第31話 惑いと憂いと妬み(天霧柊)

 妹の琴葉がお風呂上がりにアイスを買ってくると言って部屋を出た。

 その姿を見送ってから、俺も風呂に向かう。


 琴葉に誕生日プレゼントを渡してからは、少しだけ心を開いてくれる様になった気がする。

 正直そこまで現金な人間ではないので、俺の気持ちがほんの少しだけ伝わったんだと思う。

 いっそ物で釣られるくらい単純な子だったらどれだけ楽だったろうか。


「…嫌い…じゃないなら…。不満、なのかな」


 俺が兄であること…ではないだろう。寧ろ自分から妹だと言い出してる訳だから。


(…ってことは、もう少し兄としての威厳を示してほしい…とかなのかな。弱々しいのが気に入らないとか)


 俺としては、琴葉とは仲良くしたい。お互い多少なりとも誤解は解けたわけだから。

 まだ視線は合わないが、言葉を交わせる様になっただけかなり進展だと思う。


「…ん……何の音?」


 別の部屋からの騒音か何かかと思ったが、どうやら外で誰かが騒いでる様だ。


「…こんな夜中に何してんだろ…」


 ため息交じりに風呂から上がる。

 洗面所の鏡の前でドライヤーを手に取った時、玄関の方から悲鳴の様な声が聞こえた。


「…っ…!?琴葉!!」


 思わず声を上げて玄関に走った。


(何処の誰か知らないけど、怪我させてたら容赦しねえぞ……)


「琴葉!大丈夫………って……。えっ、なにしてんの?」


 玄関では、琴葉が尻餅をついてドアを見上げていた。

 そのドアの直ぐ側には、最上と…確か俺の隣の席の人。

 最上の幼馴染とか言ってた、磯谷君だったか。


(えっ…と?なんだこれ?状況が全く分からない)


 取り敢えず一番様子がおかしいのは最上だった。


「天霧!この女誰!?」

「……!?」


 彼女は未成年者の筈だが、もしかしてお酒でも入ってるのだろうか。

 いつもの冷静な姿がどこかに消えてしまったかのように酷く取り乱している。

 それを見てドン引きしてる琴葉と、俺と同じくらい状況が分からないと言ったような顔の磯谷君。


「…柊、この人なんなの?」

「えっ…と…?天霧?何でお前ここに…てか星雫と………えっ?」


(…何があったんだこれ…?)


 取り敢えず俺は琴葉に手を伸ばした。


「琴葉、怪我してない?痛い所とか…」

「無い…けど、それより…」

「良かった。無いなら、アイス冷凍庫入れてきて」

「…う、うん…」


 立ち上がった琴葉は無事そうで良かった。

 なにやら驚いた様に俺の事を見ていたけど、驚いてるのは寧ろ俺の方だ。


「二人も一旦上がっていく?なんか、混乱してるみたいだし…。夜遅いから帰るならそれでも良いし、どうせ明日学校で会うから…」

「…上がる」


 すぐに答えて、俺の横を通った最上。

 どうして睨まれたのか、本当に分からない。

 次に磯谷君に目を向けると、少し考え込んでから小さく頷いた。


「…俺も入らせてもらう。このまま帰ったら寝れる気がしない」

「ならソファ座ってて、俺まだ髪乾かして無いんだよ…」


 居間を横切って洗面所に戻り、ドライヤーを手に取る。


(……親睦会あって、最上と磯谷君が一緒に帰って来た…と。幼馴染だけど、前聞いた話から察するに磯谷君は最上に告白して振られてる。その理由が小学生時代のイジメだか何だかの繋がりだった筈だよな…)


 ということは、並んで帰ってきたあたり二人は何かしらの事情で仲直り出来たのだろうか。

 そしてアパートに着いて丁度、琴葉と鉢合わせしたのだろう。


(…てことは、琴葉が俺の部屋に入るのを見て、最上が不法侵入か何かだと思ったのかな)


 今更ながら、寝間着姿でクラスメイトの前に顔出したのちょっと不味くないだろうか。

 琴葉と最上はともかく磯谷君の前でこの格好は少し失礼だろう。

 今更だから、着替える気も起きないが。


 今に戻ると、睨み合う美少女と気不味そうな磯谷君が居た。


 一度キッチンに入って、三人に紅茶を出す。


 さきに、さっき聞かれていた質問に答えることにする。


「最上、彼女は天霧琴葉。俺の妹で、今は実家でトラブルがあったから今日から少しの間うちに居る」

「……妹?」

「前に話した、義妹いもうと


 理解はできたようだが、妙に納得してない様な表情を浮かべている。

 ただ今なだめるのも面倒なので、話を続けた。


「琴葉、彼女は最上星雫。隣の部屋に住んでる同級生で、クラスメイト。その隣は磯谷大和君で、同じくクラスメイトで最上の幼馴染だよ」

「…隣人でクラスメイト…?」

「別におかしな話じゃない、上の階にも同じ高校の生徒居るみたいだよ。立地的にね」

「……そう」


 これでさっきの急な質問には答えた。

 大きくため息を吐いてから、今度は質問する側に回った。


「…で、玄関で何やってたんだ?」


 言ってから、自分で自分の声色に驚いた。

 思った以上にドスの聞いた低い声が出たせいか、俺以外の三人ともビクッと肩を震わせた。


 どうやら、自分でも思っていたよりこの状況に苛ついていた様だ。


(…そりゃ、夜中に玄関で騒がれた挙げ句、やっと心を開いてくれたかも知れない妹に危害加えられたんだし、いくら最上とか磯谷君相手でもな…)


 頭ではそんな事を思ってしまったが、少し深呼吸をして心を落ち着かせた。

 感情のまま話したって意味がない。


「…柊、なんか…。怒ってる?」

「別に怒ってはいないよ」


(琴葉が怪我してたら流石に話が別だけど、そうはならなかったから今は良い)


「取り敢えず、状況から察するに琴葉が部屋に入った後に最上がそれを追って入って来たんだと思うけど…」

「…それで、あってる」

「…で、それに驚いた琴葉が転んだのか」


 三人とも大人しく頷いた。

 大体予想通りらしい、となると何故そんなに慌てていたのか。


「…用があって急いでたとか、そういう訳じゃないでしょ?」

「……焦りもするでしょ…」


(……ん?そんなに焦る事情でもあったのか…?)


「…この前の逆ナンと言い、合鍵の時と言い…。天霧はもう少し警戒心持って行動してよ」


 言われてから、少し呆然としてしまった。


「……え?俺のせいなの?」

「鍵開けっ放しの知り合いの部屋に、この辺では全く見たことも無い女の人が入って行ったら慌てるし焦りもするでしょ!」

「あぁ……確かに…」


(えっ、マジで?てかなんで琴葉が納得するの…?)


「妹さんもそう思うでしょ?」

「そうですね。柊は警戒心薄いし、普段ボーッとしてるし尚更」

「話しかけられるの苦手な癖に自分から話に行くし…色々自覚無いし」

「言われてみれば、日頃の柊に非がある」

「えぇ…」


 どうしてか、俺が責められる形になった。

 蚊帳の外になっている磯谷君と理不尽に責められる俺。どうしてか意気投合気味の最上と琴葉。


 状況についていけなくなり、再度大きくため息を吐いた。

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