第13話 人権と言う名の人質
予想だにしない言葉が聞こえたような気がした。え、今あいつなんて言った?
柊木は「狸寝入りはやめてください」と言って私の肩をさすった。私は頑なに目を閉じ続けた。
寝たふりしてるのバレている…。なんで…?
「どういうことなんですか全く。あなた睡眠薬を全部飲み干していましたよね」と柊木は私をさするのをやめて、深くため息をついた。
「大体の子は半目になったり意識が混濁して喘いだりします。それなのに貴方は涼しい顔して声も上げない。部長はご発情されててお気づきじゃなかったが」
そうなのか。もっと入念に調べておけば良かった。今更後悔しても遅い。というか、それよりも柊木の“ご発情されてて”の一言がツボに入りそう…。やばい、私は笑いを必死にこらえた。
柊木はフッと笑って「僕たちを陥れるために酔ったフリをしたんですね。倒れる直前にトイレに行ってたのは吐き出していたのか…話は高瀬さんから聞けば納得が行く…」とぶつぶつ言った。
まぁまぁ御名答だよ柊木。
「薬が途中で切れたのは1人いたが…」と柊木はぼそっと呟いた。
ベッドがギシッと音を立てた。柊木は座る体制を変えたようだ。「取引ですよ冬梅さん」と柊木は独り言を続けた。
「僕は高瀬さんがレイプされている動画を所持しています。もし貴方が警察に行ったら、その動画を素人アダルトサイトにばら撒きます。」
なっー。このゲス野郎。いやどこかでそんな気はしていた。レイプをするやつは動画や写真を撮る。後で見返すため。コレクションするため。そして脅し道具に使うため。
「僕が1番困るのは、貴方がこのままその身体で警察に行くことなんですよ。貴方の身体、服に僕たちのDNAが付いていますからね」
柊木はベッドから立ち上がり冷蔵庫を開けた。
「別に警察に行く分には構いませんよ。2日待っていただけるなら。その頃には貴方の体からすっかり証拠は無くなっている。仮にホテルに行ったことを追求されても、酔って歩けないほどだったから仕方なくと言えば不起訴。まぁ私はフリーアナウンサーにでもなって復帰しますよ。あなたはハニトラ女って世間から叩かれることになるでしょう。まぁ事実ですし。むしろ、こんなゴミみたいなテレビ局をやめれて良かった。」
と柊木は一息で言って、冷蔵庫に入っていたと思われるペットボトルの飲み物をグビグビと飲んだ。
「まぁそんなこと言わなくても、貴方は高瀬さんのハメ撮りが全世界で流れるのは嫌でしょう。警察に行った時点で動画は流しますが…。高瀬さんは望むかな」
柊木はクックックと笑って「3日間は貴方の周囲に人を張らせます。高瀬さんを素人AV女優としてデビューさせるかは冬梅さん次第です」
と言ってベッドから離れた。ガサガサという音がする。身支度をしているのだろう。
そして柊木は一度部屋を出て5分後にまた戻ってきた。そして私に向かって何かを投げつけた。
「冬梅さんの服洗濯して乾燥させておきましたから、これで部長の体液は完全に消えましたね」と言って、私が眠るベッドに入り私のことを抱きしめた。
「お友達の為に何時間もレイプされる道を選んだんですね。貴方は恐ろしい人だ。でも、そのお友達に足を掬われましたね」と言って柊木は私の額にキスをして部屋を後にした。
柊木が家を出て1時間ほどしてから目を開け、洗面台に向かった。そして鏡に映る自分を見つめた。人事部長に平手打ちを何度もされたため、顔が赤く腫れ上がっている。口も少し切れていた。そして口元のリップは唇の形から大きく外れ崩れていた。
今から20時間くらい前、インターンシップ最終日の朝、つまり柊木にホテルに連れていかれる当日の朝。私は高瀬さんの家に寄って高瀬さんに会っていた。
「インターンシップ最終日で気合い入れたいから化粧をして欲しい」と高瀬さんに頼んだ。高瀬さんはとてもお化粧が上手で、大学でよく私の化粧をしてくれた。
高瀬さんはすんなり了承してくれた。化粧品も高瀬さんお気に入りの物を貸してくれた。下地、コンシーラー、フェイスパウダー、アイシャドウ、アイライン、チークと流れるような手付きでメイクをしてくれた。
そして「最後にリップだね!」と高瀬さんは言って化粧ポーチを漁ろうとした。そんな高瀬さんに私は「リップは使いたいのがある」と言った。
「お気に入りがあるの?あの冬梅が?」
私は頷き、ポケットからリップを取り出した。
それは藤田とエッチした日、藤田が私に置いていったリップ。
「これは自分でつける」と高瀬さんに言って、手鏡を使って慎重に塗った。
「それくれたの冬梅の好きな人?」と高瀬さんはニヤニヤしながら聞いた。私は藤田のことを思い出しながら静かに頷いた。
鏡で改めて血とリップが混ざった自分の唇を見つめる。
「私いまが1番美人だね」
と言って鏡にそっとキスをした。
そして服を着て私はホテルを後にした。
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この町はとても平和だ。日本で1位2位を争う所得が高い人々が住んでいる町だからだろうか。皆、最低限の常識はきちんと待ち合わせている。
この交番に配属をされてから交番勤務への嫌悪感が少なくなった。むしろ、この仕事にやりがいすら感じるようになった。
さて所長が戻ってきたらパトロールだ。それまでに書類を終わらせるかと指をポキポキ鳴らした。
その時、交番に1人の少女が「すみません…」と小さな声で言って入ってきた。
高校生…いや大学生くらいだろうか。とても怯えている。すっぴんで地味な見た目をしているが、顔の骨格やパーツの1つ1つはとても綺麗で、つい見惚れてしまった。しまった。いけない、いけない。
「どうされましたか?」と少女に聞いた。
少女は涙ぐみながら「レイプされました」と震える小さな声で被害を告白した。
その姿は今にも消えてしまいそうな儚く弱い美しい何かだった。
僕は急いで管轄の署に電話を入れた。
「もうすぐ刑事さんがここに迎えに来てくれるから安心してください」と僕は言った。あ、そういえば彼女の名前を聞いていなかった。
「すいませんお名前を聞いてもよろしいですか?」
少女は俯いていた顔をゆっくりと上げ、「冬に成る梅で冬梅です」と少しはにかみながら言った。
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