第23話 冬梅の戦闘

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「あーあ倫太郎も今日から弁護士さんか…」


「まぁそうだね。」


「まさか黒瀬家から弁護士が生まれるなんて、天国の父さんも母さんも誇りに思ってるよ。」


「…」


「ちょっと倫太郎聞いてるの?」


「あぁ聞いてるよ」


「はぁーあ、これだからうちの弟は彼女ができないんだよ!ね〜桜」


「きゃっきゃっ」


「姉さん…2歳児に何を言ってるんだ」


「ねえ!もし私と桜がさ!犯罪起こしたら倫太郎が弁護してよ!」


「姉さんはともかく、桜はそんな子に育てません。」


「もう!!なによ!」


「そろそろ時間だ。行ってきます」


「倫太郎!行ってらっしゃい!!」

「いーたろ!ば〜ば〜!」


…姉さん?…桜?これは夢か。


もういい。

思い出したくもない。


夢ならこれで終わってくれ。


『速報…です。江東区…のマンションで母子が殺害さ…れ事件が発…しました。警察は…犯人を強姦致死傷の罪で行方を…ています…』


やめろ!

やめろ!

終われ!目覚めろ!


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「うわぁあああああああああ!!!!!はぁはぁ…はぁはぁ…」


「なんだよ。こいつも目覚ましちまったじゃねーか。」


「おいボス!この男泣いてますよ!」


 なんだ。身体が動かない。縛られているのか。

ここはどこだ…。倉庫…?湿度が高くてホコリとカビの匂いがする。


 そもそも何故こうなった。たしか冬梅さんを寮まで送る帰り道、急に頭を殴られて…。


そうだ!冬梅さんは…


 俺は辺りを見回した。すると自分の右後ろに冬梅さんがいた。俺と同じようにパイプ椅子に座らされ手を後ろに縛られていた。


 ここからだと冬梅さんの顔が上手く見えない。


 男たちは5人ほどいた。半グレと呼ぶにはしっかりしている風にも見えるし、ヤクザと呼ぶには芯がどこか無い気がする。


「おい!お前ら!その子に手を出すな!!!殺すなら俺をやれ!おい!!」


 こんな縛られた状態で言っても無駄なのは分かっている。でも言わずにはいられない。


 1人下っ端のような細身の男が舌打ちをしてこちらに近づき、俺の髪を掴んだ。


 男は「お前に用は無いんだよ。弁護士さん。」と言って強く掴んだ俺の髪を離した。先ほど殴られたからか眩暈が酷い。


 そして黒のスーツを着た男が「こいつには用は無い。タオルでも噛ませておけ」と言った。


 このボスと呼ばれている黒スーツが5人の中で1番立場が上なのだろう。先ほどの細身の男もこの黒スーツには従順だ。


 俺は猿ぐつわを噛ませられ、話すことができなくなった。


 そして黒スーツの男は再び冬梅さんの方に向かった。


 「すみませんね。こんな乱暴な真似をしちゃって。でも1つ簡単なお願いを叶えてくれたら貴方もそこの弁護士さんも解放しますから」と黒スーツは言った。


「こんなの犯罪です!け、警察呼びますよ!」と冬梅さんは震える声で言った。


「怖いよね。おじさん達もこんな乱暴な真似はしたくないんだ。」と黒スーツは言いながら、冬梅さんの髪を耳にかけた。


 そのことで冬梅さんの横顔がわずかに見えた。頬は紅く染まり目には涙が溜まっている。


 怯えている。それはそうだ。俺だって怖い。急に頭を殴られて監禁されたんだ。


「おい女、藤田のガキを寄越せ!」と黒スーツは先程の紳士のような態度から一気に変えて冬梅さんの胸ぐらを掴んだ。


…藤田のガキ?自分には全く知らない言葉が出てきた。


「…ゲホッ。なんのことか分からない…!」と冬梅さんは苦しそうになりながら言った。


「嘘をつくな。イイダが匿っていることも知っているんだよ!!」


イイダ…?誰だ。そいつ。


「流石にこっちもイイダに勝てると思ってねーよ。だからお前に頼んだ。あのガキをさっさと売らなきゃこっちもマズいんだよ」と黒スーツは切羽詰まったような声で言った。


 うわぁすごい唾が飛んでいる。冬梅さん大丈夫かな。というか冬梅さんは何者なんだろう。こんな奴らに狙われて。いかん。そんな呑気に事を考えている場合じゃ無い。今、俺にできることは。


「おい無視かよ。…はっ知ってるんだぞ。藤田のガキ。父親は柊木リョウゴなんだろ」


 は、ひ、柊木。何も自分には関係ないと思っていた話が一気に関係者になった。柊木リョウゴは俺の依頼人だぞ。あいつの子供…?


「今、あのガキを売れば高値で売れるぞ。藤田と柊木の子供だったら顔も良いはずだ。男でも女でも顔が良ければ需要はあるからな。」


 ダメだ情報が多すぎる。いや今はコイツらの話に耳を傾けるんじゃなくて、この状況を抜け出す方法を考えなければ。


 くそ。後ろ手を結束バンドで止められていて動かしようがない。どうすれば良いんだ。


「ガキを寄越せ。お前が頷くまではここから返さねーぞ」


「…」


「怖くて話せないか。ハッ。俺たちは女に痛い思いはさせない。その代わり気持ちいい思いはしてもらおうかな」と黒スーツはニヤニヤしながら言った。


 周りの男も声をあげて笑った。太った男は腰を前後に動かした。


 いつも思う。何故、女は男よりも受ける暴力の種類が多いのだろう。あの時、桜は2歳だった…。それでも陵辱された。姉さん…桜… 。俺はあの時一緒に…。


 その時、ゴキンという音が倉庫に響き渡った。どこから鳴った音なのか、ここにいる全員が分からなかった。いや冬梅を除いて。


「ねぇ…お兄さん達は3流だね。」


「あ?」


「イイダさんだったら、足も結束バンドで縛らせるよ。それに…こんな無駄に広い倉庫は使わない。後ね、捕まえてからすぐ話を聞こうとしちゃダメ。寝かせない、飲ませないのが1番の拷問なんだよ…」


 うふふふふと冬梅さんは笑った。俺は彼女の本性が見たいと思って今日喫茶店で会った。だが、俺みたいな真っ当な道を歩いて生きたきた人間にこの女の本性を暴くことは出来るはずがなかったんだ。



「お灸を据えてあげる❤︎」と冬梅さんは満面の笑みで言った。


 黒スーツは顔を真っ赤にさせ、冬梅さんに殴り掛かろうとした。俺は情けないことに怖くてその瞬間目をつぶってしまった。


 だが、次に目を開けた瞬間には黒スーツが地面に倒れ、冬梅さんはパイプ椅子から立ち上がっていた。


俺はまだ夢の続きを見ているのかと思った。

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