第25話 タバコを吸った後の坂道はしんどい

「おい黒瀬聞いてるか!?」


「僕のこと不起訴にできるって言ったよな!どうなってるんだよ!! 


「……」


「おい黒瀬!黒瀬!?」


「あ….すまん。ボーとしてた」


「たっく、駅の階段で転ぶとか酔っ払いかよ。包帯なんて頭に巻いちゃってさぁ」


「ごめんって…」


「貴重な面会を無駄にするなよ、このバカ!」と柊木は足で床を叩いた。


 日に日に柊木の態度が悪くなっている。それもそのはずだ。もうすぐ柊木が起訴になるか、不起訴になるか決まる。気が気じゃないだろう。だが… 。


「おい。僕は不起訴になるんだろうな?」


「残念ながら無理だ。示談を冬梅さんに断られた」と俺は頭を軽く押さえながら言った。


「クソ!あの女、やっぱり俺を嵌めて刑務所に入れるのが目的だな!」


 あの女…。冬梅さん… あの日、喫茶店で示談の話をしたら彼女は断った。俺が睡眠薬のトリックを話したら「探偵さん」みたいだと彼女はクスクス笑った。そして、その後、彼女が勝手にお会計をして、俺が道端で1000円を渡そうとしたら…あれどうだったけ。ダメだ。そっからの記憶がない。


「クソ!!やっぱりあの記者の言った通りか!」


「あの記者…?」と俺は柊木に聞き返した。


「週刊文秋が取材するために面会しに来たんだよ。冤罪だって記者に話したんだ」


「は…?」


「そしたら、記者からも証拠が固まっているから厳しいって…」


「記者に事件のことを話したのか。このバカ。」


「なんでだよ。世間から“これは冤罪だ”って印象付ければ不起訴になれるかもしれないだろ」


「そんなの記事に出されたら、ふゆ…被害者はどうなる…!」


「知ったことか!こっちは人生かかっているんだよ!」


 何故今、俺は冬梅さんを庇おうとしたんだ。俺の依頼人は柊木だ。柊木が不起訴にしろというんだったら俺は全力でそれに応える。だが…


「今後、記者の件は一度、オレに言ってからにしろ。そして不起訴は確実に無理だ。」


「まぁいい。それなら無罪を勝ち取ってもらえれば…」と柊木は最初の態度とは打って変わって開き直っていた。


 まるで最初の態度が嘘みたいだ。


「おい柊木、お前どこか余裕があるよな」


「は、あるわけないだろ。」


この事件…。冬梅が睡眠薬を自ら飲んだり、シーツを回収したり、引っかかる点はいくつもあった。


 だが…このかつての友人は…俺になにか隠しているのではないのだろうか。何か引っかかる。


「なぁ柊木」


「なんだい?」


「冬梅さんが逮捕されて以降、被害者が1人も名乗り上げないんだ。警察も気づいていない。何故だか分かるか?」


「さぁね」と柊木はニヤリと笑った。


「柊木、お前、高瀬さんや他の子をレイプした時の動画はどこにある?」


「データはちゃんとゴミ箱に入れたよ。パソコンのね。」


「たかがゴミ箱に入れたデータを警察が復元出来ないわけがないだろ」と俺は語気を強めた。


「やめてくれよ。黒瀬、詮索をするのは。」と柊木は指を組み、こちらを見つめた。


 そもそも、柊木逮捕の報道が出た後、何故、被害者の高瀬は警察に行かなかったんだ。1人被害者が出た以上、いくら証拠がなくても警察は動いてくれる。


 丸井は殺されて、柊木は留置所の中、被害者からしたら何も怖いはずはない。何故…。


 俺は柊木の顔を見た。彼は満面の笑みでこちらを見ていた。“騙されてやんの”とバカにするように。このクソ男。俺を騙したのか。


「共犯は何人いるんだ柊木!!!」


 俺は悪寒がした。この事件はまだ終わってなんかいない。犯人はまだ普通に平然を装って暮らしている。


 レイプした女の子たちの動画を持って脅して。


 一瞬、冬梅さんの顔が浮かんだ。彼女の裸体を誰かが持っていることを考えると、胸が張り裂けそうになった。何故だ?


 「おい。なんて顔してるんだよ。お前は僕の弁護人だ。僕を無罪にすることだけを考えろ。」


 そうだ。俺は柊木リョウゴの弁護人。冬梅の件は冤罪だ。それを裁判で証明し無罪を勝ち取らなければならない。でも、そしたら他の性犯罪被害者はどうなる。


 ふと、姉さんと桜の顔が浮かんだ。どうして俺は性犯罪者の弁護をしているんだろう。


いや簡単なことだ。“被害者遺族だから加害者弁護はできない”と後ろ指を刺されたくなかったからか。


 自分のくだらないプライドのために行ってきた行動にツケが回ってきたみたいだ。


 留置所を後にし、コンビニに寄ってタバコを買った。自分の吸う空気を汚したくなった。俺はコンビニ前の灰皿で箱に入ってるタバコを半分吸った。若い時でもこんなに一気に吸ったことはない。


 帰り道の坂が息苦しかった。でも、このくらいの身体的苦痛が今の自分には丁度いいと考えながら坂を登った。

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