第15話 問い詰める イイダが動く②

「ここだと人目がつくから移動しましょう」と言ったのは僕の方からだった。


 このイチガヤという探偵は目立ちすぎる。僕はしっかりマスクと眼鏡をしているが、イチガヤはヒールに黒のスーツ。黒髪おかっぱ。身長は180センチほどある。堀の深い顔立ち。前にウチの番組でドラマの番宣に来たモデルと遜色ない。駅の周りにいる人々も僕達のことを、いやイチガヤを指差している。


 このまま周囲の視線を集め、僕だとバレるのはマズイ。だから個室になれる場所を探した。


 するとイチガヤが「カツオが美味しい個室の店を知っています。そちらはどうですか?」と言った。


 僕は鳥肌が立った。偶然?それとも…?心臓の鼓動が早くなっている。いやでも、この近くですぐに入れる個室の店は僕もあそこしか知らない。僕は「分かりました」と了承し店に向かった。


 やっぱりあの店だった。高瀬や冬梅さん、僕が声をかけてレイプされた女の子達を飲みに連れて行った店だ。個室で掘りごたつの土佐料理屋。

 

 イチガヤも僕もウーロン茶を頼み、食事はカツオのタタキしか頼まなかった。


 ウーロン茶が来て、イチガヤが一口飲んだところで「では先程の話の続きになりますが…」と言って封筒を取り出した。


 先程の話…そうだDNA鑑定。


「すみません。DNA鑑定とはどういうことなのでしょうか。僕にはさっぱり」


「私は奥様から柊木様とそのお子様のDNA鑑定をして欲しいと頼まれ調査いたしました。その結果がこちらの封筒に入っております。」


「は…?」


 言葉が出なかった。何故なら僕には妻も子供もいないからだ。それなのに突然、奥様…DNA…子供…などと予想打にしない言葉を立て続けに言われ反論すら出来なかった。


 疲れた頭で瞬時に考えた結果は1つだった。ドッキリだ。うちの局では最近ドッキリ系のバラエティが流行っている。こんな趣味が悪いものといったら深夜の方のドッキリバラエティだろうか。タイトルは「独身でも『子供とDNA鑑定しました』と言われたら超びびる件」ってとこだろう。探偵も駆け出しの俳優だとしたら納得がいく。このイチガヤという探偵は、顔立ちが一般人の域をはるかに超えている。番組としては僕が慌てふためく画を求めているのだろう。しかし、慌てるのは視聴者の好感度が落ちる。相手の話を真面目に聞きつつ、やんわり優しく否定するのが模範解答だな。


 いざそう考えると、もうそれにしか思えなくなってきた。どこか少し面白い気持ちになった。このイチギヤさんは必死にDNA鑑定の説明をするのだろう。ADからも何度も説明を受けて打ち合わせをして練習を重ねたのだろう。そう考えると少し微笑ましくなる。この気持ちは逆ドッキリを仕掛ける気持ちに近しい気がする。


 イチガヤは咳払いをし「柊木さん聞いていますか?」と言った。いけない。つい色々と考えてしまった


「あぁすみません。もう一度お願いします。」



「ここはレイプする女を連れてくるのに丁度いいのか柊木」


「……は?」


 僕が予想している言葉とは全く違うものが返ってきた。レイプ?…。女?…。僕の胸の動悸は再び早くなった。ドッキリじゃないのかコレは。


それよりもコイツ…。なんで知っている…。この店でレイプという言葉を聞いて僕は眩暈がした。


「その貴方は何者ですか?」


「水道橋探偵事務…」


「嘘をつくな!!」


しまった。声を荒げてしまった。こんな所がSNSにでも拡散…。はっ…コイツまさかこの会話を録音しているんじゃないだろうな。


 僕の犯行を全て知っている以上、この会話が録音されていてもおかしくない。僕がべらべら犯行のことを喋ったら、あっちの思うツボだ。週刊誌に売られでもしたら、警察に行かれでもしたら、一貫の終わりだ。


 最近のお仕事ドラマでよくある、「録音した音声はこれだ!」と対立する上司にボイスレコーダーの音声を聴かせるシーンー思い出した。ドラマを見ていた時は、べらべら喋るんじゃねえよ、脚本家ももっと他に敵を成敗する方法思いつかなかったのかよとイライラした。だが、いざ自分がやられている可能性があると思うとゾッとする。記録に残されるとはこんなにも危険なのか。


 ということは僕に残された方法は一つ。帰るだ。何も話さない。この場から速やかに消えること。僕は急いでコートを取り荷物をまとめた。イチガヤは下手に僕を引き留める言葉は言わずに


「君と藤田との間の子供の名前はヒソカというんだ。私はお父さんに会えて嬉しいよ。罪を償ったら会いにおいで」


と優しく悲しい顔で言った。それは寛大に子を生かす母性とも、力強く家族を守る父性のようにも感じた。


 僕はイチガヤの言葉に返答せず個室の襖を開け店の廊下を出た。イチガヤは追ってこなかった。エレベーターをボタンを押したが、なかなか来なかったので非常階段で店を出た。


 階段を一つ一つ駆け足で降りていくなかで、イチガヤの言葉を何度も思い出した。


ーレイプ、DNA鑑定、依頼、奥様、子供、探偵、水道橋、個室、女、

どの言葉も僕の足取りを重たくさせる言葉達だった。身に覚えのあるものが多すぎる。


しかし、この一つの言葉に勝るものはない。


藤田ー


 アイツの口からこの名前を聞いた瞬間、僕は胃に入っていたものを全て拒絶したくなるほどだった。


 思い出したくもない。僕を初めて欲望に負けさせた女。そうかーあの女は子供を産んだのか。まさか妊娠をしているなんて全く考えなかった。


 駅に着き切符を買い電車に乗った。そしてコンビニに寄りウォッカを買った。どうせ今日は寝れない。明日は仕事を休むと会社に伝えた。相方の木高アナには申し訳ないが、働く気が到底湧かない。今日は精神科で処方された睡眠薬とウォッカで眠りにつこう。


 自宅のマンションのエントランスに入ろうとした瞬間、後ろから肩を叩かれた。まさかイチガヤ…振り向くのを躊躇った。


「柊木リョウゴだな」

この声はイチガヤのような性別不詳の声ではなく、完全な男の声だった。力強い体育会系の声。


僕はゆっくり後ろを振り返った。

そこには屈強な身体をして防刃ベストを着用した男5人組がいた。


僕の額から汗が止まらなかった。


「警察だ。柊木リョウゴ、強制性交の容疑で逮捕する。署まで来い。」


 僕はあの日買ったウォッカを2度と飲むことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る