姿が浮かんだ。
それと何故か同時に姪っ子の桜がコーンスープを一生懸命ふーふーしていた、あの時の殺される当日の朝の、あの光景も脳裏によぎった。
俺は目を瞑り、頭の中にある雑念を振り払った。
「皆さん少し整理してお話ししましょうか」と俺は優しく微笑みながら高瀬とナベシマに言った。
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