第34話 藪をつついて蛇を出す(最上星雫)

 翌日、天霧の部屋には寄らずにアパートを出て高校に向かった。


 本当なら朝ご飯は一緒に頂くつもりだったけれど、何となく顔を合わせられる心持ちじゃ無かったから昨日の夜の内に琴葉さんに伝えるように頼んでおいた。


 教室に着くと、私と似たような気持ちだったのかどうやら一つ前の電車で早めに来ていた大和が席でソワソワしていた。


 教室には他に誰もおらず、校内にも先生は数人しか居ない。


「星雫!随分はやいな」

「人の事言えないでしょ」

「なんかソワソワしてあんま寝れなかったし…てか、昨日のあの後何話したんだ?」

「天霧とはほとんど話してない。妹の琴葉さんと、雑談というか…。お互いの事でちょっと意見交換しただけ」

「意見交換?そっか」


 教室に人が増えるまで、天霧の昔の話を少しだけ大和に共有した。

 一応、他人の昔の話を広めるような性格ではないと分かっているから話せる。

 流石に家族間のことや少し深い部分の話は控えたが。


「……なんか俺にダメージ入るなその話」

「心当たりでもあった?」

「…あんまり軽くごめんとか言いたくないんだけど、本当にごめんって…」

「別に怒ってない。天霧のことはイジメないでよ」

「やんねえって…!」


 そんな大和の反応に満足して席に戻る頃には、教室のほとんどの席が埋まっていた。

 だが、天霧ともう一人がまだ来てない。


(…確か樋口美幸さんだっけ)


 なんて思っていたら、その樋口さんと笑顔で話す天霧を廊下に見つけた。

 一体なんの関わりがあってそうなったのかは分からない。

 ただ、学校で天霧と話すのは周囲がざわめく気がするからできないが…。


(…なんであの人…。てか天霧何やってんの?)


 思わず席に戻って遠くの二人の声に聞き耳を立てる。


「ね、お昼も話せる?」

「…ん?うん、大丈夫だけど…」

「放課後は?用あったりする?」

「いや、ない…けど」

「じゃあ寄り道しようよ、放課後デートみたいな」

「デートって…そんな気軽な物なの?」

「いいでしょ、私達の仲なんだし」


 明らかに昨日よりもテンションの高い樋口さんと、それに押し負けている天霧の姿。

 どうやら大和も気付いたようで、話しかけるべきか迷っている様だ。


 ふと、何処に行っていたのか知らないが面倒な乱入者が戻って来た。


「あっ!そこのお二人さん!親睦会参加しないで仲良ししてたの!?」


(…弥生さん…なんで今なの?そしてなんで普通に話しかけてんの?同級生だからおかしくはないけど、それこそ親睦会参加してないんだから放っとけば良いのに…)


「……弥生さん…?あ、えっとそれは普通に違う…けど。昨日は用事あって帰っただけで…」

「うん。それにとは前から知り合いってだけで…」


(……は?柊…君?前から知り合い…?いや、天霧のそんな話聞いたこと無いし、そんな相手居たらあんなに曇った顔してないでしょ…?何を言ってるのあの女)


「あ、そうなんだ。じゃあそれよりさ、私も天霧君と話したかったんだよ〜」

「…えっ、俺と?なにか用事でもあった…?」

「ううん、用事じゃな…くない。用事あった、連絡先交換しようよ、美幸ちゃんも、グループ入ってないでしょ?」

「あぁ、そういう話」

「………美幸ちゃん……?」

「あれ、嫌だった?」

「大丈夫だけど…」


 とても自然に連絡先を手に入れて、当たり前のようにクラスからハブる事なく、そして偏見もなく接していく。

 性格的にも自分には難しい事に感じるから、こうしてごく自然にやってのけるのは、ある種の才能に思う。


 なんなら、クラスメイト全員が聞こえる声量で普通に話してるから、そんな状態が当然の事に見える。


「ね、ね、昨日から気になってたんだけどさ」

「えっ…ちょっ、それ」


 遮ろうとした樋口さんを気にする様子もなく、誰がどう見てもどう考えても見え見えの地雷を踏み抜きに行った。


「天霧君の髪ってなんで白いの?」


 私は思わず頭を抱えそうになったが天霧は案外普通に…というか、それ以前に弥生さんのテンションについていけて無いまま答えた。


「あ、生まれ付き…」

「やっぱり生まれ付きなんだ!天然白メッシュとか良いよね〜アニメキャラっぽい。しかもオッドアイでしょ?天霧君って美形だからめっちゃ映えるよね!」

「えっ…?いや、割とキモいって言われて来たけど…」

「あれ、そうなの?その人達センス無いな〜」


 引き攣った苦笑いを浮かべる天霧を見て、少しムッとした弥生さんは一歩後ろに下がって天霧の眼の前に仁王立ちすると、顔の前に人差し指を立てた。


「んー…いいかい天霧君、そこそこ売れてるモデルやってる、私が一つの教訓を授けよう」

「…何そのキャラ…?」

「美幸ちゃん、私これから良い事言うからちょっと静かに」

「え、ごめん」


 こほん、と小さく咳払いをすると、先程までとは打って変わって驚くほど真剣な口調の透き通った声色が教室に響いた。


「人って言うのは、目に見える容姿とか立ち振る舞いでその人の内面の殆どが分かるの」


 誰が言ったか、人は見た目が九割だと。

 ただ整っただけの顔に惹かれるか、立ち振る舞いに惹かれるかはまた別物だが。


「例えば私は、小さい頃からそういうお仕事をしてるから、万人受けしやすいように、いわゆる八方美人的な振る舞いをする事が多かったの。勿論そういう意識をして生活してたから、何も無い普通の時間に気を抜いていた時もあったよ?きついな〜って思いながら。でも、時間が経つとその内にそれが当たり前になるの、意識しなくても行動できるようになる」


 つまりは、人生の積み重ねによって出来上がったその人の一つの姿、人格とも言える物にあたると。

 それが弥生さんにとっての「八方美人」という分かりやすい性格の例だと。


「…で、天霧君にそれを当て嵌めると……すっごい歪なんだよね。見た目に反して温厚で外交的な性格なのに、。自己肯定感とか自己評価が低くて目が合わない。それなのに人見知りはしないしコミュニケーションにも問題はない。私が“わざと視線を集めた”事にもすぐに気付いたし頭も良い」

「…………何が言いたいの?」

「んっとね、自分のことを客観的に見られない人は損をしやすいって言いたいの。普通の人は内面を改めるとそれが見た目に反映されていく物なんだけど、天霧君の場合は逆。能力はあるし立ち振る舞いに問題は無いのに、心がそれに追い付いてない。周囲からの認識との相違を生みやすいから、誤解や勘違いをされやすい。それってすごく損するでしょ、実際そうなって来たんだと思うよ」


 言い得て妙ではある……が、しかし、言われてる本人は微妙な顔で全くピンと来てない様子。


「あ、初めて話すのに説教みたいなこと言っちゃってごめんね?」

「えっ…と、それは別に良いんだけど…。あの、言って伝わるか分かんないんだけどさ」

「えっ、うん。なに?」


 天霧の表情に気付いた弥生さんも「これちょっとやぶ蛇っぽいな〜…」と苦笑いを浮かべた。


「能力あったら俺、ここに居ないんだよね…」


 天霧にとっては家族関係が良くなればそれだけで、一人暮らしする理由がなくなるから。

 そうできるだけの能力がなかったから、彼は今一人暮らししながら学校に通うことになっている。

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