第39話 気怠げな時間に寂しさを覚える(天霧柊)

(………体…重いな…)


 昨夜ほどの熱はないが、弥生さんの言うように欠席にしてもらった。

 最近一人で居る時間が激減したせいか、家に一人で居ると若干の寂しさを覚える。


(……いや、若干じゃないな。普通に寂しい)


 とくに人と話す予定がないというのは、少し前の自分ならごく当たり前の事。

 寧ろ、人と話すのは少し遠ざけていたくらいだ。目立たない存在に徹して、出来るだけ視線を受けない様に生活していた。


 心では色々吹っ切れたつもりでも、中々上手くはいかない様だが。


 看病してくれる女の子が二人居るあたり、かなり進歩してる様にも思う。

 やってくれたのはほぼ弥生さんだけど、あの人が何を考えて行動してるのかはやっぱりよく分からない。


 良心にしては、流石に人の家庭に深入りし過ぎなんじゃないかとも思う。

 二人の会話を少しだけ聞いて事を思い出す。


(……ウチにネグレクトなんて無い…よな)


 あまり目をかけられなかった事実はあるかも知れないが、それだけだ。蔑ろにされた覚えはない。


 確かに父さんは兄に付きっきりだったし、母さんは琴葉に傾倒していたとも思う。

 おかしな事ではないと思っている。跡継ぎの長男に注力することも、連れ子より実子を優先する事も。


 家族なんだから皆平等に、なんて綺麗事は思っていてもそう簡単に出来ることじゃない。誰だって好き嫌いはあるだろう。親が子を区別、差別するな…なんて言うだけなら簡単だ。


 俺は寧ろ、区別された方が良い部類の子供だったと思う。


 それに、以前がどうであれ少なくとも今は最上と弥生さんに助けられたお陰もあって、小中学校とは全く別の学校生活が出来ている訳だから今になって過ぎたことに口を挟んで欲しくはない。


(…口を挟ませる様な事になってる俺が悪いのか)


 誰を思って行動してるかなんて、明白なんだから。


 少し昨夜の弥生さんとの会話を思い出す。


『一応聞くんだけど、天霧君って彼女居た事ある?』

『一応って言っちゃってんじゃん、聞かなくても分かるでしょ』

『…じゃあさ、その…私と…』


 話の流れからして、次に続く言葉は「付き合ってみない?」とかそんなところだろう。


 果たして望月ミサに恋人が居て良いのかはさておき、彼女がなんで突然そんな事を言い出したのかが少し気になる。


 彼氏が欲しいだけなら、わざわざ体調不良で寝込んでる俺に言う必要は無い。

 同業者が嫌だとするなら、スキャンダルとか面倒なのだろうと予想はつくが。


 やっぱり、考えれば考えるほど、あえて俺に言う理由がある様には思えなかった。

 つまりは深い理由は無い。


 となると、何となく気になった…という程度だろうか。

 最上というトンデモ美少女と仲が良くて、友達付き合いでストレス感じてて、変な髪色をしてる男子。気になる特徴だけならいくらでもある。


(……恋人か、考えた事無かったな…)


 自分が誰かに気に入られる日が来るなんて思っていなかった。

 変な奴だとか気持ち悪いって言われて来た記憶ばかりだから。


(…最上が彼女だったら、人生楽しいんだろうな…。まあ最上には磯谷君が居るし、関係ない………)


 ………と、そこまで考えて少しこの一、二ヶ月の事を思い出す。

 その時間の殆どが最上と過ごした日々。


 キスまでは行ってないだけで、意外と恋人みたいな事は普通にやってる気がする。

 そもそも半同棲みたいな生活してるし、距離感もかなり近い。

 最上の髪をかしたり、膝枕したり。

 そもそも日頃から最上はくっついて座ってくるし、当たり前のように寄り掛かって来る。


「…距離感ほぼ恋人だよな…」


 布団に潜って、何となく呟いた。


 自分からそういう距離感に向かって行った記憶は無い。いつの間にか最上に懐に入られていた様な気がする。


 クールに見えてちょっと甘えて来たり、若干独占欲があったりする部分も見え隠れしてるのは分かっていたが、よくよく考えてみるとかなりスキンシップが激しい様な。


(…俺よく普段あんな距離感で話してるな…?最上が自然体だから気にならないけど…)


 ということは最上はある程度心を許した相手には大体あんな感じなのだろうか。


(学校では結構ツンツンしていた記憶があるから、もしかして俺にだけ…とか)


 流石にそれは自分に都合良く考え過ぎな気もする。最上がこの部屋も自宅に感じているから自然体に生活できているだけなんじゃないだろうか。


 いっそ本人に聞くのが一番早いだろうけれど、流石にそんな勇気はない。

 なんて聞けば良いのか分からないし、返答次第で気まずい空気になりそうな気がしないでもない。


(試しに、体調不良にかまけて俺の方から甘えてみるか……?)


 反応次第では今後の距離感を多少掴めるかも知れない。やってみる価値はあるが、それに気不味くなるリスクに対してのリターンがよく分からない。


「…そもそも俺が最上とどうなりたいのか、だよな」


 別に恋人である必要はない気がする。

 最上に彼氏ができた、と聞いたらきっとモヤモヤするだろうけど、簡単に割り切って「良かったね」と心から祝福できるとは思う。

 それに合わせて以降の付き合い方も変えられるだろう、良くも悪くも普通の学友、隣人として接するようになる気がする。

 その線引きができない人間のつもりはないから。


 感情としては「ちょっとだけ嫌だ」という程度の軽く嫉妬は生まれると思う。


 逆はどうだろう。例えば俺に恋人が出来た時、最上がどんな反応をするのか。


 正直なところ全く想像がつかない。涼しい顔をして聞き流していそうな印象がある。


(……あぁ、でも琴葉が来た時はちょっと揉めてたな…。知り合いの部屋に知らない奴が入って行くのを見たら不安になるとかって)


 琴葉は納得していたが、俺にはどうもあまりに過剰な反応、過剰な行動に見えた。

 なにより、彼女らしくない行動、反応に感じたのだ。

 となると、だ。


(……案外、自分が帰る居場所…くらいには思われてんのかな)


 そうだったら、流石に嬉しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る