第37話 薄味の微笑、濃いめの苦笑い

 天霧には優秀なお兄さんと、あの妹…琴葉さんが居る。


 どちらも勉強や運動、それ以外の部分もやらないだけで出来る事が多いらしい。


 天霧も似たような才能がある様にも見えるが、二人とは決定的な違いがあった。


 琴葉さんは少しイジメられてた経験があるそうだが、良くも悪くも味方が居た。

 つまりは、周囲と関わり、友人を作る事はあったということ。

 お兄さんがどうかは分からないが、少なくとも琴葉さんと天霧が口を揃えて優秀だと言うのだから相当な物なのだと思う。


「そっ…か、自分よりも明らかに優秀な兄妹が居るから自分は下にいる存在だって思っちゃうわけか」

「……しかも、家にも学校にも味方になる人が居ない状態で侮蔑されてきた」

「色々劣悪な状態が重なっちゃったのと、本人がそれを受け入れちゃってるからか〜…」

「家族から他人みたいに扱われて来たのに、家族を大切にする優しい性格だから。……そんな環境に居たのに、なんであんな性格に育ったかな…。もう少し捻くれる物じゃない?」

「性根がそこなんじゃないかな。根本的な心の持ち方として、人に優しくって部分が根付いてる様な感じ。言われた事を疑わずに素直に咀嚼して飲み込んじゃうタイプ」


 それが悪いと言うつもりは無いし、何でもかんでも疑うよりは良いかも知れない。

 ただ、絶望的に環境と噛み合ってないだけだろう。


 琴葉さんの話を聞くに、顔を見るなり悪態を付くような状況であっても、自分に非があると見なして受け入れるくらいの性格と自己評価なわけだ。


 もっと言ってしまえば、あの公園で私に話しかけたのだって「何となく寂しそうに見えたから」という曖昧ながら分かりやすい優しさから来たものだ。


 今になって気付いたが、きっとあの公園にもう一人でも誰かの視線があったら、話しかけてくる事は無かったくらいの脆弱な意思だったのだろう。


 それだって、弥生さんの言う「無理してる」行動な訳だから。


「……ちょっと、優しいとか言う次元じゃないかもね…」

「ね、一つ聞きたいんだけどさ」

「…なに?」

「天霧君って性欲とかあるの?」

「…は?なに急に」

「単純に、ストレス発散とかしてないのかなって。普通はさ、普段から自分の部屋に可愛い女の子が居たら良くも悪くも気になるでしょ、色々と」


 天霧相手に、そんな話になった事なんて一度も無いから分からないが…少なくとも私に対して彼がそう言う思いを抱いている様には見えた事がない。


「…私に劣情を持ってる様な姿は見たこと無いし、まずストレスを表に出してる所を見た記憶が無い」

「……ほら、あの…なに?抜いてる形跡とかさ」

「無い」

「………全く?」

「全く。寝室も普通に出入りさせてもらえるし、スマホは画面ロックすらかかってない」

「…過食とかは?」

「天霧はあんまり量食べれないみたい。作り過ぎてパックにしまう事も結構あるし、一応栄養とかにも気を使ってるし」

「……過眠とか…」

「基本的に規則正しい生活してる。休みの日とかでも。朝起きるのに目覚まし要らないって言ってたのちょっと羨ましいって思うくらい」

「ほんっとに欠点無いね!なんで!?」


 そう、本当に欠点らしい欠点は見当たらない。

 なんなら、私が生理で体調を崩していたりすると、私が何か言った訳でも無いのにさり気なく気を使ってくれたり、体に優しい食事を用意してくれたり。


 あの性格で、女子の中でもそこそこ扱いが難しいタイプだろう妹さんのこともあるから、女性に対しての知識や気遣いのやり方を分かっていることも不思議ではないし。


「…家族から他人みたいに扱われてたから、全部自分一人で出来るようになった結果、じゃない…?」


 そんな結論に行き着いてしまい、顔を見合わせるなり同じタイミングでため息をこぼした。


「ネグレクトをハイスペックで解決してるの駄目だよ…。そういうのは第三者の介入が無いと」

「第三者は天霧の味方しないんだって…」

「環境が悪循環過ぎる…」

「…なんでも出来るのは良い事だけど、人間って根本的に単独行動が得意な生き物じゃないんだよねー…」


 それはその通りだと思う。

 カタカタっと音を立てて、背後のドアが開いた。


 少し怠そうに目を細めている天霧が眼鏡をかけ直しながらキッチンに入った。


「天霧、どうかした?寝れないの?」

「…いや、ちょっと」


 欲しいものあったらスマホか何かで呼べば良いのに。


「…あ、あの…天霧君。夜食べたいものとかある?」

「ん……?」


 一瞬答えようとして、なんで弥生さんが一緒に来たのかを視線で聞いてくる。


「…私が料理とか苦手だから、私の所に遊びに来るついでに、天霧にも夜ご飯作りに来たんだって」

「えっと……。ありがとう…?」

「…へ、いや、ふへへ…」


(…キモッ…!?何その反応!!?)


「……?」


 おかしな反応には口を出さず天霧もよく分からないと言った様子で、氷枕を持って部屋に戻ろうとした。


「あ…えっと、何食べたいかな?」

「んー…」


 天霧は少し悩んでから、少し頬を緩めて微笑んだ。


「喉痛いとかは無いから、弥生さんが得意なやつ食べてみたいかな…」


 小さく笑って、彼は部屋に戻った。

 それを見送ったあと、弥生さんはすくっと立ち上がった。


「ちょっと買い物行ってくる」

「…流石に早いでしょ」

「近い内に天霧君に告白しても二つ返事で頷かれる位に胃袋掴んでおかないと」

「……告白する予定無いのに?」

「今後できる気がする」


 真剣な顔でそんな事を言い出した。


「…望月ミサに彼氏居ていいの?」

「逆に、高校行きながらモデルやってるのに彼氏の一人も居た事無いって中々だと思う」

「彼氏欲しいの?」

「私ね、なんとなく天霧君になら尽くせる気がする」


 その前に私が貰って置くべきだろうか。

 琴葉さんにも、天霧のことを頼まれている。


「ところで天霧君の好物とか分かる?」

「ココア以外は知らない。あとはコーヒー飲めないって言ってたのと、海鮮は好きだけど魚卵にアレルギーがあるってくらい」

「結構知ってる!」

「3月の後半から毎日のように部屋行き来してたら、それくらい話すでしょ」

「なんでそれで肉体関係無いの……」


(…天霧が女の子に手を出せる精神状態なわけ無いでしょ…)

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