第三章 一学期編
第35話 夢心地から目覚めても夢(天霧柊、弥生紗良)
(…なんか今日、ずっと体が重いな…。だからと言って前と違って火の粉がかかる訳じゃないから良いけど…)
学校休んだらそれはそれで次の日罵声を浴びせられるなんて事も無い。
それを平穏と言って良い物なのかは分からないが、一応…高校に入学してから平穏に半月が経過した。
琴葉は実家に帰ったが、最上達との事があって以降は殆ど口を聞いてもらえなかった。
一体何が悪かったのか、それが分からないのが悪いんだろうな。
それはそうと学校での生活はなにかと良好だった。
一番大きいのは弥生紗良の存在。
彼女がクラスの空気を明るくしてくれたり、以前に皆の見てる前で話をしたお陰か、俺の外見について何か言ってくる人は居なかった。
正直本当に感謝しているけど、彼女は偶にシリアスな話を始める。
そうなると、俺には少し理解し難い話をしてくれるので最上と樋口さんが止めに入る。
(……てか、結局こうなんのか…)
俺の…ではなく、磯谷君の席の周りに集まる女性陣の中に最上も弥生さんも樋口さんも入っている。
なんか俺はついでみたいになってるけど、傍から見れば俺も同じグループで話してる奴に見えるだろう。
(…にしても、磯谷君…。よく女の子四、五人相手にして普通にさばけるよな…。一対一でもどもるぞこっちは)
俺の場合は男が相手だろうと関係なくどもるのだが。
逆を言うと、そんな俺の性格がクラスにも浸透してきた。
それに応じて、似たような暗い性格のクラスメイトとの交友関係がほんの少し広がったり。
「………自分を見直す…か」
今現在も隣で上品に笑ってる弥生さん。
以前に彼女に言われた言葉は正直あまりピンと来てない。
少なくとも俺は、自分に降り掛かった不都合な出来事を他人のせいにしたつもりは無いから。
ぼんやりと弥生さんの事を見ていたら、不意に目が合った。
(……すぐに目をそらされたから自意識過剰なだけか…?)
それはどうでも良いとして、彼女いわく俺は自分のことを客観視できてないらしい。
つまりは第三者から俺がどう思われる存在なのか、というところを自分で分かってないと。
(今まで言われてきた事を素直に受け取ってるだけのつもりなんだけどな…)
昼休みもそろそろ終わり、生徒たちが教室に戻って来る頃になる。
授業の用意しないと、なんて思って立ち上がった時少しふらついた。
「…磯谷君。俺…保健室行くから…先生来たら言っておいて」
「えっ?おう、良いけど…どうした?」
「…ちょっと熱っぽい」
それだけ言って教室を出ると、すぐに弥生さんが横に並んで手を添えて来た。
「付き添うよ」
「…別にそこまで酷い訳じゃ…」
「いいから、ほら」
こういう人の行動をなんて言うんだったか。
以前に自分のことを八方美人だとか言っていた。
誰にでも当たり障りなく接する事で万人受けしやすいようにとかなんとか。
「……弥生さんってさ」
「うん、なに?」
「…『鼻につく』とか、そんな感じのこと言われた事…ある?」
「えっ…。どうだろ、ない…かな?多分思われてはいるかも、私の話し方とか態度を鬱陶しいって思ってる人も結構居るんじゃないかな」
「…俺はハッキリ言われた事ある…。それで話し方変えたし、人と話す事に抵抗持つようになってさ…」
何となく、小学生から中学生になる前後の頃に、周りとの関係を当たり障りの無いものにしようとして見事に失敗した時の事を思い出した。
「……八方美人だろうと上手く出来る奴は良いよな」
「あっ…」
そんな嫌味を吐いてから、保健室の前で弥生さんの手を払った。
保健室には養護教諭が居たので対応してもらった。
どうやら三十八度近い熱があったようで、しばらくベッドを借りて横になった。
◆◆◆
彼の去り際に言われた言葉が頭を離れないまま時間が過ぎた。
放課後になっても天霧君は教室に戻って来ることはなかった。
「天霧は早退だって。保健室行った後すぐ帰ったみたい」
「えっ、結構酷かったのか」
「らしいね」
いつの間にやら天霧君から連絡が来たらしい。それはそうと…
「…星雫ちゃん、天霧君の連絡先知ってたの?」
「家…というか、アパート隣の部屋」
「えっ…?初耳だよそれ!」
「弥生さんには言ってないし。大和と樋口さんは知ってるから」
思わず二人に目を向けると、二人共平然と頷いて話を聞いていた。
「えぇ〜…なんでそんな面白い事教えてくれなかったかな」
「言ったら『遊びに行きたい!』とか言い出すでしょ」
「そりゃ言うよ!」
「紗良ちゃん、今日は駄目だよ?柊君の隣の部屋で騒いだりしちゃ駄目だからね」
「いや私天霧の部屋に居るから」
「「「えっ…」」」
ごく自然に口走ったせいか、本人は私達の反応を見てからやっと自分の言葉に気付いたらしい。
「………病人一人で放っとくわけにもいかないでしょ」
「絶対に違うよな、今のはどう聞いても普段から当たり前に同じ部屋に居る言い方だったろ!」
「なに、もしかして普段から二人で同じ部屋に居るの!?」
声を張った美幸ちゃんから少し遠ざかりながら疲れたように答えた。
「声が大きい、うるさい。別に私が普段誰の所に居ようが関係ないでしょ」
つまりはいつも一緒に居るということで、認めるようだ。
大和君からすればあまり良い気持ちでは無いだろう、誰がどう見ても彼にとって星雫ちゃんは好きな人だから。
好きな人が別の男と毎日同じ部屋に居るなんて状況は、直視しがたいだろうに。
せっかくだからもう少し聞きたい。
「ほぼ同棲してるってこと?」
「…天霧の前でそれ言える?」
「えっと、天霧君がナチュラルに否定して星雫ちゃんが微妙に傷付く未来は見える」
「……普段からご飯作って貰ってるだけ。私、料理得意じゃないから」
「…料理か…」
(あ、磯谷君もしかして料理練習する気かな。これだけ思って貰えるんだからいいよね〜…。普通にこの二人は付き合えば良いのに)
「…私もう帰るから。天霧のこと見ないとだし」
「あ、私も行くよ」
さり気なく言ったつもりが普通にバレた。
「はあ…?話聞いてたの?」
「聞いてたよ、星雫ちゃん料理苦手なんでしょ?私が病人食作ってあげようかなって。私料理系バラエティーの準レギュラーやってるんだからね?」
「………来たいだけでしょ」
「うん」
星雫ちゃんは呆れ顔で大きなため息を吐いて「勝手にしたら」と面倒臭そうに呟いた。
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