第38話 言葉のオモテウラ(最上星雫、弥生紗良)

 一時は楽になったと言っていたが、その後も天霧の体調不良は続いた。

 薬を飲んでというより、ちょっと寝たから楽になった様に感じていただけかも知れない。


 弥生さんいわく、ストレスというか心因性の発熱の殆どは体の何処にも炎症等が起こらないから病院に行って検査を受けても異常がないといわれたり、解熱薬を飲んでも効かなかったりする事が多いらしい。


 流石にストレスの多いであろう芸能界に居るだけあって、その辺りの知識は豊富らしい。


 それはそうと、弥生さんは頬を緩ませて洗い物をしていた。


「新鮮だなぁ、天然物の美形男子は」

「養殖ばっかりみたいな言い方」

「いやあそこまで言うつもりはないよ?テレビに映る以上はメイクってしっかりしないと映りが悪くなるから。でもね、メイクも加工も全く無しで、至近距離で顔を見ても綺麗な男の子ってこの年代じゃ中々居ないんだよ。特に思春期って性別関係なく肌荒れとか大変だからね〜」


 言われてみるとそうなのかも知れない。

 何故ここまで饒舌なのかはさておいて、今のところは芸能生活よりも高校生活を優先している彼女の気持ちがより高校生活側に傾きつつあるのは疑いようもない。


「磯谷君も良いけどね〜…まあ星雫ちゃんの本命にはあんまり近づき過ぎないからね」

「…わざとらしい事言ってるけど、別に大和は…」

「んー…口ではそういうけどさ、天霧君と磯谷君相手では態度が全然違うじゃん?やっぱり純粋に好意向けて来られるとそうなるよね〜」


 ハンカチで手を拭いて、座椅子に腰を下ろした弥生さんは少し真剣な表情に変わった。


「ちょっと前に磯谷君本人から相談されてるんだよね、『前にやったことは許されるなんて思ってないけど、それでも星雫と居たいんだ…』みたいな話までされてさ〜いや、流石に嫉妬ものだよね」

「…あいつ…」


 相談する相手はどうにかならなかったんだろうか。

 そもそもそんな事は他人に語る事じゃない。


「彼の事は真剣に考えてあげなよ。どうしても今の星雫ちゃんは、自分には天霧君が居るから…みたいに考えて、磯谷君のこと見ないようにしてる感じがするよ」


 天霧を言い訳に使って大和の事を見ていない、そう言われても否定はし切れない。


「そりゃあイジメってのは謝って済む問題ではないよ?」

「別に引きずってない」

「それがあったから天霧と会えたんだもんね〜。その当時のことがどうでもよくなるくらい良い出会いだよね〜」

「言い方うざい…」

「でもね、当てつけとかやり返しに見えなくもないよ。『私は天霧と幸せにしてるけど、大和は傍から見てるだけしかできないよね』って」

「私はそんな事…」

「思ってないとは思うよ?事情を知ってるとそう見えるし、磯谷君からもそう見えてるだろうな〜ってだけの話」


 だからよく考えてみなよ、とそれだけ言って弥生さんは天霧の様子を見に行った。



 ◆◆◆



 天霧君の部屋に入ると、彼はすぐに体を起こそうとした。


「あ、寝てて良いよ〜。様子を見に来ただけだから。やっぱり熱下がんないかな」

「……帰ってなかったのか…」

「…んー…さっきより熱上がってきた?体調良くても明日は学校休んだ方が良いよ」

「…熱下がらなかったらそうするけど…」

「下がっても、少しでも体調良くないって感じたら止めておきなよ」


 ストレスはどうあっても帳消しにするのは困難なものだから、過度にならない程度には欠席するのも一つの手だろう。


「明日先生には一応話しておくから、今日の事」

「…世話かけて悪い」

「やりたくてやってるんだから、気にしないで」

「……俺に良い顔したって意味ないだろ」


 そんなつもりじゃないんだけど、前に行った事と少しだけ矛盾が起こるから口には出さない。

 人の心なんて簡単に移り変わるんだから、矛盾するのは案外当たり前の事だったりするけれど。


「意味はあるよ〜。天霧君からの好感度アップとか。今最底辺くらいな気が…」

「…別に、低くないんだけど」


(え……あれ?低くないの…?)


 私は今日まで天霧君に好かれる様な事をした記憶はない。むしろ、嫌われててもおかしくないと思っていた。

 わざわざ視線集めながら話しかけたのを筆頭に、普段から隣の席に人を集めて天霧君にも会話が行く様にしているくらいだ。


 彼がストレスを溜めて体調を崩したのは七割くらい自分が原因だと思ったから、こうして看病を買って出た。

 いつもの八方美人を発動してるように見えてるのかも知れないけれど、私は結構罪悪感で行動していたつもりだ。


「…初めてだよ、クラスメイトに趣味の話とかしたの」


 それはただクラスメイトに趣味の話をして来なかっただけなのか、話をする相手は居ても異常な趣味だからできなかっただけなのか、単に話しをする相手が居なかったのか。


「…なにその表情?」

「それは…。どういう意味で……?」

「…ん?クラスメイトってグループワーク以外に話して来なかったから…?」


 小学校ではそれも無かったけど…と呟いたのは聞かなかった事にしておく。


「…行事は…?……修学旅行とか行ったら嫌でも普通の話しない?グループ行動とか、部屋で…」

「班作れなくて担任と回ったけど…。部屋も」


(えっ、そんな事あるんだ。修学旅行ってそこまで勉強に特化した行事だったっけ…。級友のと交流がどうとか説明された記憶があるよ?)


「…そうやってきたから、クラスメイトと何も無い時間に話すって経験なかったんだけど…。弥生さんが居ると、皆抵抗なく話しかけてくれるからさ…」


 ある程度予想していたとは言え、彼が学校で人と話をすることに慣れてないのは事実のようだ。

 当の本人はそれを苦痛に思ってる訳では無いようで、むしろ機会がある事には感謝しているらしい。

 本人の感情とは別に、視線が苦手だったり精神的な負担であることに変わりはない様だが。


「一応聞くんだけど、天霧君って彼女居た事ある?」


 恐る恐る聞くと、美少年は可愛らしく苦笑いを見せた。


「一応って言っちゃってんじゃん、聞かなくても分かるでしょ」

「…じゃあさ、その…私と…」


 言葉の途中、突然バタンと背後のドアが開いた。


「…弥生さん、親御さんから電話」

「えっ、あ、ありがと。そろそろ帰らないと」


 星雫ちゃんがそう言ってコール音が鳴っている私のスマホを手渡してくれた。


(………あっぶな、口滑らせる所だった…)


 電話に出ながらそんな事を思った。

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