第9話 レイプ被害を楽しそうに話す彼女について

昔どこかのジャーナリストが言った。


「性犯罪被害者は笑わない」と。


ジャーナリストのくせに、その“笑顔”の裏は追い求めないんだなと当時は不思議に思った。





高瀬さんの家は一軒家だった。東京の一軒家ってどれくらいするんだろう?わからない。北海道だったら1LDKで3万円だけど、全然計算の仕方が分からない。今は学生寮だしな。


「入って。今は両親いないから」と高瀬さんに部屋を案内された。


白を基調とした家で綺麗だった。高瀬さんの部屋は少し散らかっていた。といっても本来収納されてあった物がそのまま置いてあったというレベルだけど。


「そこに座って良いよ」と言われて、高瀬さんの学習椅子に座った。「おぉよい座り心地」と言ったら高瀬さんに「初めて椅子の感想言う人に出会った」と言って高瀬さんはベットの上に座った。


私は「ハイこれ」と言って、ペットボトルのお茶を出した。


高瀬さんは「わざわざありがとう。下に行ってお茶の用意してなくて済んだ。なにこのお茶?」と聞いた。


私は「小野茶っていう山口県のお茶。飲んだら“風が吹くよ”」と言った。これは本当。私も初めて飲んだ時は驚いた。とても上品で爽やかな味なのだ。今までで飲んできた緑茶の中で1番美味しかった。そして飲んだ瞬間に風が吹いた。この風は心が洗われた証拠なのだという話を高瀬さんに熱弁した。


高瀬さんは「本当かな〜」と苦笑いしながら小野茶を一口飲んだ。私はそのタイミングと同時に高瀬さんに向けて“ふっ”と息を吹きかけた。「風なんて来ないよ」と言わせたくなかったから。


「あぁ!やめてよ!てか冬梅カレー臭い!!せっかく風が吹きそうだったのに!!」


「え、まじ!?しまったわ」

と私は言った。やらなきゃよかった。


高瀬さんは手を叩いて笑った。笑いの沸点が低い子なのだ。去年アナウンス演習で一緒のグループになった時もこんな感じだった。


高瀬さんはひとしきり笑った後に


「Xテレビのインターンだよね。聞きたいことは。」と言った。


「そう。インターンシップに行こうと思って。」


高瀬さんは、ふぅっと息を吐いて

「少し長くなるけど話して良い?あ、結論ファーストで言うと行っちゃダメだよってことなんだけど」と高瀬さんは言った。


「良いよ。私の時間はいくらでもある」


こうして高瀬さんのXテレビ局のインターンシップの話が始まった。


「最初は普通のインターンシップだったよ。ニュースで使う記事を実際に書いてみたり、あぁいざ記事を書いてみると結構日本語間違えてたんだよ私。あー他にも取材に同行したり、後自分の好きなものを5分間で伝えて講評を貰ったりしたな」


「よく聞くテレビ局のインターンシップの内容だね」


「そう。まぁインターン自体は普通に終わったよ。良い評価ももらった。まぁその後が問題なの。」


「冬梅はさ、柊木リョウゴって知ってる?」


待ってた。その名前。藤田をレイプして子供を孕ませたゲス野郎。


「うん…まぁテレビで見るくらいには。」


私がそう答えた後、高瀬さんは少し沈黙を置いて「私…その人にさ」と言いかけて笑顔になった。


やめて。笑わなくていいのに。


「その人にさ…私レイプされちゃったんだよね!


高瀬さんは笑い話のように、飲み会で鉄板のエピソードトークを話す時のように楽しい口調で言った。“性犯罪被害者は笑わない”と言ったジャーナリストをぶん殴りたいと思った。いや、そういう発言をする社会を作った、この国の大人達をぶん殴りたい。


「そっか…」と私は言った。


高瀬さんは、間を置きたくなかったのか間髪入れずに当時の状況を話した。


「いや私が悪いんだけどさ。インターンシップ終わった後に柊木アナウンサーから声がかかってね、飲みに行かないかって」


「2人きりで?」


「そう。でしょ私が悪いんだ。でも柊木さん、凄い誠実な人だと思ったし、インターン中も何度もお世話になったからさ」


「いやそういうつもりで言ったんじゃ」。私のバカ。ここからの発言は一つ一つ慎重にいかなきゃいけないのに。これ以上高瀬さんに被害を与えちゃいけない。


「個室の綺麗な土佐料理の店で食べたの。カツオのタタキと日本酒がとても美味しかった。その時は全然意識があったんだけど。」


「ということは2件目で?」


「そう」


「バーに行ったの凄いオシャレな。そこで私意識無くなっちゃった。」


「結構飲んだの?」


「いや私結構お酒が強い方だから、酔い潰れる経験初めてで」


レイプドラッグが頭に浮かんだ。医者に処方してもらう睡眠薬。


「ちなみになに飲んだの?」

「1杯目のパナマでそれっきり」


パナマか、パナマはラムとカカオリキュール、生クリームが入っている白濁した酒だ。サイレースとかの睡眠薬は水に溶かしたら青くなるけど、白濁したパナマが青かったらまず飲まない。いやそもそもパナマでも青くなるのか。それにデエビゴだったら水ですら青くならない。


 イイダさんに教えてもらった睡眠薬の知識を思い出していたら、「あ、続きいいかな?」と高瀬さんが言った。「ごめんお願い」と私は焦って言った。


「まぁここからは特に話すことないんだけど、記憶が朧げで」


高瀬さんはまだ必死に作り笑いをしていた。


「うん。無理に話さなくても」


「朝起きたら身体が全部痛くてさ、筋肉痛と..性器の方はピリピリする感じで凄く痛くて。あ、ホテルにいたんだけど、私以外誰もいなくて」


「うん」


「下触ったら…なんかカピカピしたのと、ち……」


高瀬さんの作り笑いがようやく崩れた。


 私は椅子から立ち上がって「もう笑わなくて良いよ」と言って高瀬さんを抱きしめた。高瀬さんの頬から涙が何粒も何粒もこぼれた。壊れたロボットみたいだった。


「ごめん。泣かないようにしようと思ったの。うわぁごめんごめん…うぅっごめんなさい」


「きっと私、酔った勢いでエッチしたいとか言っちゃたのかな。だってなんにも覚えてないんだもん。友達からは羨ましいって言われちゃったよ。あは、あははは。」


「大丈夫、大丈夫だよ」


「冬梅、私、私ね、……処女だったの。彼氏とも怖くて別れちゃった。もう嫌だよ全部嫌だ!もう死にたいよぉ!!」


わあぁぁん!と高瀬さんは子供みたいに大きく声を上げて泣いた。


これ以上、高瀬さんから話を聞くことは無理だ。きっと警察には言っていないし、証拠もシャワーを浴びた今となってはゼロだろう。そしてなにより不同意だと証明できない。


私は高瀬さんを強く抱きしめた。


殺す。殺す。柊木リョウゴを絶対に殺す。




5年前の記憶がひしひしと蘇ってくる。


冬のすすきの は頭の先から爪の先まで冷える。どんなに歓楽街と言われようとも、結局自然の力で私達はただのか弱い人間になる。肩を上げて口を一文字にして意識を殺して外をひたすら歩く。冬のすすきの は歓楽街らしさを失う。そんな中でイイダさんはすすきの の歓楽街にふさわしい化粧と立ち姿でこの街に堂々と立っていた。


ー「フユウメ、君の仕事はね。レイプ犯を地獄に落とすことだよ。なぁに簡単さ。君と豚野郎が性交している写真を撮って、それを脅して金を巻き上げるんだ。闇金に借金もさせる。利子地獄にも追い込むんだ。そしてその金を被害者に渡す。」


ー「法がレイプ野郎どもを裁けないなら、私達は少しでも被害者達がこれからの人生を少しでも生きやすくするために、金を稼いで、奴らを地獄に落とそうじゃないか」


イダさんの赤く染まった頬と白い息がとても綺麗だった。おかっぱヘアについている白い雪も芸術的だった。私はこの顔に何度も見惚れている。


ー「イダさん、私は」



高瀬さんはひとしきり泣いて落ち着いた後、再び2時間くらい話をしてくれた。彼氏のこと。親友のこと。親のこと。産婦人科のこと。大学のカウンセラーのこと。就職支援センターのこと。


どれも高瀬さんを傷つけるセカンドレイプが行われていた。


「高瀬さん話してくれてありがとう。思い出して精神的にとっても負担のかかることだったよね。私はいつでも貴方の味方だから。」


「いつだって私は風を吹かせるから」


「どういうこと?」


「でも最後は高瀬さん自身の決定で人生を生きていかなきゃいけないからね。」


そう言って私は高瀬さんの家を後にした。



ー2週間後、Xテレビからインターンシップ通過の知らせが来た。


レイプ犯、柊木リョウゴと顔を合わせるまで1週間となった。

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