第16話 警察と冬梅① 尿検査

さぁ私はお巡りさんを騙し切れるだろうか。


 今まで私は何人もの男を騙して金銭を奪ってきた。もちろん、しくじることは無かった。だが今回の相手は警察だ。そう簡単に上手くいくかな。


 同じ日本で育って同じ教育を受けて同じ場所で生きている。それなのに警察という存在はどこか身構えてしまう。なんだか面白い。いかに自分が社会で生きているかを思い知らされる。


 小さな部屋にグレーの机1つ挟んでパイプ椅子が2つ。机の上にはトイレットペーパーが1つ。このトイレットペーパーは何に使うんだ?


 今、私は警察署にいる。


 「レイプされた」と交番に行ってから、私は警察署の相談室という場所に案内された。相談室にしてはあまりに殺風景で、なんだか自分が犯人側だと錯覚してしまう。パイプ椅子の座り心地もそんなに良くない。

 

 私は常時、涙を流し声を押し殺すようにして泣いた。もちろんこれは演技だ。被害者が涙も流さず鉄仮面で淡々と事件のことを話したら、警察も疑問に思うし、捜査のやる気も失くしてしまう。 


 警察の皆さんには、藤田と高瀬さんをレイプした、Xテレビの柊木リョウゴと人事部長の丸井を逮捕して貰わなければ困る。


 だが、高瀬さんと藤田にはレイプされた証拠がない。高瀬さんは被害から半年が経ってしまい体内に証拠が残っていないし、レイプ動画を撮影されている。藤田はそもそもアメリカだ。


だけど私には…


「すみませんお待たせしました。私は刑事組織犯罪対策課 強行犯捜査係の佐々木です。」


 驚いた。女の人が対応してくれるのか。私は泣くのを抑え佐々木さんの方を見た。


 佐々木さんは高校時代バレー部だったのかと思わせるようなハキハキした声で喋る。背も高い。170はある。30代前半かな。少し疲れて老けているように見える。まぁ警察なんていたら通常の3倍の早さで老化するだろう。だが、目には熱い闘志が籠っていた。


 「冬梅さんですね。交番のお巡りさんからお話しは少し伺っています。ここに来てすぐで申し訳ないのですが冬梅さんには検査をしてもらいます。あの…想像を絶するくらい面倒くさくて、辛いことなのですが頑張りましょうね」と佐々木さんは少し悲しい顔をして言った。


 この人…とてもいい人だ。警察なんて激務で、面倒臭い奴や、ドクズを相手にする辛い仕事なのに、腐らずしっかり被害者に寄り添って任務を果たそうとしている。


 今から私はこんな良い人を騙そうとしているのか…と考えると私の中にあるわずかな良心が痛む。でもこうしなきゃ、柊木と人事部長は葬れないんだよ。この社会から。




 佐々木さんの言った通り検査は面倒臭かった。

まず、警察病院の産婦人科に行って検査。ズボンと下着を脱いで検査台に座らされた。下半身がすっぽんぽんなのは流石に恥ずかしい。先生も男だし。ワンピースを着てくればよかったと死ぬほど後悔した。ここでは怪我の有無や性病の検査をしてもらった。もちろんこれは国のお金だ。


 その後に血液検査をして警察病院での検査が終わった。この病院での検査は佐々木さんが同行してくれた。


 そして私と佐々木さんは再び警察署に戻ってきた。


「冬梅さん、まだ検査があって…」と佐々木さんは申し訳なさそうに言った。良いんだよ。佐々木さん。むしろ私は次の検査を待ち望んでいたんだから。


 「睡眠薬が体内に残っていないか、口腔内と尿検査をします。」


 来た。待っていたよ。私は嫌な顔をしたが、内心はとても歓喜に満ち溢れていた。


 あの日、柊木は勘違いをした。私がトイレで睡眠薬を吐き出したと。


 それは残念ながら違う。私は睡眠薬の入った酒を全て飲みきり吐き出してなんかいない。だって吐き出したら大事な証拠が無くなってしまうじゃないか。ばーか。


 一通り検査が終わり、この日は家に帰ることになった。まだまだ聴き取りは続くようだ。


 私は友人の家に泊まると言って、お巡りさんにイイダさんとヒソカの家まで車で送ってもらった。


 尿検査をした時に、お巡りさんに扉の目の前で見張られ、紙コップに入った尿を検査キットに移す過程を何十枚も写真に撮られた。とイイダさんに話した。


 イイダさんはその話を聞いて手を叩き転げ回って笑った。相変わらずこの人のツボがわからない。ヒソカもベビーベットの隙間から心配そうにイイダさんを見ている。


「あははは!相変わらず警察は被害者の心を折らせるのが好きだね〜!」と笑った。


 確かに、性被害を受けた後に自分の尿を何枚も写真に撮られるのは、普通の人だったら苦しいことだろう。


普通はー。

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