第22話 冬梅と黒瀬弁護士の対決②

今日は示談の話じゃなかったのか…。なんなんだ、この黒瀬という男。私は改めて黒瀬のことを見た。黒のスーツとワックスで固めた黒髪。後は…えとなんだろう。


 印象薄い…この人。まぁイイダさんといい、マシロちゃんといい強烈な人ばっかり見てるからか。


「睡眠薬のトリックを話します」と弁護士の黒瀬は言った。ここでいう黒瀬のトリックは何を指すんだろう。


「あの黒瀬さん、睡眠薬のトリックとはなんの話でしょう…?」


「睡眠薬の入った酒を飲んだ貴方が犯されても意識があったという話ですよ」と黒瀬は言った。


 驚いた。確かに柊木もそれには気づいていた。でもカラクリには気づかなかったはずだ。この弁護士1人で気付いたのか。


「何の話か分からないんですが…」と言って私はインドティーを1口飲んだ。ぬるくなってきている。


「貴方は優秀な被害者すぎるんだよ」と黒瀬弁護士は言った。


「優秀な被害者…酷い…そんな言い方!」


「貴方が押さえた証拠は完璧だ。これだけ証拠があったら警察も検察も万々歳だ。」  


「証拠…」


「あぁそうだ。貴方は被害に遭って丸井と柊木が帰った後に3つのことをした。お巡りさんも関心していたよ。」


 ここは別に私が反論することはない。今は黒瀬の話を聞こう。


「まず一つ、君は部屋の写真をくまなく撮ったこと。ホテルは清掃が入るから犯行現場を残すことができない。君は部屋の隅から隅、なんなら冷蔵庫の中身まで写真を撮っていたそうだね」


「そして二つ目、被害にあった翌日に産婦人科に行ったこと。君はここでアフターピルを処方してもらった。確かに72時間以内にアフターピルを飲めば妊娠する可能性は減るし、そして性行為が行われたということも遠回しに証明できる。」


「そして最後に三つ目、これは俺も驚いた。さっき話した二つは以前の被害者もしていた。だが、ベットのシーツを持って帰るとは思わなかった。柊木は君の下着も含めた服を洗濯し体液は一切残っていなかった。だけど、シーツから丸井と君の体液、柊木の皮脂が確認された。これで性行為があったという事実は証明できる」


 弁護士の黒瀬はニヤニヤしながら言った。テストで100点を取った子供が親から褒められるのを待つように


「ニヤニヤしながら言うと、探偵さん格好がつきませんね」と私が言ったら、黒瀬は急に口を閉じ真顔になった。なんだこの人可愛いな。


黒瀬は軽く咳払いをしてから

「何故、ベットのシーツを持って帰ろうと思ったんだ?」


私は声を振るわせながら言った。

「昔、性犯罪の被害にあった人が、“被害に遭ったら少しでも証拠を残せ”って言っていたんです。だから自分に出来ることは全力でやろうと思ったんです」


「だから君はホテルのフロントに言ってシーツをもらったのか」


「はい。ホテルの方もとても同情してくれて、シーツのお代はいらない、何か他に出来ることはないかと、とても親身になって話を聞いてくれました。」


「ホテル側からもその証言は取れているようだ。お陰で、ますますこの性行為に同意がなかったと証明できたな。」


「そんな言い方やめて下さい」と私はムッと黒瀬弁護士を睨んだ。黒瀬は涼しい顔だ。それはそうだ。今まで何件もの性犯罪加害者を弁護して、不起訴や無罪を勝ち取ってきたんだ。


 「だが…」と言い黒瀬は残っていたコーヒーをグイッと一気に飲んだ。


「事前に睡眠薬を飲んだのは仇となったな」


 あ、バレてる。こいつ凄い黒瀬。下の名前はなんて言うんだろう。私は初めてこの黒瀬という男に興味を持った。


「沈黙は肯定と捉えて良いかな」と柊木は嬉しそうに言った。


「それが弁護士さんが言うことですか?」と私は挑発気味に言った。


「君の体内からは2種類の睡眠薬が検出されたはずだ。まずは柊木が飲ませたデエビゴ。この睡眠薬は水に溶けても青くならない。性犯罪者御用達だ。そしてもう一つ、君が事前に飲んだのはサイレースといった水に溶けたら青くなる睡眠薬だ。」


「何故私が事前に睡眠薬を飲む必要があったんですか?そんな意味のないことする必要ないじゃないですか」


「これは僕の仮説だが…君は柊木と丸井に何をされたか認識しておきたかったんじゃないかな。その2人の行動次第で、次に自分がどう動くか決めたかったんだろう」


 驚いた。今日初めて会った弁護士にここまでバレているだなんて。警察ですら気づかなかったのに。


 そして黒瀬は店員にコーヒのおかわりを新たに注文し“推理”を続けた。


「そう…事前に睡眠薬を摂取。1日半錠を酒と一緒に飲むことを続けていれば効きは悪くなる。1週間くらい前から始めたのかな…。だとしても身体にはかなりダメージだ。何故君はそこまでしたんだ?」


 佐々木刑事から聞いていた黒瀬弁護士は、性犯罪被害者を泣かせ不起訴•無罪にする極悪弁護士。…だけど違う。この人は私と向き合おうとしている。この事件をしっかりと。


メディアや佐々木刑事のように“性犯罪被害者”というレッテルを貼って事件を見るのではなく、


“冬梅”という私個人を見てこの事件と向き合おうとしている。


 私が1番好きなのは対等ー。そう、藤田が最初にしてくれたことだ。


「君は薬学部でも無いのに睡眠薬への知識が深い。被害から4日後に警察へ行ったのも、4日目だったらギリギリ尿検査で薬が出ると分かっていたのだろう。お巡りさんからしたら嬉しかっただろうね。」


「ふふ、ふふふふ。」


「可笑しいところがあるなら反論を聞くよ。冬梅さん」黒瀬は自信満々に言った。


「私は元々不眠症で睡眠薬は半年前から処方されています。今回に合わせて事前に飲んでいたわけでは無いですよ。ふふふ、これは病院に確認したら分かることです。」


黒瀬の顔から笑顔は消え、険しくなった。


「黒瀬さん。それに4日後に警察に行ったのは、被害を申告するのが怖かったからです。なにせ薬のせいで意識が朦朧としていて、何をされたか確信を持てなかった」


「高瀬のレイプビデオで脅されていたんだろう。」


「高瀬さん…?何の話でしょうか?」


「いや、いい。」


「黒瀬さん…。私は示談はしませんよ。柊木を不起訴になんてさせません。冤罪の証明だなんてもっての他です。」と私は怒気を込めて言った。


 黒瀬はこちらを睨み返した。そう、仮に私が事前に睡眠薬を飲んでいたとしても、それを飲み始めたのは半年前で冤罪を証明するものには何も繋がらない。


「そろそろ出ましょうか」と言って私は会計のレジに向かった。


 黒瀬さんが来ないと思って振り返ったら、黒瀬さんはひっくり返した荷物を丁寧にしまっていた。何で荷物ひっくり返したんだこの人。私は少し吹き出してしまった。面白い人だな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 もうすっかり外は暗くなっていた。ホストの宣伝トラックがより輝きと騒音を増して新宿の駅を走っている。上京した時、新宿駅は派手なヤバい人しかいないと思っていたけど、通勤途中のサラリーマンが沢山いることに驚いたっけな。


「あの黒瀬さん…」


「なんでしょうか?」


「ついてこないでもらっても良いですか?」


「冬梅さん、それはダメです。早くお金を受け取って下さい。」


黒瀬は頑なに私に1000円を渡そうとしてきた。


「良いですって。呼び出したのは私ですし。」


「いやそれは示談の話をするためでしたし、そもそも俺は年下に奢られたくない!」


「示談の話全然してないで、1人推理ごっこに勤しんでいたじゃないですか。探偵さん。」


「いや、それは…」


 黒瀬がずっと1000円を持って私に付きまとうから、すれ違う人もクスクス笑いながらこちらを見ている。


『何あれパパ活?揉めてんかなウケる』

『あいつ何?1000円で女の子買おうとしているわけ』


 場所が新宿なだけに、黒瀬と私は訳ありパパ活ペアに見られた。なんだか面白い。黒瀬もやっと周りの視線に気づいたのか顔を真っ赤にした。そしてとうとう1000円をポケットにしまった。


「冬梅さん、ここから歩きなんですか?」


「えぇ。ここから歩いて30分ほどの学生寮です。」


「電車使ったほうが…」


「満員電車、嫌なんですよ。」


「そうですか。でもこの道、暗いから俺でよければ寮まで送りますよ。」と黒瀬は言った。


 断ろと思ったが、このまま黒瀬を1人にしたら、“女の子を1000円で売春しようとして失敗したおじさん”になってしまう。なんだか可哀想だなと思った。  


 仕方なく「じゃあご好意に甘えます」と私は黒瀬に言った。


 私は何をしているんだろう。柊木の弁護士と仲良くしちゃって。


 帰り道、私達は無言で歩いた。


 そして寮までの道のりがあと半分となった時、目の前に黒猫が横切った。


「あ、猫だ!」と私は思わず嬉しそうに言ってしまった。


「猫、お好きなんですか?」と黒瀬は言った。


「あ、えと、まぁ好きです。」


「ふふ、そうですか。俺も猫す…..」

と言いかけた黒瀬が自分の視界から急に消えた。鈍い金属の音とともに。


「え…?」


 私はおそるおそる視線を下に写すと、黒瀬は頭を押さえ地面に倒れ込んでいた。血が出ている。殴られたのか。


「え、ちょっと黒瀬さん!!」と黒瀬の頭を押さえた。そして上を向いた瞬間、男2人組と目が合った。そして、そのうちの1人は金属バットをこちらに向けていた。振りかぶる瞬間だ。


 あーダメだ。これは避けれないや。


 ゴッという音と共に私は意識を失った。

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