第21話 冬梅と黒瀬弁護士の対決① ー見破られたトリックー

冬梅と黒瀬弁護士の対決①見破られたトリック


「冬梅さん…加害者側の…柊木から示談にしないかって…」


 柊木の身元が送検されてから2日経った頃、刑事の佐々木さんに言われた。今日私は被害状況の再現ということで警察署に呼ばれた。


 “再現”と聞いていたから、ダミー人形でも使って当時の状況を具体的に再現させられて写真を撮られると思っていた。


 だが実際は15センチくらいのデッサン人形を机の上に3体置かれただけだった。そして被害当時、柊木と丸井はどういう体勢だったのか、どちら側にいたのか覚えている限りで人形で教えて下さいと言われ、随時それを警察がカメラで撮っていくだけだった。


 後から調べたら、被害者の精神的負担を減らすために最近取り入れられたみたいだった。以前は人間と同じ背丈のダミー人形を使って再現をしていたみたいだ。警察は少しずつ変わっているんだなと感心した。


 だが警察は変わっても、性犯罪者とそれを擁護する世間は変わっていない。


 そしてデッサン人形による“再現”が10分程で終わった後、示談の話を佐々木刑事にされた。


「じ、示談ですか?」


「当事者間の合意、まぁ金銭とかで和解しようってことです…」と佐々木さんは言った。なんだか佐々木さん元気がない。私が示談して柊木が不起訴になるのが嫌なのかな…。それにしても顔に出過ぎだ。まっすぐな人だなこの人は。


「ということは柊木の弁護士から話を聞くってことですよね。」


「はい。そうなります。その弁護士なんですが…

」と佐々木さんは唇を噛み締めた。


 佐々木さん…あからさまに聞いて欲しいという顔。


「どんな弁護士さんなんですか?」と私は聞いた。


「性犯罪弁護のプロなんです。絶対に示談にして不起訴にするんです。そして裁判でも絶対に無罪を勝ち取ります。被害者の心理を掴むというか…。いやあれは脅しに近い…。」


と親でも殺されたのか?と思ってしまうような怒気で佐々木さんは言った。いや、親じゃなくて、過去の被害者に何かあったのだろう…。


絶対に不起訴にする弁護士

被害者の心理を掴む弁護士

絶対に無罪を勝ち取る弁護士



 今回、1番の敵になりそうだな。さぁどんな人なのか。


「一応、連絡先だけもらっておきます…」と私は言って警察署を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

冬梅と黒瀬弁護士の対決①

ー見破られたトリックー




 予想通り冬梅という女は猫を被っている。


 俺はブラックコーヒーを啜りながら冬梅の方を見た。


 冬梅はこちらに怯え、目がキョロキョロと動いている。インドティーが入ったカップを持つ手は震えている。


 それはそうだ。加害者側の弁護士が自分に有利になることを言うはずがない。私は加害者の代弁者だ。その怯えは普通なら当たり前だ。


 普通ならば。


 「冬梅さん、ここの喫茶店は初めてですか?」


 「いえ、一度お友達と来たことがあります…」


 「そうですか…」


 「俺…私はここのお店のカリーが好きで…」


 「あっ…そうなんですね…」


 会話が弾まないのは当たり前だが、10も年下の子となんて何を話せばいいか分からない。あぁ、いけない。また眉間に皺が寄ってきた。


 「黒瀬さん…示談の話ですよね…?」

 冬梅はこちらをチラッと見て、すぐ目を離して言った。


 「そうです。名前を聞くのは嫌だと思いますが柊木が示談をしたいと言っています。」


「示談…ですか…。」と言って冬梅はまた俯いた。


 もどかしい。この女の猫被りが時間の無駄だ。早く本性を見せてほしい。冬梅の目的を早く知りたい。


「早速聞いて申し訳ありませんが示談でどうでしょう?そちらにとって悪い話ではないと思いますが」


 はっきり言ってこの事件は示談にするべきだ。起訴して裁判を望んでいるのは何も関係ない世間とマスコミだ。


 丸井が殺害された今、全てがこの女にかかっている。


「…示談は…お断りしようと思います。」


 この女、金目的じゃないのか。じゃあ何が目的なんだ。世間を賑わすことか。いや違うな。


「理由を聞いても良いですか。」


 冬梅の手は小刻みに震え、その震えを誤魔化すためにぎゅっと手を握った。これももちろん演技だ。


「テレビで私と同じ性犯罪の被害を受けた方が、被害を告発して名前も顔もメディアに出して戦っている姿を見て勇気付けられました。私も示談で逃げずに戦おうと思って…だから、いくらお金を積もうが私は示談なんかしません!!」


 100点満点の解答だった。きっと100人が聞いたら100人が涙を流し彼女に賛同するだろう。もう一周回って面白い。


 睡眠薬を分かって自ら飲んでおいて…この女、頭がいかれている。


 彼女の本性が見たい…


 彼女の本性が…


 いや…本性が見たいなら、俺から本性を見せなきゃいけないのか。


 「冬梅さん、申し訳ありませんが俺のコーヒーカップと貴方のティーカップを持ち上げて下さい。」


「は…?」


「いいから早く。」


 冬梅は恐る恐る俺と自分の2つのカップを持ち上げた。


 そして俺は立ち上がり、隣に置いてあった自分のビジネスバックを取り出し中を開け、ひっくり返した。


 パソコン、手帳、ペンケース、クリアファイル、ティッシュ、封筒、名刺入れ、etc…が机に散らばった。


 冬梅は目を開けて、俺と俺の私物を交互に見ていた。周りの客も俺たちのことを…俺のことを見ていた。


 そして俺は更にジャッケットとズボンのポッケに指を突っ込み、何も入っていないことをアピールして座りこんだ。


 「盗聴はしていません。俺は冬梅さんの目的、本音が知りたいんですよ。」


 冬梅は「は…?」と言った。その顔は性被害者の怯えた顔ではなかった。この顔を見れただけでも俺は嬉しかった。


 「冬梅さん…これ冤罪ですよね。俺は今から睡眠薬のトリックを話します。俺の推理が全て合っていたら柊木と示談して下さい。」


 冬梅は黙り込んで俺の顔を見た。そして俺も冬梅の顔を見た。綺麗な顔立ちだなと思った。


 そして冬梅は俺の言葉を受けクスクス笑った。


 「何がおかしいんですか…」


 「いえ、推理ですか…。ふふ、ふふふ。すみません。さぁ話して下さい。探偵さん貴方の推理を..」


 自分が想像よりも恥ずかしいことを言ってたことに気付かされた。


 「お、俺は弁護士だ。」と情けない返答をした。


 さぁ俺はこの女の本性を見破ることができるだろうか。最先が悪く不安で仕方がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る