第24話 思い出は幻肢痛の様に
「……一旦これでオッケーかな。後はサチさんに確認とって…」
天霧の呟きを聞いてから時間を確認した。
午後22時を過ぎた頃、天霧の手が開いた様なのでやっと構ってもらえると思いスマホから顔を上げる。
すると、丁度彼の碧眼と視線が交わった。
何度か瞬きをすると、目を逸らして苦笑いを浮かべる。
「あの…本当は言わない様にしてたんだけどさ」
「…何、悪口なら耳塞いでようか?」
「あぁ、いや!悪口言う気はないんだよ、寧ろ褒め言葉だけど…。自分が言われたくない事を口に出すのはどうなのかなって思っただけで…」
「それ悪口だから言われたくないんでしょ」
「いやその…。「綺麗な瞳してるな」って言おうとしたんだけど……俺同じ事言われたちょっと色々考えた挙げ句勝手に傷付いて拗ねると思うからさ…」
幼馴染みの大和に髪が綺麗だと言われた事はあるし、瞳を褒められた事もあるから今更気にはしない。
それはそうと天霧は、自分はオッドアイについて何か言われたら言葉の裏を深読みして考えてしまうらしい。
本当に勝手な思考で傷付いてるだけなのだが、少なくとも過去に“そういう思考になる程の何か”があったという事なのだろう。
褒められた筈なのに、何故か褒めた側の天霧が暗い顔をしている。
「ま、確かに私も急にそう言われたらこいつ裏では「お姉さん普通なのにキモい」とか「特別な人間気取っててうざい」とか思ってるんだろうなって考えるよ」
「…だよね、ごめん」
「謝るってことは天霧もそう思ってるんだ、流石に傷付くな…」
「思ってないよ!俺は寧ろ「キモい」って言われる側だし…」
(ちょっと焦ってる天霧可愛い。てか素でキモいって言われた経験あるんだ…)
焦ってる天霧を見ているのも悪くは無いけれど、嫌われたくは無い。
微笑んで天霧の白い前髪に手を伸ばす。
「分かってる、ちょっとした冗談。他の誰かに言われたら深読みするけど…天霧が苦労してきたのは嫌でも分かるから、褒め言葉なら素直に受け取る」
「…なら、なんでその…。あてつけみたいに前髪の白いとこ触るのかな…」
ボディタッチがしたいだけ、という感情は一旦置いておく。
「私、天霧の白メッシュ結構好きなんだけど、これとその瞳の色、「キモい」って言われた事あるの?」
「……まあ、一回や二回じゃ済まないくらいには。子供の言う事だし仕方ないとは思うけど…」
「それでトラウマみたいになってるんだから、仕方ないって話で終わらせちゃ駄目でしょ。ひとによっては心の怪我じゃ済まなくなる。心の痛みは中々引かない物だし」
私は何気なくそう言った。私自身、小中学校でイジメられてきた時の痛みはまだあると思っているから。
でも、天霧が視線を落としたまま呟いた言葉は、私の中にある物よりも痛々しい様に感じた。
「…いや、怪我よりも…もっと一瞬の痛みだけだよ。怪我と同じで時間と共に痛みも無くなる。その痛みが残ってる様に感じるのはただそれを“覚えてるだけ”で幻肢痛みたいな物」
思い出す度に痛みもある様に感じるだけで、そこにもう傷は無いのだと。
「だから、また同じ事を言われても同じ怪我とか痛みは小さく感じる。体と同じで、心もその内慣れてくるから」
「…慣れるだけで、鍛えられないから傷の深さは同じでしょ」
「そうだよ、だから慣れない内に自殺する人が居る」
一瞬、天霧の瞳から生気が無くなった気がした。
イジメられた当時を思い出したのか、少し自分の手首をさする。
「……天霧は、自殺考えた事…あるの?」
恐る恐る聞いたけれど、彼は特に雰囲気を変えることも無く平然と答えた。
「一回首吊ったのと、風呂場で脈切ったの二回かな。どっちも6年生のとき」
「……っ!?」
「首吊りは学校にあったロープ使ったのが間違いだったかな…。経年劣化で途中で千切れて、首痛めただけになった」
「……脈を切ったのは?」
「風呂場でやったせいで、母親がそのタイミングでシャンプーの詰め替え持ってきてさ。咄嗟に使ってたカッターナイフを隠して、ゴム栓のチェーンで手首切った事にした。流石に嘘臭さ過ぎたのか後で問い詰められたけど、前の日にチェーン取り替えたばっかりだったし、適当にごまかしたよ。外れた奴直そうとしてたら…とか言って」
今では手首にも首にもそれらしい跡は見られないから、完治しているのだろう。
「…本当に自殺する気で居たんだ」
「どうだろ、正直…人に見られる可能性がある場所選んでたり、完全に即死する方法をとってなかったりするから…。誰かに助けて欲しい、気付いて欲しいって願望は混じってたのかもね」
まるで他人事の様に、客観的にそう答えた。
ついでに「体弱いくせにそんな事やってたからすぐ体調崩すんだけどね」なんて自虐を挟みながら。
過程は何であれ結果として今はこうして私と話している。
「……勝手な想いだけど」
「ん?」
「私は天霧に会えて色々救われたと思ってるから…。天霧も、私と居る事で救われてる部分があったら良いなって、想ってる」
少し意地悪だし、わがままで利己的、確かな本音ではあるけれど、言わせたい言葉があるという意図が丸出しの言い方だ。
「…あの公園で最上を見つけた時に話しかけて良かったって思ってるよ。俺、この話を他人にするの初めてだし…。最上になら、話せると思ったから。逆に、親にも兄妹にも話せないけどね」
「……私以外には話さなくて良い」
(二人だけで共有してる秘密の暗い過去とか、天霧の中で、私も結構特別なのかな…。やっば、めっちゃ嬉しい…)
彼にとっては重い出来事だろう、だって二度も命を投げ捨てようとしている訳だから。
少なくとも三年間は同じ様な事をしていないのだから、今はもう過去の事として彼も捉えている。
だったら私も、過去との事だから…と今の彼を見る目を帰る必要なんてない。
所詮は思い出、過ぎた事なんだから。
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