第32話 妬みと嫉み、愛と哀(最上星雫)

 私と天霧は一度、私達が出会ったきっかけと意気投合した理由について天霧琴葉さんと大和に軽く説明をした。


 天霧は状況からして大体の話を察していた様で、私と大和が多少なりとも関係を修復した事に気付いていた。


 流石に琴葉さんは天霧の妹さんなだけあって、理解が早かった。


 問題は大和で、私と天霧が知り合いであった事自体にずっと混乱していた。

 学校で話した時と天霧の様子が違った事にも驚いていた様だ。


 時間も時間だったので大和への説明は今度と言うことになり、私も一度部屋に戻ってお風呂で頭を冷やした。


 そうして深夜が近くなっても、私は再度天霧の部屋に向かった。

 居間にいたのは琴葉さんだけで、彼女は私の顔を見るなり眉をひそめた。


「…また来たんですか」


(…さっきまで髪下ろしてたのに、ポニーテールになってる…。天霧は髪長いのと短いのどっちが好みなのかな…)


「……天霧は?」

「部屋に戻りました。いつもより暗い顔で」

「…いつもってほど、一緒にいるの?天霧には、兄妹たちとは仲悪いって聞いてたけれど?」

「別に、他人に心配されるほどじゃありません」


 どうやら琴葉さんは天霧と違って警戒心の強い女の子の様だ。


(…というか、微妙に敵視されてる?)


「…そう言えば実家のトラブルでしばらくこっちに居るとか言ってた…?いつまで居るの?」

「実家のトラブルは嘘です、両親が旅行から帰って来たら私も帰りますよ」

「……え?嘘って…」


 琴葉さんは平然と言いながらスマホをテーブルに置いた。


「両親が旅行中、私を一人家に置くのが嫌だそうで。過保護な両親に言われて仕方なく来ただけです。柊はそれじゃ納得しないから、トラブルと言っただけで。両親が帰ったら私も実家に戻ります」


 恐らくは一週間くらいですね、と言葉を付け足してキッチンに向かった。


「…ココアで良いですか」

「あ、うん…。ありがとう」

「あなたは……柊にご執心の様ですけど」

「…それは…。悪い?」


 どうやら私の態度で勘づいたらしい。大人しく認めると、琴葉さんは肩をすくめた。


「認めるんですね、あなたの幼馴染さんはあなたに惚れてるんじゃないですか?」

「大和が私を好きになるのと、私が他の誰かに夢中になるのは関係ないでしょ」

「…そんなに夢中になってるんですか?柊に」

「思春期の女の子がイケメンに運命を感じて夢中になることが変?おかしくないと思うけれど」

「おかしくはないですよ。ただ、自分を客観的に見てるような言い方してるので、「夢中」というには違和感を覚えます」


(……そうじゃないと天霧と一緒になんて居られないし…)


 恋に夢中な女の子は大抵盲目的だけれど、天霧に対して盲目的になり過ぎるのは色々な意味で危険だ。


「…寧ろ、琴葉さんはどう思ってるの、天霧の事」

「昔は大嫌いでしたけど」

「……昔は…ね。評価が変わったんだ」


 天霧から聞いた話とは随分と違う。

 二人の間で、すれ違いでもあったんだろうか。


「昔は、当事者のくせにイジメられてる状況を傍観してるだけの柊が気に入らなかっただけですから。そのせいで二次被害を被ったこともあって」

「…今は、違うの?」

「柊とは別の中学に行って、私もイジメられたんです。この容姿でこの性格ですから、女子からのヘイトは大きいんですよ。クールぶってるとか言われて」


(…超絶美少女なのにハリネズミみたいにツンツンしてたら、まあ嫌われるか…。中学生なら尚更)


「それで、六年間一切抵抗せずに耐え抜いた柊がどれだけ精神をすり減らしていたのかを知ったので」

「……そう」

「…まあ、それがなくても…。『家庭的で気遣い屋で優しいイケメンなちょっと危なっかしい同い年の義兄』とか、誰が嫌いになるんだって話ですけど」


 言葉として羅列されるとラブコメの主人公並に属性を盛ったような男の子だな、とつくづく思う。


「……私も、もう少し素直になれたら仲良くなれるんですけどね…」


 琴葉さんは呟きながら、髪を結っていたゴムからアクセサリーを外した。


「…それ、天霧が買ってた奴…。琴葉さんへのプレゼントだったんだ」

「……一緒に買いに行ったんですか?」

「私と天霧は誕生日近いから、一足先に一緒にプレゼントとか買ったりお祝いしに行こうって話になって、ちょっとしたデートにね」

「…私と柊は誕生日同じです」

「義理の兄妹って言ってなかった?双子なの?」

「…………義理ですよ。本当に偶然です」


(…なに今の間は…)


 ということは、あの時に妹さんへのプレゼントとして買っていたということになる。

 だがその誕生日当日には渡しに行かず、ご両親の旅行で仕方なく妹さんがアパートに来てから渡した、ということだ。


「…兄妹揃って不器用というか…」

「否定はできません。一応、柊が寄り添ってくれてるのは分かってるんです」

「なら、琴葉さんからも歩み寄ればいいでしょ」

「できたら苦労してません…。あなたの前ではっきりと言うのは少し癪ですけど…」


 琴葉さんはチラッと視線を逸らして目を泳がせてから、外したポニーフックを指でなでた。


「…義理とは言え、十年以上兄妹として一緒に居る相手を好きになると、接し方が分からなくなるんですよ」

「…………惚れてる…?」

「言い方は少し悪いですが…言葉の通り好きなんですよ、柊の事が。生意気で態度の悪い無愛想な私を…見限ることもせずに、根気強くずっと優しく接して、手を差し伸べてくれるんですから…」


 確かに天霧は優しい。

 同じ時間を過していくほど、もっと一緒に居たいと思える魅力的な人だ。


「普通は近付きませんよ、顔合わせたら悪態ついて、話しかけても無視してくる様な妹なんて」

「……それでも優しくしてくれたんでしょ、天霧だし」

「…私は私でしばらくそんな調子で接してたせいで後に引けなくなって…。なのに柊は…美味しいご飯用意してくれるし、普通に話そうとしてくれるし……私には勿体無い人です」


(…さっきも、私達が怪我させた様に見えたからかなり怒ってたし…。本当にこの子のこと大事に考えてるんだろうけど…)


 以前に話を聞いた時のことを思うと、それが罪悪感から来ている物に見えなくもない。


(…いや、罪悪感で守ってるなら、あんな苛立った様な顔はしないか…。なら、やっぱり大切な人なんだ)


 天霧と長い時間を過ごしている、という部分もあるが…取り敢えず、私は眼の前の彼女に強い嫉妬を覚えた。

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