第40話 君と違って(最上星雫)

「…なるほど、話は分かった。お前たちは大丈夫なんだな?特に最上」


 竜堂先生の確認に頷いてから、少しアレ?と思う。


「私は何も無いですよ…?」

「…天霧で寝込むなら、お前にも何か有りそうだと思ったんだが」

「天霧ほど人付き合いに慣れてない訳ではありませんし…。そうじゃなくても、そこまで繊細じゃありません」


 その、寝込んでいる天霧のお陰で色々と吹っ切れたから。


「そう言うなら、今は天霧の心配だけしておくとしよう」

「本人には学校も楽しいって思える気持ちはあるので、そんなに深刻に考えなくても元気になるとは思います」

「…それにしても、同級生の女子二人に看病されるなんて…前世でどれだけ善行積んだんだ…」


(…何その男子の同級生みたいな視点…)


 謎に悔しがっている先生を放置して、弥生さんと共に職員室を後にする。


 教室に向かう途中、ぼそっと弥生さんが呟いた。


「今日どうしよっかな」

「昨日ほど酷くないだろうから大丈夫でしょ。一応朝見てきた時は寝てたけど、熱はなさそうだったから私も今日は行かないつもり」

「…てことは鍵空いてないか…ざんねん……」


 とそこまでつぶやいてから、私の肩をひしっと掴んできた。


「待って、寝顔見てきたってこと?」

「は?それは…まあ…。別に初めてでも…」

「写真無い?」

「ある訳が無いでしょ…」


 ある。

 寝顔だけじゃなくて、普段から気付かれない様にこっそりと彼の色んな姿を写真に収めている。

 ノートパソコンに向かって真剣な表情をしている時や、キッチンで包丁を使っている時、味見をしている時。


 寝る前にその日撮った写真を見返してる時間がは至福の一時と言って差し支えはない。


「…あ、じゃあ磯谷君の写真は?」

「本当に小さい頃のツーショットとかなら、実家にはあるかも………。いや、ウチのは捨てられてるかな。磯谷家あっちにはあると思う」

「捨てられてる?」

「うちの姉が、大和のこと大好きだから。私が大和と居るのが本当に嫌みたい。写真なんて残してないと思う」


 だから離れていた、というのも無い訳では無い。

 皆、私と大和がお似合いだなんて言うけど、私から見たらお姉ちゃんとの方がよほどお似合いだと思うし、両親もそう思っているだろう。


「…星雫ちゃんのお姉さんってどんな人なの?」

「双子の姉。私と違ってちゃんと日本人らしい黒髪で、私と違って背が高くてスタイルが良くて、私と違って性格がいいから友達が多くて、私と違って…」

「もういいよ、もういい。主語以外に頭に入ってこないって」

「…あ、それと…。私と違ってずっと大和に優しくされてたな…」


 と口にした所で丁度、教室から出てきた大和が目の前に来ていた。若干後悔をしたような表情を浮かべて、ふらふらと男子トイレに入って行った。


「…星雫ちゃん、余計なこと言ったね……」

「別に構わないけど」

「幼馴染みに冷たいなぁ…普通に考えて、周りの誰と比べても格好良くて優しい幼馴染みが居るなんて憧れる人多いでしょ」

「…寧ろ私は大分優しい方だと思うよ。信頼してた人に裏切られたのを、謝られただけで許してるんだから」

「でも、根に持ってるよね」

「別に」


 謝られた時に気持ちが揺らがなかったら、今頃とっくに天霧とは名前を呼び合えていたかも知れない…とか思ってはいる。

 もう二ヶ月ほど、毎日の様に同じ部屋で食事を共にするくらいの関係値なのにどうして未だに名字で呼び合ってるのか自分でもよく分かってない。


 今のままだと天霧の方から距離を縮めてくる事はまず無いんだろう。

 同じ穴のムジナとか、傷の舐め合いをしている隣人、程度にしか思われてないのかも知れない。


 それもこれも大和が来なければもっと早く解決していたんだろうと思うと、根に持ちたくもなる。


「…ねえ、今度星雫ちゃんのお姉さんにも会いに行って良い?」

「私が会いたくない」

「え〜…もうすぐゴールデンウィークだよ?九連休だよ?実家帰ったりしようよ〜…」


(……ゴールデンウィーク…?九連休……?)


「…天霧と九連休…」

「ねえ、ちょっとくらい実家か私達に興味持とうよ?なんで天霧君一択なの?」

「選択する余地が無い。大和の家に行く体なら会えるかもね。お姉ちゃんには嫌われるだろうけど」

「えぇ……それじゃダメじゃん…」

「別にうちの姉とどうにかなりたいわけじゃ無いんでしょ」


 チラッと時計を見て、まだ竜堂先生が来る時間ではない事を確認。

 学級日誌を開いて必要事項を記載していくを


「…そもそも弥生さんにとっては、私と天霧がどうなろうと関係ないでしょ」

「関係あるよ〜…。私は天霧君に恋する乙女だから」


 パチッと音を立ててシャープペンシルの芯が折れた。


「……昨日冗談で言ってたんじゃなくて?」

「一応、冗談のつもりだったんだよ?私本音では天霧君に嫌われてるだろうな〜って思ってたから。でも昨日ちょっと話したらさ…」


 彼女の話を要約すると、私を置いて天霧の部屋で話した時に「君のお陰でクラスに馴染めてるから、嫌いなんかじゃなくて寧ろ感謝してる」的な事を言われたらしい。


「熱出して弱ってる美少年にそんな事言われちゃったら流石にキュンと来るよね」

「…天霧にそんな意識欠片もなさそうだけど」

「私も無いと思う。でも付け入る隙は寧ろそこだよね…。経験ないなら主導権取れるから…」

「あ、もう本気なんだ……」


(…私は大和のことどうにかしないと、天霧に気持ち向けるなんて難し……。いや…?私大和の告白一回断ってるんだから別に良いのかな)


 それはそれで若干モヤモヤする。

 どうしてかと言うと、形はどうあれやっぱり幼馴染大和の事を本気で引き離す事が出来ない優柔不断な自分のせいだろう。

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