第36話 自分の見方、他人の視線(最上星雫)

「それ合鍵?」

「…見れば分かるでしょ…」


 玄関先から天霧の事は確認できないので、寝室に居るのだろう。


「…お邪魔しまーす…。おっ、部屋綺麗だ」

「潔癖ではないけど、綺麗好きらしいよ」

「普段も清潔感あるよね〜まつ毛長いし目キラキラしてるしそもそも顔良すぎるし」

「……本人にその自覚が欠片もないから少し問題だけど」

「あれちょっと重症だよね…」

「仕方ない事ではあるから。育った環境に何言っても意味ないし」


 環境のせいなのかな…なんて呟く弥生さんは放っておき、天霧の寝室に入る。


「入るよ」


 言いながらドアを開けると、上半身裸の天霧がタンスと向き合っていた。


「…えっ…?」

「「…あっ」」


 どうやら着替えていた様だ。顔色は良くないが少し余裕はあるのだろうか。

 取り敢えずドアは閉めると、その奥から「おかえり」とだけ返事が帰って来た。


「……天霧君って鍛えてるのかな、結構筋肉質っぽい」

「少し体弱いから、日頃から運動するようにはしてるみたいだけど」

「身長はそんなでもないんだよね、細身だし」


 確かに寄りかかっていると安心感がある。

 少し話していると、着換え終わった天霧がドアを開けた…その時。


「くふっ…」


 急に弥生さんが謎の鳴き声と共にしゃがみ込んだ。


「え?なに急に」

「…あれ、弥生さんも来てたの…?」

「まあ。それより天霧体調は?」

「熱は下がってないけど、薬飲んでちょっと寝たからさっきよりは楽かな」

「熱下がってないならまだ寝てなよ。これ、取り敢えず飲み物とゼリー」

「あぁ、うん、ありがと…。あの、弥生さん…?」

「放っといて、何か知らないけど悶えてるから」

「……?」


 一旦天霧を部屋に押し込んで、しゃがみ込んでる弥生さんに声を掛ける。


「…で、なに急に?」

「……眼鏡かけてると破壊力やばいね…」

「眼鏡…?あぁ、そっか」

「…見慣れてる感じ?」

「初めて会った時から眼鏡だったかな。似合うとは思うけどファッションでやってるわけじゃないし」

「……正直、私フェチなんだよね」


 普段から大人しい天霧だが、眼鏡をかけているとより大人びた雰囲気になるので、そういう嗜好なのであれば興奮するのも致し方ないのかも知れない。


「…そっか〜…天霧君は眼鏡男子だったか…」

「……眼鏡ってそんなに大事な要素?」

「大事だよ、言っちゃえば一つのギャップな訳だから」

「…前から思ってたけど弥生さんってかなり面食い…」

「私はね、内面を見てくれない男に興味ないとか言ってる女の子が一番嫌いだから。誰だってね、見た目がいい相手じゃないと内面まで知りたいなんて思わないでしょ?」


(…それを私に言うかな…。先に内面に惹かれて天霧と関わるようになったんだけど)


 それでも彼の立ち振る舞いに嫌悪感は無かったから、確かに外見というのはとても大事な要素なんだとは思う。


 ずっと天霧の部屋の前で騒ぐのも迷惑だろうから居間に行った。

 それでも弥生さんの話は続いた。


「それに、結構合理的だと思うよ?」

「…面食いが?」

「だってさ、私って可愛いじゃん」

「そう言われると認めたくはないけど、うん」

「そこそこに顔がいい人ってさ、大抵の場合褒められて育つんだよね。影響力があったり、人が集まったりするわけ」

「…うん」

「そうなると、自然と精神的な余裕のある人に成長していくものなんだよ。例えば成績が悪くても運動が苦手でも、人に頼る事ができるし、逆に頼られる内に能力も付くと。…因みにこれはほぼ実体験だし、多分磯谷君とかも同じタイプだよね。やっぱり誰だって余裕を持ってる人のほうが良いもんね」


 大和は確かにその通りかも知れない。

 元々多方面に才能はあったが、チヤホヤされ過ぎて色々と疎かになった。

 そこで周りの人達の力を借りて、私と同じ高校に受験してきた訳だから。


(…私以外の事では、心の余裕はあるんだろうし、あながち間違いでも無いかも知れない…)


「病み系の相手が好きって人も居るとは思うけど、本当に病んでる相手と居ると、ふとした時に滅入るからね…」

「…それも実体験?」

「お仕事がお仕事だから、偶に居るんだ。あとホストに依存した先輩とか」

「それ、心の余裕とかなの?」

「勿論そうだよ?依存の原因って、言っちゃえばコンプレックスの一つなわけだしさ。良い理由から依存することって滅多に無いでしょ?そもそもコンプレックスが何かって、自分の悪い部分からなる感情とか思考なわけだから」


 少し前にする天霧が、私に依存しそうだとか言っていたけれど、それも近いものだった気がする。


(自分を理解してくれる数少ない相手、コンプレックスを認めてくれる人…)


 一人できればまたもう一人と、案外見つかる物。

 そうなれば、天霧にとって私という存在が特別な物ではなくなっていく気がした。

 決して悪い事ではない、それは分かっているが。


(…独占欲ってこういう事を言うんだろうな…)


「…弥生さんから見て、学校で見るここ二週間くらいの天霧はどんな風に映った?」

「えっ、うーん…そうだね、無理してるな〜…と」

「……学校で?」

「というか、私達のせいだと思うけど。今日体調崩したのも多分ストレスとかだと思うよ、てかほぼ間違いなく」


 思っているよりもクラスには馴染めているイメージだったが、どうもそうじゃないんだろうか。


「気のせいじゃなかったら…天霧君って多分、学校とかの集団行動でマトモな生活送って来なかったんじゃないかな。学校で日常会話をするって状況に慣れてなさ過ぎるもん」

「…小学校では六年間丸々イジメられて、中学校では髪と目の色隠して…殆ど一人で居たらしいけど」

「……今日、保健室行くときに言われたんだ。『…八方美人だろうと上手く出来る奴は良いよな』って。多分、当たり障り無い関係を作ろうとして、上手くいかなかったじゃないかなー…」


 決して人付き合いが下手なわけじゃないと思う。苦手だったり慣れてないだけで。


「…自己評価とか、自己肯定感とかそういうのがいくらなんでも低すぎんのよ〜。前に何気なく言ってたけど、入試ほぼ満点だったんでしょ?健康のために運動してて、料理上手で普段から家事をしてて綺麗好きで…って、普通に考えたらハイスペックなの分かるでしょ。イジメられてたにしてもどこか卑屈過ぎるというか…」


 自分を低く見る理由、私は自分よりも優秀な姉が居たから自分の事を客観視する様になった。


「…兄妹…」

「えっ?天霧君って兄妹居るの?」

「……兄妹が原因…かも」

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