第33話 兄と妹、他人と妹(最上星雫)

「…睨まないで下さい、別に恋人になりたいとか思ってる訳ではありませんから。だから言ったじゃ無いですか、言い方は悪いって…。ただ一番分かりやすくて近い感情を言い表しただけです」


 どうやら嫉妬の念が顔に出てしまったらしい。

 一番近い感情を好きとか、惚れてるとか、自分には勿体無い、みたいな吐き出し方をするというのは相当な気もするが。


「…あなたにとっては他人事ですから、聞き流すだけで良いんですけど…」


 琴葉さんは特に表情を変えることもなく、話を続けた。


「……私、双子で産まれてるんです。ちゃんと血の繋がった双子の兄が居ました」

「………過去形なんだ」

「そうです。父と一緒に亡くしました」

「…事故とか…?」

「はい、交通事故で。父が兄を連れて出掛けていた時に…。高速道路で逆走してきた車と正面衝突したそうです。実際に見たわけではありませんし、あまり印象深く記憶に残ってるわけでもありませんが、少なくとも父の方は原型を留めることも無く即死だったそうで」


(……天霧は産まれてすぐに母親亡くしたって言ってたっけ…)


「母の再婚も、私が小さかったからという事と、自身の仕事のキャリアを捨てたく無かったからという理由だそうで。今のお父さんと同じ考えだったから再婚に至ったようです。柊とは別に、歳上で優秀な兄も居ますから、都合は良かった様ですし。今の両親も旅行に行くくらいには仲良しですから、そこに私が何か言うつもりは無いから、それは良いんです」


 天霧が居た時とは違い、饒舌に言葉を紡ぎ、眉にシワを寄せたような表情は全く見せずに穏やかな雰囲気のまま話は進む。


「でも、小さい頃は…柊の事をどうしても敵視というか、警戒心を持って接してしまってたんです。その、成り代わろうとしてる様に見えて、嫌だったので」

「…天霧に、その昔の兄妹の事って…」

「話してませんよ。お父さんとお兄ちゃんは知ってますが、柊にだけは誰も言ってません…」


(知れば天霧は思い詰めるだろうな…。昔は仲良くなろうとしてたって言ってたし)


 そのお兄さんに、成り代わろうとしてる様に見えてしまった事と、仲良くなろうとした事が噛み合わなかったのは仕方のない事だったのかも知れない。

 それでも、天霧は昔の自分の行動を悔やむだろうと容易に想像がつく。


「時々、お母さんも柊に強く当たる時がありました。された本人は気付いてないかも知れないけど、お母さんはそれで酷く落ち込んでる時があったりしました」

「…その、兄妹の事があったから…?」

「それと、同じくらい大きい理由が二つ」


 一つは嫌でも予想がつく事。


「言葉を選ばずに言うと、柊の外見のせいです。はっきり言って、柊を除いた家族関係はとても良好ですから」

「…本人には聞いてないんだけど、天霧ってご家族に似てるの?」

「柊の顔立ちは母親似だそうです。眼はともかく髪色は母系遺伝らしいですからそれも。ついでに言うとお父さんとお兄ちゃんは顔も仕草もそっくりです」


(………辛い…。何なのこの話、誰も悪くないのに悪循環が起こってるような家庭というか…)


「酷い話だとは思いますが、客観的には家族の中で一人だけ赤の他人が紛れ込んでる様にも見えるんですよ。一人だけ何もかも似てないし、それでいていじめられる程度には、世間的にも浮いた外見ですから」


 自分と似た境遇で、共感できたから隣に立ちたいと考えるようになった。

 でも同じ当事者でも別の人から別の角度で話を聞くと見え方も変わってくる物だった。


「……そりゃ、自殺を考えもするか…」

「…えっ……?」


 学校では浮いた存在としてイジメられ、家族と居るとまるで他人かのような見られて、その家族からは少し距離を取られている、そんな状態が続いたわけだから。


 加えて自分の知らないところで思い悩む家族が居ることを、今も知らずに居る。


「…柊は、そんな事を言ってたんですか?」

「詳しくは本人に聞いて。私から話すような事じゃ無いから」

「聞けるわけないでしょ……そんなこと」

「……その時の事を振り返って『誰かに助けて欲しかったのかも知れない』とは言ってた」

「未遂なんですよね?」

「未遂じゃなくて、失敗」


 少し、琴葉さんの顔色が悪くなった気がした。


「…実行はした…?」

「二回やって二回失敗したんだって、場所とタイミングが悪かったけど、逆を言えば『人に見られる可能性がある場所選んでたり、完全に即死する方法をとってなかったりするから気付いて欲しかったのかもな』って…」

「…………追い詰めた一人ですから、私に言えた事では無いですけど…」

「なに?」

「……柊のこと、少しだけでも支えてあげて下さい。もう、私達にできる事ではないし…。柊も、あなたの事はとても慕ってる様に見えたので」


 今回の事だけではそこまで関係性も見えないだろうけれど、それでも今までの家族や友人関係なんかよりはよほどマシな物だと思ったのだろう。


 彼女が小さく頭を下げてそう言って来た。


「…言われなくても、そうするつもりだし。私も天霧に会えて救われた部分は大きいから」

「……という事は、あの幼馴染さんと“そういう関係”になる事は無いんですか…?」

「大和は別に…」


 言葉ではそう言った物の、今日の事があったせいでそんなことは無いと明確に言い切れるほど自分の感情に自信が無かった。

 そんな状態を見抜かれたのか、琴葉さんは小さく息を吐いた。


「あの幼馴染さんとは、喧嘩別れしたけど不意に仲直りしたせいでその間に会った柊に複雑な感情を持ってしまったとかそんなところなんだとは思いますけど…」

「少しの話でそこまで読み取らなくていいから…」

「…正直、柊と居るよりはお似合いだと思いますよ。外見もですけど、性格や相性的に」


 琴葉さんからはそう見えた様だ。

 勿論、私と天霧が二人で居る時の姿を見ていない事は承知した上で彼女はそう言ったのだろう。


「…柊と同じ様な外見的な理由で苦労をしたんだとは思いますけど…」

「天霧よりはよっぽどマシだと思う…性格的にも。天霧と違って割り切りつくし、家族を見上げて他人を見下して生きてるから」

「…なら、私と似てるかも知れませんね」


 くすっと微笑んだ少女はとても可愛らしく、美しい物だった。


(……これ、天霧は見たことないんだろうな…)


 なんて、そんな事を考える自分の嫌味な性格は、本当にどうかと思う。


 「…もう一つの理由は、それだったりするんですけどね」


 意味深に呟いたものの、琴葉さんはそれの詳細を話したくは無いようだ。

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