第17話 自殺してレイプだって証明するんだ!冬梅と警察②

柊木リョウゴが逮捕される3日前


 もう絶対に不起訴になんてさせない。


 刑事になってから1番心を折られるのは、どんなに証拠を集めても、どんなに被害者に寄り添っても被疑者が不起訴になることだ。


 証拠不十分。嫌疑不十分。同意があった。ふざけんな。馬鹿野郎。冬梅さんを見ていると1年前のトラウマを思い出す。 


 49歳のダンススクール講師が19歳の少女を強姦した事件。少女は5歳の頃から講師のもとでダンスを教わっていた。ある日ダンスの大会が終わった後、講師が大事な相談ついでに彼女を家まで送るといって車に乗せた。少女は14年もお世話になっている講師の誘いを断れなかった。しかし彼女が連れて行かれた場所は人気の無い、車が一台も通らない場所にあるラブホテルだった。


 「早く親御さんに泊まると連絡しなさい」講師は急かした。彼女は何が起きているのか理解できず親に“友達の家に泊まる”と連絡した。そして講師はそのまま彼女をホテルに連れて行き5時間もの間、性交した。彼女は処女だった。


 家に着いてから、彼女はすぐに親に連絡し、講師は逮捕された。しかし結果は不起訴。腹立たしいにも程がある。


 不同意という証拠がない、証拠不十分だった。最悪なことに講師は性行為している時の動画を録画しており、彼女は性行為中ずっと黙り続けていた。これが仇となった。


 普通なら「助けて」や「やめてください」と言うはずだろうと検察から言われた、と彼女は泣きながら私に伝えた。ネットも終始、被害者を蔑める発言が続いた。


 そして、彼女は自殺した。

自殺する直前、彼女は私に電話をしていた。


「イジメとかもそうじゃん。自殺したらさ、世間が動いてくれる。死んだら認めてくれるよきっと。レイプだって証明してやるんだ!」彼女はとても明るくやる気に満ちた声で言って電話を切った。


 その直後に首を吊って彼女は死んだ。


 だが世間は何も動かなかった。彼女が自殺をしたことすらニュースにならなかった。


 あの時ほど警察を止めようと思ったことはない。



 そして、また同じような被害者に出会った。

冬梅さん。自殺した彼女とほぼ同じ年齢。背もすらっとしていて、とても綺麗な顔立ち。


 私の仕事は冬梅さんをサポートしつつ、証拠を集める。そして加害者を法で裁かせる。そのために逮捕だ。  


 相談室で1人声を噛み殺して泣く冬梅さんに私は缶のココアを渡した。


「絶対に私達が逮捕するから、捜査にご協力宜しくお願いいたします」


 冬梅さんは震えながら静かに頷いた。そして冬梅さんの病院での検査、尿検査、口腔内の検査、写真撮影(冬梅さんの全体写真を撮影)が終わり、私は冬梅さんを友人の家まで送った。


 そして再び署に戻り、未決の書類によくやく手が付いた頃、上司の秋口巡査部長から声をかけられた。秋口さんは私が思い悩んだ時、いつもコーヒーを差し入れしてくれる。


「被害者はどうだ?」


「まだ混乱しているようです」


「そうか、まぁだろうな。よりによって容疑者があの柊木リョウゴだ。この事件…本部が動くかもしれんぞ。」


「そうですか…」


「そんな暗い顔をするなよ佐々木。大丈夫。1年前と今回は違う。」


 1年前…。確かにこの事件は1年前とは違う。今回は睡眠薬が使われた疑いが強い。そうなると性行為は確実に不同意だと証明できる。ただ…。


「被害に遭って4日後じゃあなぁ…」


「…はい」


 冬梅さんは被害に遭ってから4日後に交番を訪れた。体内から睡眠薬が消えている可能性の方が高い。もし尿検査で体内に睡眠薬が検出されなかったら、たとえ逮捕はできても不起訴だ。同意があった性行為と見られて終わり。もう少し早く交番に来てくれたらと思うが、それはこちらの都合だ。


 尿検査の結果が出るのは2日後。これで尿から睡眠薬が出れば柊木は黒だ。すぐに逮捕ができる。そして、もちろん起訴も間違いない。


 秋口は缶コーヒーを飲みながら、

「でもよ。あの冬梅って子なんか怪しくないか?」と言った。


「被害者を蔑むような発言はセカンドレイプです。控えてください」


「いや…俺が言いたいのはそうじゃなくて… 。なんだかお前が求めているような性犯罪被害者だなと思ってさ…」


「何が言いたいんですか?」


「いや…何だろう。凄いダサいことを言うが刑事の勘かな…?。あの女はヤバいってピリピリするんだ。」


「バカなこと言うのはやめて下さい。」


「ははは悪かったよ」と言って秋口さんは帰った。


ヤバい、書類をやらなきゃ、再びパソコンに焦点を合わせた。


ーあの女はヤバい。


冬梅さんが…。そんなバカなことを。


 ただ…冬梅さんが「レイプされた」と泣きながら言った時、自分の中にあった性犯罪者への憎悪感情が一気に昂った。まるで映画の熱血刑事のように。普段、感情の起伏が少ない自分が。


 冬梅さんの目を見た時に、声を聞いた時に、何かが吸い込まれそうになった。


 これは、私自身によって生み出された感情なのか、冬梅さんによって意図的に生み出された感情なのか分からない。


 まぁどちらでも構わない。柊木リョウゴは必ず逮捕してみせる。私は未決の書類にようやく手をつけることができた。

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